第33話 頂きとの距離はまだ遠く

《大都市デケンベル》はこのレーヴ・ログにおいて最大の都市だ。

 入国審査も厳しく空を覆うような城壁に囲まれた要塞貿易都市でもある。あらゆる物資がここに集い冒険者数も多い。


 この世界に身分階級というのはないが大商人の称号を手にした者は、貴族に昇格できるらしい。といっても元の世界のように法的な特権と栄誉を持つわけではなく、社会貢献が可能な経済後援者に近い。ただ元の世界の記憶のある者なら貴族に憧れる傾向はあるようだ。


 都市内の三分の一は貴族たちの居住区域を占めており、残りが職人ギルドたちの店や工房がひしめき合う隘路通りと、冒険者や旅人や商人たち向けの民間ホテル、ギルド会館などの公共施設となる。


 全体的にオレンジ色の屋根に白の壁で統一された街並みは、童話に出てくるような建造物が多く、元の世界ではプラハが近いイメージだろうか。石畳も職人技が光り童話のワンシーンを現したものなど地域ごとに描かれていた。


《小人の靴屋》のモチーフの区画。

 その先は隘路通りの武器屋や工房があり、その途中にある中央広場には様々な屋台が出ており、そこでライラに骨付き肉やら果物を買い与える。


 ライラは十歳ぐらいの子供の姿で白の半そでのワンピース、革のブーツを履いている。角は大きめな帽子で隠しているが愛らしい姿は目を惹いた。それに籠一杯に果物を持ちながら食べ歩いていれば当然ともいえるだろう。中々の大食漢である。


(まあ、元があの巨体だから当然と言えば当然の量か)

「あるじ。瑞々しくて、甘くて美味しい♪」

「それはよかった」


 ふと出店に置いてあったシルバーアクセサリーのペアリングに目がいった。俺の薬指に三年前に付けていた指輪はない。戦いの最中に砕けてしまって、陽菜乃との繋がりを思わせるものは何も残っていない。


 青白い光と共に歓声に店から視線を移すと、中央広場の転送魔法が作動したようだった。どこかのパーティーが巨大な転移魔法を使って、都市に戻ってきたのだろう。転移魔法なら城門の検問抜きで都市中心部に移動できる。これはAランク冒険者の特権だ。


(──Aランクとはいっても莫大なMPを消費するから緊急時じゃないと使わないと思っていたんだが……)


 単にレベルが高いだけではAランクにはなれない。功績はもちろん人間性と昇格試験を合格する必要がある。


「黒魔獣討伐巡回から戻って来た《狩人》たちだわ!」


 黄色い声が、わっと上がった。


(《狩人》……!)

「あー、いつ見てもかっこいいわ!」

「冒険者の中でもトップクラスの人たちでしょう。素敵だわ」

「ねぇ、もう少し近くで見ましょう!」

「賛成」


 お祭り騒ぎと言わんばかりに淡い花びらが中央広場に舞い、拍手喝采が聞こえた。遠目で見る限り確かに冒険者の中でも指折りの実力者たちだった。


《暁の》のパーティーリーダーの聖騎士ラインハート。銀髪の長い髪に、緑の双眸。目鼻立ちが整った神緑森人族ハイエルフ。白に統一された騎士服に、銀の甲冑を着こなす佇まいは知的で、朗らかな笑みは女性陣の心を一瞬で撃ち落とす。


 次いで姿を見せたのは緋色髪の狼の獣人族フェリックスだ。《AAAエースリー》で守護戦士を担う巨大な盾を背中に担いだ青年は、黒の騎士服の上に紅蓮の甲冑を着こなし、豪胆さと愛嬌のある笑顔は男女共に人気がある。

 その他にもAランク冒険者が次々と青い光と共に姿を見せた。


(ラインハートと、フェリックス──か。三年経ったが、前よりもレベルは変わっていないが……熟練度は上がった?)


 三年前、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨の日にずたぼろに負けた記憶が蘇る。


 陽菜乃に話しかけようとした時、一対一の決闘を強要され戦った結果は惨敗。

 惨めで、情けなくて、弱いままでは彼女と話すらできないという現実に打ちのめされた。


(きっと彼らからしたら、俺は悪質なストーカーだと思われたんだろうな)


 ふと甘い──花の、懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。


「──っ」


 強豪ぞろいの冒険者が次々姿を見せる中、全員の目が釘付けになる。

 漆黒の長い髪を靡かせ、すらりとした美女の出現。その姿に俺は足が止まった。

 桃色の花びらが舞う中、全ての祝福を一身に浴びて闊歩するのは勇者の称号を持つ陽菜乃──シエスタだった。


 出迎える人々に笑顔で応えている。Bランクになっても陽菜乃と同じ場所に辿り着くにはまだ遠い。それでも一歩一歩進むしか道はないし、強くなければ真実すら知る権利がない。


(陽菜乃のあの笑顔……。やっぱり相当無理をしている。……できるだけ早くレベルを上げなきゃな)

「あるじ?」

「いや、なんでもない。混まないうちに急ごう」

「うん♪」


 賑やかな中央広場を逃げるように俺は離れた。その姿を誰かに見られていたなど──視線にすら気付かなかったが。



 ***



《エストレリャ洞窟》でのクエストをこなして一週間が過ぎた。クスノキに頼まれた分の魔鉱石も回収したので、この洞窟に来たもう一つの要件を済ませることにした。


 この洞窟にはマッピングの中で未開発ゾーンというものがあり、扉らしきものが確認されている。それが第五階層の粘液状生物スライム生息地の奥だ。

 元の世界のゲーム内では粘液状生物は雑魚オブ雑魚だが、この世界においては物理攻撃不可、五大魔法耐性有り、倒した瞬間即死級の猛毒を大量に放出する――という厄介な上位魔物でクエスト難易度も高い。もっとも一撃で屠るだけの火力があれば一掃は容易い。


