第11話 推しと一緒に寝る

「一緒に寝よう」

 とぼくが言うと、さすがに新田さんは困ったような顔になった。

「君から離れてしまうと、少しの時間でも君を忘れてしまうかもしれない」とぼくが言う。

 しばらく考える間があった後に、「わかったわ」と新田一が言った。

「ただし一緒のベッドでは寝れない」

「もちろん」とぼくが言う。

「それじゃあ布団を私の部屋に持って上がってくれる?」

「ぼくは布団もいらない」

「どうして?」

「寝たら君の事を忘れてしまいそうで怖いんだ」とぼくが言う。


 世界中で新田一の事を認識しているのはぼくだけだった。

 新田一の事を忘れるのは嫌だった。

 ぼくが彼女の事を忘れてしまえば彼女はこの世からいなくなる。

 前回、ぼくが浴室を覗いたから彼女を見つける事ができた。

 だけど次もまた新田一を見つけられるとは限らない。

 見えなくなってしまうのだ。認識できなくなってしまうのだ。

 だからこそ、ぼくは寝ずに彼女のそばで新田一の事を覚えておこうと思った。

 

 彼女の部屋は2階にあり、ベッドと勉強机と大きなビーズクッションがあるだけのシンプルな部屋だった。

 女の子の部屋にありそうなピンク色のモノは何一つ置かれていない。

 ビーズクッションも茶色である。


 新田さんはベッドに仰向けになった。

 彼女はベッドに寝ている時も姿勢がよかった。

 ぼくはビーズクションに座って彼女を見た。

 彼女の姿が見えないと忘れてしまう可能性があるので豆電球にしていた。部屋はオレンジ色に包まれている。


「透明人間の少年は?」

 とぼくは尋ねた。

「私の横で寝てるわ」

「同じベッドで?」

「そう」と彼女が言う。

 そしてしばらくの沈黙。


「……和田君はどうして私のことを好きなの?」

 と彼女がボソリと質問した。

 新田一の好きなところ?

「全部、好きだよ」とぼくが言う。

「真面目なところも好きだし、1人で頑張っているところを見ると守ってあげたくなるし、頑張り屋さんなのに、少しドジな部分があって、それでいて新田一は自分の可愛さにまだ気づいていないんだ。全部好き。君の事をずっと守ってあげたい、と思っていた」

「……そう」

「新田さんは山本世界観のどこが好きなの?」

 とぼくは尋ねた。

 しばらくの間があってから、「……私のヒーローなんだ」と彼女が言った。

「ヒーロー?」とぼくが尋ねた。

「山本君は私のヒーロー。泣いている私のところにやって来て救ってくれたの。女の子はヒーローに憧れるもんなんだ」

 と彼女が言う。

「ぼくも新田さんのヒーローになりたいな」

 とぼくが言う。

 ぼくの声は豆球に照らされたオレンジの空間に溶けて行く。

 寝たのかな、と思うほど時間が空いてから、「ねぇ」と彼女から声が聞こえた。

「どうしたの?」

 とぼくは尋ねた。

「本当に眠らないの?」

「眠らないよ」とぼくが言う。

「眠たくないの?」

「少し眠たいかな。だけど大丈夫だよ」とぼくが言う。

 彼女の事を忘れるぐらいなら、ぼくは目を閉じない。

「手を握っておこう」

 と彼女が言って、ベッドから腕が出した。

「もし和田君が眠っても、手を繋いでいるから、すぐに私のことを覚え出せるでしょ」

「そうだね」とぼくが言う。

 そしてぼくは彼女の冷たい手を握った。

「明日は電車に乗って、〇〇市に行こう。そこでこの子のお母さんを探そう」

 と彼女が言った。

「わかった」

 とぼくは言って、彼女の手を強く握った。

 きっと明日には透明人間のことも解決しているだろう。

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