第34話 世界のカラクリ

 転移した先は、見たことのない神殿だった。

 白を基調とした近世ヨーロッパの教会に似た造りで、等間隔に置かれている柱一つ一つは大きく、祭壇の下には赤い絨毯が廊下の奥まで続いている。


 一本道なので俺とライラは慎重に中を歩く。カビや埃臭さはない。むしろ常日頃から掃除され清潔さを保っていた。外の庭には桜色の花が咲き乱れ、平和の象徴を示すかのようだ。


 日差しの温かさや穏やかな空気に気が緩みそうになる。これから戦闘があるかもしれないと身構えていたので、肩透かしを食らった気分だ。

 ライラは暢気にリンゴを食べたのち、蜂蜜飴を堪能して現在進行形で遠足を満喫している。微笑ましい。俺も呑気に冒険を満喫したい──がそんなん無理な話だった!


(ここが隠しダンジョンで大量の経験値が獲得できる銀色の粘液状生物が出てきたらいいなって思っていたんだが……なんだここ!?)


 ふと紙の匂いが鼻腔を刺激する。

 そこで気づくと、いつの間にか図書館のエントランスに足を踏み入れていた。ステンドグラスの窓から日差しが差し込む場所に、真っ黒な修道服を纏った女性が佇んでいた。


 今にも折れてしまいそうな細い体、赤銅色の長い髪は二つに束ねており黒のベールで顔を覆っているが人形のような整った顔立ちが垣間見える。彼女の雰囲気は陰鬱で、重苦しく葬式を彷彿させた。


「《ミミズクの館》へ、ようこそ。私は《褐色の聖女》、クローと呼ばれた者です」

「《ミミズクの館》だって!? いやそれよりもあのクロー!?」


 思わぬ目的地に俺は驚愕の声を上げた。まさかこのルートが《ミミズクの館》への正式な入館方法だったとは、思わなかったからだ。なにより眼前にレベル100オーバーのSランク冒険者が居るのだから驚きもする。


「なぜSランク冒険者がここに?」

「当館はレーヴ・ログの記憶情報管理および世界の均衡を保つために造られました。それゆえ、この地は秘匿され訪れることができるのは、《最後の魔王》と私の探し人だけ」


 その条件に俺は当てはまらない。困惑しつつも正直に「俺はどちらでもない」と答えた。


「いいえ、貴方は《魔王の半身》なのですから入館資格はあります」

「!」


 突拍子もない発言に俺は言葉に詰まった。

 この世界に転移して引っかかる部分はあった。身に覚えのない断片的な記憶、ゲーム設定の要素を入れつつ、何かを隠しているようなシステム、この世界の手厚いサポートなど上げればきりがない。

 陽菜乃が俺の傍に居た理由と、去った原因の全てが集約しているような気がした。


「……まさか俺が《魔王の半身》とは……思わなかった。いや今でも信じられない」


 周囲を飛び回っていたライラは、最終的に俺の腕に抱っこされる形で大人しくなった。たくさん食べたので眠くなったのだろう。腕の中で船を漕ぐ幼竜を抱きしめ直すと、そっと背中を撫でる。ライラのおかげで気持ちが少し落ち着いた。


「本当に――俺が、魔王の半身……なのか?」

「異世界人であれば、この世界に召喚された時から魔王か勇者にしかなりませんから、魔王だとしても特段何かあるというわけではありません。ただ貴方が特別なのは、今の世界を作った《最後の魔王》だからです」


 その言葉は冒険者ギルドで説明された情報と異なる。いやこの世界でもっとも隠さなければならない事実――。


 俺が《魔王の半身》だったとして、なぜ俺にその記憶が無いのか。

 なぜ異世界転移したかのようになっているのか。

 順序立てて考え、俺が《最後の魔王》というのなら――。


──か」

「ええ。……本来なら魔王のいらっしゃる《摩天楼グラドナス》で事実を知るべきですが、精神的衝撃を緩和するため、また不測の事態が起こる可能性を考えこの場を設けました」

「それは──俺がレベル99となって《摩天楼グラドナス》に向かっても、自動的にここに転送されると?」

「はい。それと一つ訂正を。貴方はすでにレベル99を超えております」


 あまりにもサラッと言われたので、理解するのに数秒かかった。


「は? いやいや、ちょっと待ってくれ。俺のレベルはついさっき86になったばかりだ。ステータスの表記も86だろう」

「《魔王の半身》は必ず竜騎士の職業へと至ります。そしてこの職業は人竜一体。それ故に竜のレベルも主へと加算されます」

「え、あ、はぁ!?」

「この世界に存在する職業は、かつて我々が魔王または勇者だというのを伏せるために設けたもの。事実を知り受け入れた者は勇者か魔王が明記されてしまうため、Sランクの称号を後追いで付与したというのが真相でございます。もっとも最後の勇者だったシエスタの表記は変えられなかったようですが」


 俺はレベル86。幼竜ライラはレベル47──つまり、総合的にレベル133となる。瀧月朗がレベル99になった時に、レベルアップには個人差があるとは思っていたが、道理で俺のレベルが中々上がらないわけだ。


「それにしてもデタラメ過ぎる……。レベル133って、チートじゃないかこれ」

「存命している《魔王の半身》であるのですから、当然といえるでしょう。それにそのレベルになるまで鍛え上げたのは、間違いなく貴方自身の鍛錬の成果です」

「……違う。俺は周りに恵まれただけだ」


《夜明けの旅団》のサカモトから弓のコツを教えてもらった。シロは接近戦での訓練に付き合ってくれた。瀧月朗は剣術の駆け引きや戦い方を見てくれた。冒険者を続けられたのはジャックの明るさがあったから。


