第15話 志願者


 何とか訓練を終えた俺は、瀧月朗が「稽古」という単語を出した瞬間に、訓練用シャワー室に駆け込んだ。


(戦闘後のシャワーって贅沢だと思うかもしれないが、俺としては大浴場入りたい。というかプールとかないのか!? 久しぶりに全力で泳いでみたい)


 水泳は好きだったが、大会を見に来てくれていた祖父母が亡くなってから、辞めてしまったのだ。あんなに泳ぐのが好きだったのに、不思議と自分の好きだった世界を諦めた。

 純粋に「楽しい」という気持ちを持つのが、祖父母に対して不謹慎のように感じたからだ。


 水泳の大会当日に、電車の階段から足を踏み外して祖父母は亡くなったのだ。足腰が悪かったのに、俺の試合に間に合わないからと階段を使って──。祖父は祖母の手を引いて守ろうとしたが、二人とも打ちどころが悪かったらしい。


 俺が水泳をやめると言った時、姉は「いいんじゃない? で、またやりたくなったら泳げば良いんだし!」と俺の気持ちを汲んでくれた。


 そんな日は来ない、そう思っていたけれどまさか異世界に転移転生して「泳ぎたい」なんて気持ちが生まれるとは思わなかった。もっともこの世界にプールがあるかは不明だが、なければ川でも湖でも良いかもしれない。

 少しだけ前向きになったような気になって着替えた後、陽菜乃との待ち合わせへと向かった。



 ***



 ギルド会館一階の受付とクエスト回覧板の傍には、カフェ兼バーカウンターや食堂があり、ブルックリン調の広々とした室内は天井が高く解放感がある。


 何度見てもゲームなどで『よくあるギルドの拠点』って感じで未だゲーム世界または仮想世界、映画の撮影ではないかと勘繰る人もいる。気持ちは分からなくもない。


「煌月先輩。お待たせしました!」

「あ。ああ」


 陽菜乃の笑顔一つで癒される。このよくわからない世界であっても平静を保てるのは、彼女がいるからだ。しかし厄介な相手が視界に入り、俺はげんなりした。


「ちょっとコウガ、人の顔を見るなり嫌な顔をしないでちょうだい」

「(今日もフリルたっぷりのドレスは驚くが……)ああ、ギルマスではなく──」

「ならオレって言いたいのか? オレのガラス細工のような心にヒビが」

「砕けてしまえ」

「酷い!? 掛ける言葉の第一声が、それってどうなの!?」


 このカボチャ頭のカカシ、トラブルメーカーがいる時点で、なんとなく話は見えてきたものの事情を聞くことにした。


「で、状況説明」

「すみません、先輩。私がつい……」


 陽菜乃の話によるとカボチャ頭の案山子ことジャックは、支援職の魔法使いを選択したらしいが、魔法適性値は低く訓練でも魔法の的当てが全くダメだったらしい。


 同期から「誰からもパーティーに入れてもらえない余り物」だと笑いものにされたのを見ていた陽菜乃が「私のパーティーに入ってもらいます」と啖呵を切ったそうだ。


「あー、なるほど」


 陽菜乃は姉に似て、お節介なところがある。さらに彼女は可愛らしいし、たまに暴走するので目が離せない。カボチャ頭に惚れられないか心配――はないな。ギルマス一筋っぽいし。


