第32話 相棒のライラ

「ああ。ちゃんと世話をしないと、背に乗る時に拗ねるからな」


 竜騎士である以上、相棒とのコミュニケーションは大事だ。特に幼竜ならなおさらである。


「えー、でもさ。戦闘や移動時間以外はコウガっちの影にいるし、カワイ子ちゃんと楽しむ時間だって──」

「ギルマスに『ジャックはカワイ子ちゃんと楽しむ時間も必要だ』って話しておこう」

「やめて! ほんと、それだけはやめて。結婚間近で冗談でもダメだからね!」


 ジャックの反射的に叫ぶところを見る限り、ギルマスラブは健在のようだ。


「ふむ、では鍛冶師の娘ならどうだ? あの娘とは話が合うのだろう」

「もしかしてクスノキのことか?」

「そうだ。この間も魔導具について二人で熱く語っていたと聞いたぞ」


 ニマニマする瀧月朗に俺は頭が痛くなった。

 四年前から鍛冶師としてクスノキに頼っていたのは、腕がいいからだ。また元の世界では重度のゲーマーだったらしく「某人気ゲームの武器なんかを再現したい」という話で盛り上がった程度のものである。


 クスノキは元々無口で寡黙な職人と言った印象が強かったので、俺と話をしているのが珍しかったのもあるだろう。


「話は合うが、あくまで趣味友達というか仕事を依頼している関係だ」

「ふむ」


 瀧月朗は納得していなさそうな顔をしたが、話題を戻すことにした。


「あー、とにもかくにも、ジャック。結婚おめでとう」

「ん。ああ、そうだった。うん、そうそれ!」


 ジャックもすっかり忘れていたようで、ポンと手を叩いて賛同する。


「コウガっちは、明後日からエストレリャ洞窟で魔鉱石を取りに行くだろう?」

「なんで知っているんだ?」

「ハニーから聞いた」

「(ギルマス、それって個人情報漏洩じゃ……)まあ、新しい武器を新調するのに必要な素材を取りに行くんだ」


 この世界には大きく分けて魔石、魔晄石、魔鉱石の三種類の素材がある。その中で魔鉱石は武器の素材としてはピカ一だという。加工難易度は高い分、最高硬度を誇る魔法剣を作り上げることができる。


「エストレリャ洞窟なら《大都市デケンベル》が近い!」

「ん? ああ」

「だ・か・ら、そこで買ってきて欲しいものがある!」

「まあ、物にもよるけど?」

「ランジェリーショ」

「解散、お疲れ様」

「ふむ」

「嘘です、すみません! 帰らないで、お願い! お願いしますぅううううう!」


 全力で頭を下げるジャックに、俺はため息を漏らす。


「で、煌月に何を頼む予定だったのだ?」

「ブーケですぅうう。なんとか予約は取れたので来月の結婚式前日に花屋から受け取ってきてくれませんか。頼む! マイハニーへのサプライズなんだ!」


 最初から普通に頼めばいいのに。そう思いながらも俺は「わかった」と承諾する。


「最初はソウちゃんに頼もうと思ったんだけど──」

「無理だな。ワシは明日から《摩天楼グラドナス》に赴く予定だ」

「魔王との謁見で、孫の手掛かりがあるといいな」

「ふむ。魔王と相まみえるのも楽しみだ」


「いや、魔王と謁見が許可されただけで、戦闘はできないんじゃ……」と口を挟もうとしたが、瀧月朗は豪快に笑っているのを見て黙った。それからは他愛のない話で盛り上がり、あっという間に夜が更けていった。



 ***



《エストレリャ洞窟》は《大都市デケンベル》から西にある洞窟で、冒険者レベル80以上でなければ入ることができない。鍛冶師クスノキから材料調達依頼を受けてここ数日、魔鉱石を取りに毎日潜っていた。


