第16話 それぞれの役割

 オロオロとするカボチャ頭に、俺は「違う」と断言した。ジャックがラスボス並みのHPなのは『呪われているから死ねない』という効果の表れなのかもしれない。でなければ、この数値は可笑しい。《ジャック・オー・ランタン》の逸話に沿った死ねない体。いや見た目も既に可笑しいが、存在そのものがイレギュラーだ。


(実はラスボスでした──なんて考えるのは飛躍し過ぎか。……だが、あの呪いの装備解除方法。文字化けしていたが《真実の愛》とは書いてなかった)


 ひとまず《真実の愛》の情報源は後で探ることにして、結論を口にする。


「見たところMPは一桁だが代わりにHPがかなり高い。数値だけならAランクの冒険者にも匹敵する素養を持っているんじゃないか」

「え、HPが高いの。……オレ、もしかしてすごい? えーどうしよう? オレはハーレムよりもマイハニー一筋だからなぁ〜」


 目を輝かせる二十四歳児。先ほどまで悲壮感溢れていたのが、一変して目を輝かせている。ピュア過ぎないか。まあ乗せられるところは乗せておこう。


「パラメーターとしてHPが高いのなら、職業的には盾戦士タンクがお勧めだな」

「ええ!? MMOじゃ一番不憫な職業だろう。大規模なPVPで特攻役を押しつけられるし、痛いことばかりじゃないか!」


 憤慨するジャックは、意外とゲームの知識があるようだ。この世界はゲームではないが。


「盾役は必要な職業だからな。防御力の高い方が攻撃の幅が広がるだろう。でも嫌だって言うなら──」

「解雇!?」

「いや、支援職バファーは魔法使いだけじゃないし、暗殺者アサシン、あるいは盗賊シーフはどうだ? スキルに透明化もあるし」


 菓子作りの能力もあるので《菓子職人》でもいいかもしれないが、今切り出したら「遠回しに解雇された」と勘違いしそうなので黙った。


(多少なりとも、元の世界での特技が反映されているってことか?)

「解雇回避! アサシンかシーフかー。ねー、ねー、ハニーはどっちがいいかな?」

「自分で決めなさいよ」

「うう、つれない。泣いちゃう。泣いちゃうよ!?」

(すでに泣いているんだが……。スルーでいいか)


 探索スキルは冒険において重要度が高い。魔物やPKプレイヤーなどの奇襲率を下げられるので、メンバー内にいるほうが有利だ。もう少しアドバイスを口にすることにした。


「まあ、その目立つ姿は斥候には向いていないけれど、盗賊を選んで機動力を養うのは有りだと思う」

「ですね。さすが先輩です!」


 陽菜乃からの拍手と賞賛の声に癒される。なんだ、この天使。


「んー。……やっぱり冒険者よりも、職人ギルドに力を入れようかなー」


 弱腰になるジャックに、ギルマスは意外そうな顔で呟いた。


「あら呪いを解くのは、諦めるの?」

(ん?)

「それは……」

「呪いを解いて本来の姿になれば、私も何か思い出すかもしれないわよ」

「ぬぬぬ……」

(ああ。ジャックは元の世界の記憶はあるが、ギルマスにはない? ……本当に?)


 なんだか引っかかる。

 もう少し後で聞くつもりだったが、気になってジャックに尋ねた。


「なあ、ジャック。呪い解除の方法が《真実の愛》っていうのは、どこ情報だ?」

「それはマイハニーとの思い出が輝いていたからさ!」

「……なるほど。根拠はないんだな」

「文句あるか!?」

「……じゃあ、ギルマスはジャックを職人ギルドではなく、冒険者にしたいのには、何か意図があるのか?」


 ギルマスは一瞬、目を見開いて驚いていたがすぐに口元を緩めた。


「意図? んー、そうね。本当に私の夫なのなら、この世界で強くないと困るわ。いざという時に、私が守らなきゃいけない存在なんて嫌だもの♪」


 腹筋が六つに割れた筋骨隆々の美女よりも強い男。少なくともこの世界において、彼女が求める男性とは強者のようだ。


(ジャックはすごい奴を好きになったな)

「筋肉は正義。力こそ愛よ♪」

「ぐぬぬぬ」

「かっこいい」


 ポツリと呟く陽菜乃には、このままの体系を維持してほしい。

 とりあえずジャックの呪い解除方法が《真実の愛》というのは、根拠がないことは理解した。


(レベルを上げて、予期せぬ事態に備えるのは当たり前か。だからこそ陽菜乃も修練所でレベル上げに躍起になっていたし……)

「それで、どうするの。ジャック」

「うおおおお。オレは冒険者でシーフをやる! マイハニーのためにも、速攻で呪いを解いて見せるぞぉおおおおおおお!」


 ジャックは決意を固めたようだ。長かった。


「(職人ギルドは兼用できるし、《菓子作り》のスキルを後で教えておこう)……あ、それと瀧月朗もパーティーメンバーとして参加希望だ」

「え!?」

「は!?」


 陽菜乃とジャックは驚愕の声を上げた。まあ無理もない。


「なんでゴリゴリの先行派が!? 初日でDランクにまで上り詰めた強者だろう。それがなんで慎重派に鞍替えするんだ? 怪しい。というか怖い!」

「私も何が目的なのか気になります」

「あー、姉の知り合いだった縁で、気に入られた」


 陽菜乃は「さすがです、先輩!」と目を輝かせ、ジャックは「人望まであるとかずるくない!?」とよくわからないことを喚いていたが、概ね納得したようだ。


「長くパーティーを続けるなら性格とか、相性もあるもの。……でも、今期のエースを引き当てるとは運がいい」


 ギルマスは俺の全身を凝視していたが、視界に陽菜乃とジャックが割り込む。


「先輩に惚れるのはダメです!」

「マイハニーはオレのだからな! 絶対にやらん!」

「うるさい」


 ギルマスの見事な踵落としによって、ジャックを黙らせた。もはや見慣れた光景である。とにもかくにも、最低限のパーティーメンバーが決まりそうだ。


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