第15話 物語の結末について

 透明人間の物語の結末について。

 透明人間の少年は実は死んでいて、コンクリートの黒いシミになっていた。

 コンクリートのシミになるまでのエピソードを山本世界観から聞いた。たぶんこのエピソードには彼の推理も含まれていると思う。


 カズヤ少年は母子家庭だった。

 母親が大好きな小学生2年生。

 彼には特殊な力があった。透明人間になれる力。

 そんなある日、母親に彼氏が出来た。母親を取られたと思ったカズヤ少年は、母親を振り向かせるために家出をした。お母さんに心配をさせたかったんだろう。

 まだ甘えたい小さい子どもには、ありうる行動なのかもしれない。

 だけど彼は普通の子どもではなかった。

 カズヤ少年は透明になれたのだ。

 透明になった彼は誰からも気づかれなかった。

 気づかれないという事は交通事故の危険が高くなるという事である。


 カズヤ少年は車に踏まれて死んだ。

 彼の死体は何度も何度も車に踏まれ続けた。そのたびに内臓が飛び出し、目玉が飛び出し、骨はバラバラに砕けた。それでも踏まれ続けて黒いシミになっていった。


 カズヤ少年の母親は寂しさを埋めるために彼氏と結婚した。

 お母さんには新しい旦那との子どもが産まれた。


 もしカズヤ少年は自分が死んだ事に気づかず、母親の幸せな家族を見てしまったら? 

 幸せな家族にはカズヤ少年はいない。存在まで透明になってしまったような、生きていたという過去すらも透明になってしまったような気がするだろう。

 少年は幽霊になって完全体の透明人間になったのだ。

 

 死んだ事にも気づいていないはずのカズヤ少年は、自分が死んだ場所に新田一を誘い出した。

 矛盾しているけど、怪異になったカズヤ少年にとっては矛盾ではないらしい。

 本能らしいのだ。

 透明になって誰にも見えなくなって寂しい。

 そんな自分に寄り添ってくれる人がほしい。その寄り添う人に選ばれたのが新田一だった。


 もしかしたら彼女は消えたいと心から願ったのかもしれない、と山本世界観は言った。

 消えたいと願ったのはお前のせいなんだよ、と言いたかったけど、ぼくは余計な事は言わなかった。

 コイツは名探偵のくせに女の子の恋心には鈍感なのだ。本当にラノベの主人公である。

 そして本田ナノが透明人間の能力を解除して、黒いシミが出現した。

 それで少年はいなくなった。

 透明ではなくなったのだ。

 その黒いシミこそが、カズヤ少年だったのだ。


 あまりにも残酷で悲しい結末に、その夜から新田一は高熱を出した。


 ぼくは推しのヒロインを看病するために彼女の家に来ていた。

 雑炊を作り、彼女に食べてもらって熱が下がっていないかを確認する。

 新田さんは40°近い熱を出していた。


「和田君」と彼女はか細い声で呟いた。

「手を握ってくれる?」

 彼女は顔を真っ赤にさせていた。熱のせいである。

 眼鏡はかけていなかった。髪も結んでいなかった。

 今でも壊れそうな新田一がベッドに横になっている。


「怖い夢でも見たの?」とぼくは尋ねて、昨日の晩から付いている冷えピタを取って、新しい冷えピタに付け直した。

 彼女はポクリと頷いた。

「私が黒いシミになってしまう夢」

 と弱々しく彼女が言った。


 ぼくは彼女の布団に手を入れた。

 熱のせいで暖かいココアを淹れたマグカップのように彼女の手は熱かった。

 新田一は両手でぼくの手を握った。


「大丈夫。ぼくが君を黒いシミにさせない」

 とぼくが言う。

 彼女は潤んだ瞳でぼくを見た。

「私が消えたい、と願ったの」と彼女がボソリと呟いた。

 ポクリ、とぼくは頷く。

「親はいなくなった。おばあちゃんもいなくなった。好きな人も私を見てくれない。和田君が告白して来てくれたけど、私は消えたかった」

 と彼女が言った。

「消えたい、って思ったのは誰かに心配してほしい、って事なんだって気づいた時に、カズヤ君の事が……」と新田一は言葉を言い淀む。「弟のように思えたの」

 しばらく彼女は黙った。

「私には和田君がいたけど、カズヤ君には誰もいなかった」

 彼女は真顔で涙をポタポタと流して枕を濡らした。

「私も黒いシミになってあげればよかった。そう思うの。私バカだよね」


 ぼくはゆっくりと首を横に振った。

 彼女は誰よりも優しいのだ。

 だから透明人間が取り憑かれたのだ。


「黒いシミになったカズヤ君の話には続きがあるんだ」とぼくは言った。

「世界観の知り合いの警察に連絡をとって、黒いシミがDNA鑑定されたんだよ。そしてカズヤ君と証明された。カズヤ君のお母さんにも連絡が行ったんだ。コンクリートにこびりつくカズヤ君に会いにお母さんが来たんだよ。それで黒いシミになった少年の前で人目も気にせずにお母さんは泣き崩れたんだよ」

 とぼくが言う。


 コレが透明人間の物語の結末である。

 ぼくの話を聞きながら新田一は子どものように声を出して泣いていた。

「良かった、良かった」と彼女が言った。

 最後にカズヤ君はお母さんに会えたのだ。

 

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ラノベの世界に入ったので推しの負けヒロインを救い出す お小遣い月3万 @kikakutujimoto

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