 三年でBランクに昇格できたのは陽菜乃に会うため──全部、俺一人ではここに辿り着けなかった。


「一人の力だという表現を使わない、それは貴方の美徳なのでしょう」


 一息、呼吸を整えて覚悟を決めた。


「……俺がここに呼ばれた理由は、それだけじゃないんだろう」


 戦闘になる可能性も考慮して僅かに身構えたが、彼女は図書館の奥へ向かって歩き出した。一歩遅れて俺はクローの後を追いかける。


 長い通路には様々な絵画が飾ってあり、それはどれも同じ作者が描いたものらしい。


「この世界の成り立ちは聞きましたか」

「ああ。元々俺たちは勇者と魔王という代理戦争として、召喚されるはずだったと聞いた。それを変えたのが《最後の魔王》だってな」


 クローは一枚の絵の前に立ち止まった。その絵画には、勇者と魔王を彷彿とさせる白と黒の色合いに分けた戦場――代理戦争時代が描かれていた。

 代理戦争。魔王と勇者はこの世界において代理戦争の駒として殺し合いをしていた。魔王と勇者、各陣営に一人ずつ。


 異世界人を殺し合わせる。これは冒険ギルドでも説明を受けた。でも、あの時何か違和感をおぼえたはずだ。あれは――。

 ふと自分が魔王だったのなら、勇者は誰だったのだ?

 ――。

 陽菜乃が殺される姿が脳裏に蘇った。

 あまりにもリアルで質の悪い夢だと思っていた――。


 そこで元の世界で二人ずつ消える行方不明事件が多発していたのを思い出す。共通点は『仲がよい二人だった』ことだ。


「まさか……異世界人の絆の深い者同士を殺し合いさせていた……?」

「はい。それが勇魔システムだったそうです」


 導き出される答えは、あまりにも醜悪で悪魔的な発想。


「魔王陣営と勇者陣営として同時に召喚され、魔王は人外のモノへと強制転生させられました。記憶が残っている者と残っていない者と様々でしたが、何百人と絆の深かった者同士が殺し合いを課せられたのは事実でございます」

「ふざけるな。なんで大切な者同士が殺し合いをして、失意と絶望の中死んでいくなんて残酷すぎるだろう! 異世界人に何の恨みがあったんだ!」


 大切な人を手にかける勇者、あるいは魔王。

 何も知らずに奪われ続けた。

 俺の中にある怒りが劫火の如くあふれ出す。そう、俺はこの感情を知っているし、覚えている。


「最後の魔王に至っても、勇者を失ったと聞いております」


 勇者。

 長い黒髪、微笑んで振り返った彼女。

 陽菜乃の首が刎ねられる──その光景が鮮明に蘇った。


「ああっ……」


 呼吸が上手く出来ず、俺はその場に膝を着いて座り込んだ。

 そして同時にアレは現実だったのだと実感する。

 つまり、陽菜乃はあの時に死んだ。


「最後の魔王以外、私もそれ以外の勇者も、魔王も全てはこの星で死にました」

「……じゃあ、この時代に出会った陽菜乃は……すでに死んでいる存在──なのか」


 呼吸を整えながら、恐る恐るクローに問うた。

 唇が震えて上手く呼吸ができない。


「いいえ。彼女も私たちもみな今の時代を生きております。再転生者として」

「転移ではなく──


「はい。最後の魔王は全てのからくりに気づき、死を覚悟で世界の理を歪め改変しました」

「この旧世界に存在した全てを花に変えたっていう」


 目を覚まして村を一望してみた花を思い出す。種類も全く違うのに、花の色だけは全て桜色で統一されていた。まるで手向けのように儚く美しい光景だった。


「世界を滅ぼした後、|星そのもの《リーベ)

 》が顕現して魔王にある提案をしたのです」


 それが異世界人の再転生だという。


「星が俺たちを殺し合うように仕向けたんだろう!?」

「私も最初に聞いた時に同じことを思いました。しかしそれは旧人類の解釈であり、星そのものの意志とは異なるものでした」


 クローは少し歩いた先にある絵画を見つめる。それは桜色の花と魔王が、このレーヴ・ログを作り上げていく過程を現したものだ。絵画には春夏秋冬の様子が描かれていた。


「星そのものの願いは、感情によるエネルギーの補充。この星は様々な者の生涯を見るのが好きだったようです。元の世界でいえば漫画やドラマのような物語を好んだ──というのが近いでしょうね」

「(そういえばギルマスもエネルギーの補充云々って最初に言っていたな。あれは嘘ではなかったが、事実を隠すためでもあったのか)……そもそも旧世界ではなぜ解釈違いが起きたんだ?」

「己の愉悦を優先した人種が圧倒的に多かったからです。結果、星そのものは魔王につくことで、再転生者が幸福な日々を過ごせるようレーヴ・ログが誕生しました」


 冒険者に加入した時に聞いた通り、魔王は異世界人のために、この世界を用意した。今度こそ幸せになって欲しいという願いを込めて。その気持ちはわかる。


(ああ。元の世界に戻った者はいない──ではなく不可能ということか。なにせ俺を除いた全員は既に死んでいる。戻るも何もない。けれどこの世界での最期を幸福なものにしようと偽善を選んだ)

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