 今回の武装は胸当てと籠手とワーバンの外皮で作った革靴、藍色のチュニックに黒のズボン姿だ。どちらも特殊な繊維で作られたものなので防御力は高い。背負っている大型の騎士盾カイトシールド片手剣サーベルは腰に下げており、武具はクスノキの力作でもある。帯剣は大日本帝国軍刀を再現したらしく、その素材費を考えると恐ろしいものだ。もっとも今回も試作品で《エストレリャ洞窟》でどのぐらい使えるか強度も含めて試す予定だ。


(帰ったら軍刀の使い心地をレポートにしないとな)


 第一階層の洞窟の高さは五メートル前後で、洞窟内は昼間のように明るい。これは洞窟の土そのものが発行し、光っているからだ。階層によって天井の高さは異なり、洞窟内であっても太陽に似た光を放つ魔石の影響で草原や森などがある。


 洞窟内は魔鉱石が多くあるものの魔物も多い。鉱石を掘って住処を作る犬鬼コボルド、青銅の巨大な自動人形タロスや、凶暴な牛頭魔人ミノタウロスは、レベル80前後だったとしても単独では難しいだろう。俺の場合は相棒となる紺碧竜ライラと一緒なので、戦闘はそこまで厳しくはなかった。


(今日のノルマ達成っと。……あーエールが飲みたい)


 洞窟を出ると日差しに目が眩んだ。

 新鮮な空気を吸い込みながら背伸びをする。


「あるじ、お腹すいた」


 紺碧色の艶のある竜は竜騎士としての相棒なのだが、本来はかなり巨大なため洞窟内では幼竜に姿を変えている。全長三十センチ前後で蝙蝠の羽根を広げて、ヌイグルミのように愛らしい。グッズ化したらきっと売れそうな気がする。いや絶対売れる。


 雛の頃から大切に育てており、「うちの子可愛い」という親バカになった。竜騎士や竜騎手ドラゴン・ライダーはだいたいこうなる。


「よし、じゃあデケンベルに戻って食事にしよう」

「やった! あるじ、大好き♪」


 ライラは俺の肩に乗るとスリスリと頬ずりをして、尻尾を腕に巻きつける。竜にとって親愛の証らしい。この親愛度によって竜騎士の総合レベルに天と地の差が出るという。


 騎乗するからといって奴隷のようにぞんざいに扱い、愛情を注がなければ竜騎士本来の力は発揮されないそうだ。もっともそんな理由がなくともライラのことは、実の娘のように大事にしている。


「都市についたら迷子になるといけないから人型になるんだぞ」

「はーい♪」


 元気よく返事をするとライラは本来の大きさに戻る。主竜類巨幻獣科、頑丈な鱗に爬虫類を思わせる体に四足で長い尻尾を持つ。鷹のような鋭い爪。開けた場所とはいえ巨大な蝙蝠の羽根を広げるだけで木の葉が舞い散る。


 全長十二メートルを超える竜の姿に、「二年で成長したものだ」としみじみ思う。アイテム・ストレージから鞍と手綱を取り出し、ライラの背に装着。


「あるじ、ライラ、大人しくしていてエライ?」

「ああ、とってもエライぞ」


 頭を撫でるとライラは尾をブンブンと振って周囲の木々を粉々に粉砕。竜本来の気性の荒さを考えれば児戯に等しい行為だ。


 一通り準備を終えライラの背に騎乗して手綱を引く。飛ぶ感覚はジェットコースターに近くGの負荷も数をこなせば爽快に変わっていった。


「ひゃっふー♪」

「おー」


 ライラに乗りながら空を飛ぶ感覚は中々に気持ちがいい。《竜乃加護》によって空気抵抗などがないから余計にそう感じるのだろう。巷では竜騎士じゃなくて竜騎手と呼ばれることが多い。というのも大地を駆ける竜が多いので、一括りにそう呼ばれてしまうらしい。


(まあ、竜騎士という職業は俺だけだから、混同されても仕方がないか)


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