第14話 解決

 ぼく達は目的地に向かっていた。

 ぼくは新田さんの手を強く握っていた。彼女の手を離してしまえば2度と出会えないような気がした。

 指と指を重ねた恋人繋ぎじゃなく、幼稚園の時に隣の子と手を繋なぐ時のようなシンプルな手の繋ぎ方だった。

 確実にぼく達はお互い離れないようにシッカリと手を繋いでいた。すれ違わないように、忘れないように、見えなくならないように。

 少年の母親が目的にいるかどうかはわからない。

 カズヤ君は母親がいる、とは言っていないのだ。

 お母さんに会いたい、と言っているだけなのだ。母親がそこにいるとぼく達が勝手に思っているだけで、そこに母親なんていないのかもしれない。

 そこに行く以外に透明人間の解決方法を見つけられなかった。

 このままでは新田一は消えてしまう。

 ぼくがそんな事をさせない。ぼくだけが彼女の事を忘れないように永遠に手を繋ぎ、透明になった彼女と今後一緒に過ごして行く。

 きっとそんな事もいつかは終わりが来て、ぼくが彼女の事を忘れる時が来てしまうのだろう。

 だからぼく達は透明人間の解決方法を探すために、少年の目的の場所に来たのだ。



「ココみたい」

 と新田一が言った。

 周りには家が建ち並び、車一台が余裕を持って通れるぐらいの道幅があるだけの変哲の無い道だった。

 どこのドラマでも、どこのアニメでも出て来そうな、徒歩1分圏内にありそうな場所である。

「本当にココなの?」

 とぼくは尋ねた。

 ポクリ、と新田一が頷いた。

「透明人間君のお母さんは?」

 とぼくは尋ねた。

 彼女は何も無い左隣を見つめた。

 そこに透明人間がいるんだろう。

「わからない。何も答えてくれない」

 と彼女が言った。


「本当に来た。やっぱり世界観の推理は当たってたね」

 と声が聞こえた。 

 何の変哲も無い一軒家の角から、ザ魔法少女というピンクのフリフリを着た本田ナノが現れた。

 原作では本田ナノは朝のテレビアニメで魔法少女に憧れ、高校3年生になっても魔法少女ごっこをしている痛いキャラである。怪異を退治する時だけ魔法少女の姿になるのだ。

 本田ナノは霊媒師である。

 彼女の手には魔法のステッキではなく、数珠が握られていた。

 魔法少女の隣には、山本世界観が立っていた。新田一のヒーローでありぼくの親友である。

「思ってたより、遅いじゃないか」

 と山本世界観が言った。


「なんで世界観がココにいるんだよ?」とぼくは尋ねた。

 尋ねてしまったのだ。

 名探偵がココに辿り着いた経緯を語るための質問だった。

 尋ねた後にことごとくぼくはサブキャラクターなんだな、と実感した。

 だからこそ新田一と繋いだ手をギュッと強く握った。

 ぼくはサブキャラクター。彼はこの物語のメインキャラクターである。

 新田一が恋をする相手は決まっていた。だからこそ彼女の手を強く握ったのだ。

 推しヒロインの恋を応援する気持ちがあったのに、いざ世界観のカッコいい謎解きシーンが来たら、彼女の恋を応援できなくなっていた。

 ぼくの彼女に対する気持ちは愛じゃなく、恋だったのだ。


「夜にお前がやって来て、言いたい事を忘れて帰って行ったよな。自転車を置いて帰るってバカだろう。何かを忘れる怪異に攻撃されてるって思ったんだよ。そう言えばお前が学校で委員長がいないのか? って尋ねてたよな。それも引っかかってたんだ」