「先輩の承諾も無しに、パーティーに入れるって言って、ごめんなさい」


 頭を下げる陽菜乃に俺は微苦笑する。考え事をしていただけだが、陽菜乃には怒っているように見えたのかもしれない。


「まあ、言ってしまったものはしょうがないだろう。ほら、顔を上げろ」

「煌月先輩!」

「わっ」


 俺の腕に抱き着く陽菜乃に、ドキリとしてしまう。


「じゃあ、コウガ。ジャックをパーティーメンバーに入れる、でいいかしら?」


 ギルマスとして俺に尋ねてきた。いや再確認させる、という言い回しが正しいだろう。


「ああ。人数は多い方がいいしな。改めて、片手剣士の煌月だ」

「オレはジャックだ。……でも、いいのか? 支援職じゃまったく役に立たないんだぞ」


 泣き声でカボチャの顔も心なしか落ち込んでおり、縋るように俺に視線を向けた。『カボチャ頭の案山子が仲間に入りたそうにしている』と言うテロップが見えそうだ。


 しかも選択肢は『はいor喜んで』の二択しかない。この流れで拒否はさすがに鬼畜だと思う。俺はお人好しではないが、偽善者として空気を読むことは長けている。


「支援職がダメでも、別の職業が合っていることだってあるだろう」

「それがね。どうにも呪いの影響か、ステータス画面はもちろんプレートも文字化けして見えないから、適性を一つずつ確かめて見なきゃ分からないのよ」

「は?」

「ギルドの計測器も使ってみたのだけれど駄目だったの」


 ギルマスがため息を落とした。「なるほど。そういうことか」と俺は一人で納得して《鑑定眼》を発動する。この手の能力は貴重なので秘匿することも考えたが、俺は敢えて冒険者ギルドにスキル登録をした。今後重要な情報を得るにも上役とのパイプを大事だと考え、先行投資として自分の情報をギルドに売ったのだ。


 ジャック、人族/男/二十四歳/Fランク

 レベル1蜍???Ξ繝吶Ν繝槭ャ繧ッ繧ケ/職業適性/支援職バファーとして、暗殺者アサシン盗賊シーフ重装盾戦士タンク

 HP∞/MP8

 攻撃力E/防御力A/魔法力E/魔法防御E/俊敏性B+/魔法耐久B+

 スキル/透明化/浮遊/菓子料理完全再現 

 装備固定ジャック・オー・ランタンの呪い効果により、カボチャ頭の案山子の姿。解除方法は閾ェ霄ォ縺ョHP縺後ぞ繝ュ縺ォ縺ェ繧九%縺ィ。


「二十四歳!? 嘘だろう。仰向けで駄々をこねる二十四歳の大人がいるなんて」

「悪かったな! ああもう! こんな大人でごめんよぉおお! でも大人ってみんな汚いし、往生際が悪いんだよぉ!!」

(……って、魔法力MPが一桁。レベルと呪いの解除方法は文字化けしているし読めないが、HPと同じ一桁──いや、これは!)


 思わず二度見をしてしまった。HPが無限。つまり体力お化け――いや見た目的にもお化けだが。にしても《ジャック・オー・ランタン》という単語が引っかかった。あれは陽菜乃とハロウィンが近かった頃──。


 ***


『十月になるとカボチャ系のスイーツが増えるな。やっぱ、ハロウィンだからか』

『ですね。あ、ハロウィン当日仮装とかしちゃいます!? 先輩なら吸血鬼、ううん狼男でも――』

『そう言えば、あのカボチャのお化けってなんて言うんだっけ?』

『ジャック・オー・ランタンですよ。悪賢い遊び人が悪魔を騙して死後、地獄に落ちないという契約を取り付けたのですが、生前善い行いも出来なかったので、地獄にも天国にもいくことができず、この世界に留まり、ルタバガかぶに憑依して彷徨い続けるんです』


 ***


(そう、ジャック・オー・ランタンだ!)


 陽菜乃は昔から各国の伝承や伝説などにも、造詣が深かった。まさかここで、その知識が発揮されるとは思わなかったが。


「煌月先輩?」

「ん、……あ!」


 唐突に陽菜乃の顔が飛び込んできた。鼻先が当たるぐらい近くだったのもあり、思わず声を上げて身を引いた。ふいに良い香りが鼻孔を掠める。シャンプーの匂いだろうか。


「だ、大丈夫だ」

「それならいいのですが……」


 こてん、と小首を傾げる姿も可愛い。


(くっ、こんなことなら、どさくさに紛れて抱きしめ──って、落ち着け俺!)

「なに、なに、なに!? その反応! それもオレの呪いのせい!?」


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