「あるじ、バナナとリンゴとベリーはおやつ?」

「ああ。お腹が減ったら言うんだぞ」

「はーい」


 遠足気分満々のライラと一緒に到着した場所は鬱蒼とした森に囲まれており、色とりどりの粘液状生物が至るところで見受けられた。縄張りに入り込んだ魔物の死骸を溶かしている。


 この森の異様な成長ぶりの源は、粘液状生物の死骸を糧にしている。というのも粘液状生物が死亡した場合、炭化せず大地に溶ける特異性を持つからだ。


 空を仰ぐと青色が広がっており太陽も見えているが、ここは地下五階。疑似太陽と空を作り出しているのは、周囲の結晶群クリスタルによる光と魔力濃度の影響によるものだろう。


(この洞窟は本当にゲーム要素満載なダンジョンだな。それに第五階層だけ一面森で、他は鍾乳洞や地底湖など、あくまでも地下空間……これも何か意味がある……のか?)

「あるじ?」

「ライラ、ブレスを使うぞ」

「はーい」


 ライラはパタパタと蝙蝠の羽根で宙を旋回する。それから大きく息を吸って胸腔を膨らませ、グッとせり上がってくる炎をため込んだ。


 俺は支援魔法を駆使してライラの攻撃範囲を絞る。これが可能なのは固有能力・《竜乃加護》があるからだろう。


「発射角度、距離、範囲攻撃への被害規模も問題なし。よし、ライラいいぞ」

溶岩伊吹ラーヴ・ブレス♪」


 轟ッ!

 可愛らしい声とは裏腹に、灼熱の炎が一条の矢の如く周囲を燃やし尽くした。


 三千度の炎によって木々はもちろん粘液状生物の姿はない。粘液状生物から得られる素材は殆どなく、クエスト難易度が高いわりに素材が見込めないハズレ魔物でもある。


「あるじ~。見晴らしがよくなったね」

「そうだな。ほら、ご褒美のリンゴだ」

「わぁ~い♪ あるじ、頭も撫でて」

「ああ」


 ライラのブレスで一瞬にして道ができた。火力を調整したのでこれで目的の扉まで最短距離で進めそうだ。

 この階層は魔力濃度が高く、すでに森自体が復活し始めていた。ここの植物系生態の成長速度は、やはり異常といえるだろう。


 先に進むとマップ通り行き止まりだった。

 階層が無限に続いているわけではなく、一定の範囲になると不可視の壁によって阻まれる。森が続いているかのように偽装していたもののライラの炎によってその映像が歪んで映る。これは確かに近くまで来ないと壁だと気付かない。


(ここまでは情報通りだな)


 マッピングで位置を再度確認する。数メートル離れた所にお目当ての入り口が見えた。天井まで伸びる巨大な扉。

 扉には手を翳すような場所があり、ギルド会館の調査隊が調べた結果、指紋認証システムらしいことが判明した。右扉は男性ほどの手だが、左扉は四本の手でどう見ても人間ではなく蜥蜴人リザードマンに近い。


 ただ《大都市デケンベル》や《魔法都市フィーニス》で調べても、蜥蜴人では反応しなかった。俺は蜥蜴人に近しい前脚をもつ存在を知っている。その可能性を試すためここまでやって来たのだ。


「ライラ、左手で壁に触れてくれるか?」

「終わったらリンゴくれる?」

「ああ。それに甘い蜂蜜飴もあげよう。ほら、ここに触るんだぞ」

「わかったー♪」


 ライラは歓喜の声を上げてぐるぐると空中を旋回。それから勢いをつけて壁を叩いた。

ガン! 

 結構な衝撃音が響き、冷や汗が噴き出した。


「え、ちょ、ライラ!? 大丈夫か?」


 窘めようとしたが、重厚な音によってかき消される。


「え」

「あいた。あいた!」

(壊れてなくてよかった)


 扉は思いのほか滑らかに開き、完全に開ききった後で奥の深淵に異変が起こった。

 ボッ、と唐突に緋色の明かりが灯ったのだ。それは間隔を置いて徐々に奥を照らしていく。未開発ゾーンを前に、恐怖よりも冒険の楽しみが勝った。推測通り竜騎士と騎乗する竜が扉を開く条件だったのだ。


(他の職業でも、こういった隠しマップなんかがあるのか? それとも竜騎士だけの特権か)


 この洞窟もそうだが、HPゲージなど所々ゲーム要素が組み込まれていることに妙な引っかかりがあった。この世界の理を上書きした魔王は何かを──隠している?


(だが何を隠している? いやなにかを隠す必要があった?)


 魔物との遭遇することを想定しつつ慎重に奥へと進んだ。

 五分ほど進むと急に祭壇のある広い空間に出る。魔物に出会うことは無かったが、雰囲気的にこういった広い空間などは裏ボスや、隠しボスなどの魔物が生息するパターンが多い。もっともゲームでの話だが。


(隠し財宝──って訳ではなさそうだな)


 広い空間は楕円形で祭壇には古代文字が描かれた転送魔法陣のようだ。トラップの探知能力を使ったが反応しなかった。しかもこの場所に誰かが足を踏み入れた形跡はない。少なくとも百年以上、来訪者はいないようだ。


(あとはこの転送魔法陣が、どこにいくかだな) 


 着いた先にボス戦の魔物がいる可能性もある。もう一度装備品とコンディションを考え、緊急脱出用アイテムの宝石を片手に握りながら、ライラと一緒に祭壇へと上がる。

 俺たちが転送魔法陣の中央に立ったところで魔法陣は青白い光に包まれ、瞬時に俺たちは別の空間へと転移した。


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