 と気怠そうに彼が言った。

 説明するのも邪魔くさい、って感じだった。この場合は推理というより、単純な気づきだけだったんだろう。

「怪異に攻撃されているのは和田じゃねぇーんだろう? 俺等には見えねーけど、そこに委員長がいるのか?」

 と山本世界観が尋ねた。

 ポクリ、とぼくは頷く。

「だけど、どうしてココに辿り着けたんだよ?」とぼくは尋ねた。

 サブキャラクターのぼくはメインキャラクターが輝くように、尋ねてしまうのだ。


「この怪異の正体は透明人間なんだろう?」

 と彼は言った。

 確信しているのか、ぼくが頷く前に山本世界観は話の先を行く。

「この世界には怪異ではなく、生まれながらにして特殊な力を持った人間がいる。そういう人間は魔力が強いんだよ。そんな人間がルサンチマンを残して死んだら、魔の物になる事があるんだよ。人を狂わせて害なす性質をもつ化け物。それを俺達は怪異と呼んでいる。他にも怪異は別の世界から現れたり……」


「話が長いよ」と本田ナノが数珠を手でジャリジャリしながら呟いた。


 ルサンチマンってなんだよ、とぼくは尋ねたかったけど、やめた。話が長くなりそうなので後でググろう。

 文脈としたらマイナスな感情みたいな事なんだろう、と思う。


「わかったよ」と世界観は言って、頭を掻いた。

「それで調べたんだよ。この辺で行方不明になって、まだ発見されていない事件を。透明になった状態で死んだ人間がいるかもしれない、と思ったんだよ。一件だけあったんだ」と山本世界観が言った。

「でも」とぼくは言った。「それだけじゃあ、こんな道に辿り着けないだろう」

「この変哲も無い道の事を何て言われているか知ってるか?」

 と世界観が尋ねた。

 知らない、と答えるより先に名探偵は回答を出す。

「転び道」と彼は言った。

「なぜだか知らないけど、ココでは人が良く転ぶんだ」

 山本世界観は本田ナノを見た。

「そろそろ特殊能力の解除はできるか?」

 と彼が尋ねた。

「特殊能力の解除って難しいんだよ、それにもう死んでるんだよ」と魔法少女が数珠を握りしめて言った。

 ぼくの顔が引きつった。

 ココに死体があるのか? 少年の死体を想像した。

「和田が想像するような死体は、ねぇーよ」

 と世界観が言う。


 もう無い。

 どういう事だろう?


「カズヤ君は1人で寂しかったのか? お母さんに会いたかったのか? もう母親に忘れられている事が怖かったのか?」

 と世界観が言う。

 その言葉はぼくに言っている言葉ではなく、目に見えない何者かに言っている言葉だった。

 山本世界観は透明人間がカズヤ少年である事までつきとめているらしい。


「死んだ人が、寂しいから他人様を殺したらダメなんだぞ」と彼は言った。

 怒っているようでも、子どもを悟すようでもあった。


「世界観、特殊能力を解除できるよ」と魔法少女が言った。

 彼女は数珠をジャラジャラした。

 もしかしたら彼女の特殊能力解除方法は、閉ざされた扉をピッキングで開けるように、数珠で解除方法を探っていたのかもしれない。

「頼む」

 と彼が言う。


 魔法少女が呪文のような言葉を唱えた。

 そしてぼく達の目の前に、地面にこびりついて取れない水たまりの大きさの黒いシミが現れた。


「新田たぁんだぁーーー」と本田ナノが叫んで近寄って来る。

 ぼくは彼女を見た。

 新田一は声を出さずにポタポタと泣いていた。

 本田ナノが新田さんを認識できているという事は透明人間が解除されたんだろう。

「透明人間君は?」

 とぼくは尋ねた。

「消えた」と彼女が答えた。

 本田ナノが新田一を抱きしめた。

「新田たぁんのことナンデ忘れちゃってたんだろう?」


「もう透明人間じゃなくなったんだ」と山本世界観は言って、コンクリートにこびりついた黒いシミを見つめた。

「和田が委員長と一緒にいなかったら黒いシミが2つになっていたな」

 

 黒いシミの正体をぼくは悟り、吐いた。

 透明人間になって、誰にも気づかれず、何度も何度も何度も何度も何度も車や人間に踏まれ続けたら人間は黒いシミになるらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る