第12話 一緒にいたいの

 次の日、ぼく達は電車に乗った。

 彼女は学校に行かないのに制服だった。

 原作の知識では新田一は制服以外の私服を着ない。昨日のパジャマ姿もレアなのだ。ばっちり目に焼き付けている。これから幾度となく彼女のパジャマ姿を思い出すだろう。

 彼女は無駄遣いをしない。だから自分を着飾る服も少ないのかもしれない。

 昨日から制服で行動しているぼくも制服だった。

 まるで学校を休んで、制服デートをしているみたいだった。

 

 〇〇市までは電車で一本。

 ぼく達が住んでいる町からは5駅ほど離れた場所にある。


 通勤、通学から少しだけ時間をズラしたおかげで電車の中は人がまばらだった。

 ぼく達は手を繋いでいた。

 この冷たく、細い手をぼくは離したくなかった。

 電車の椅子に座る。

 椅子の柔らかいクッションにお尻が沈んだ。

 ぼくの隣で彼女は姿勢良く座った。


 昨夜、ぼくは起きていた。

 新田一の事をぼくは忘れる事はなかった。

 ぼくが彼女の事を見ている限り、新田一は透明人間にならずに済んだ。

 新田一も不安で眠れなかったのか、ずいぶん遅くまで起きていた。

 朝になり彼女が目覚めてぼくと目が合った時、すごく新田さんは安堵している様子だった。


 電車は地下の闇の中をガタゴトと走って行く。

 ガタゴトと心地良い揺れ。

 隣には彼女がいる。

 その隣には透明人間の少年がいるんだろう。

 瞼が自然に閉じていた。

 ガタゴト。

 地下を走る電車が進んで行く。


 あっ、と気づいた時には降りる駅を過ぎていた。

 だけど、その駅で降りないといけない用事を覚え出せなかった。

 そもそも、どうして学校を休んでまでで電車に乗ったんだろう?

 

 電車が闇の中をガタゴトと走って行く。

 なにか大切なモノを忘れてしまったような気がする。

 だけど、そのナニカを思い出す事は出来ない。

 電車に乗った理由が分からず、自分の賢すぎる頭を心配しながら、次の駅に降りると折り返しの電車に乗って、地元に帰った。



□□□



「お姉ちゃん起きて」

 とカズヤ君に起こされて、慌てて起きた。

 ちょうど私達が降りるはずの駅だった。

 昨日の夜は眠れなかった。自分が透明人間になってしまう恐怖で眠れなかったのだ。

 自分が誰からも認識されない。

 自分は誰からも必要とされていない。

 それは闇の中に吸い込まれて行くような恐怖だった。

 正気を保てているのは和田君が私の手を握っていてくれていたからだろう。

 彼が私を必要としてくれたからだろう。

 彼がいなければ、すでに私は誰からも存在を認識されていないだろう。

 少年が怪異という事は始めからわかっていた。

 カズヤ君と私は似ている。

 少年も誰からも必要とされていない恐怖を抱いているようだった。

 だから私はカズヤ君の手を離せなかった。もしかするとこの感情も含めて取り憑かれているのかもしれない。


 私は黒いランドセルを背負っている少年に引っ張られて電車を降りた。


「和田君!!!」

 と私は叫んだ。


 寝ている時に和田君の手を離してしまったらしい。

 電車に戻ろうとした。

 だけどカズヤ君に引っ張られる。


「和田君!!!」

 と叫んでも彼は起きない。


 プシュー、と音がして電車の扉が閉まった。


「和田君!!!」

 と叫びながら、去って行く電車を呆然と見つめていた。

 スーツを着たオジサンが私の存在に気づかず、ぶつかった。

 私は地面に倒れた。


 自分の事を必要だと彼は言った。自分の事を好きだと彼は言った。

 もうヒーローの顔は頭に浮かばなかった。


「お姉ちゃん、行こう」

 とカズヤ君は言って、小さな手で私を引っ張った。

 私は首を左右に振った。

「私は和田君と一緒にいたいの」

「お姉ちゃんはぼくと一緒にいてくれないの?」

 と少年は悲しそうに尋ねた。

 私は自分の気持ちをハッキリと少年に伝えなくてはいけない。

「お姉ちゃんには大切に思ってくれる人がいるの」

「お兄ちゃんのこと?」

 私はポクリと頷く。

「私はその人と一緒にいたい」

「ボクと一緒にいてくれないの?」

 と少年が尋ねた。

 まだ低学年の少年である。

 彼は不安そうな顔をしていた。

 一緒にいてあげるよ、と言ってしまえば私は少年と一緒に消滅するような気がした。


「私は和田君と一緒にいたいの」

 私が言うと少年は困っているような、悲しそうな顔をした。

「私は和田君と一緒にいたい」

 少年が私の手を引っ張った。

「行こう」と彼は言って、私を引っ張る。

「行かない」と私は言う。

「どうして?」

「私は和田君と一緒にいたいの」

 と私はもう一度強く言った。

 少年が泣きそうな顔をした。

 少年について行けば本当に彼のお母さんがいて一件落着するのかもしれない。だけど1人では行きたくない。和田君がいなければ私は消滅してしまうような気がする。

 カズヤ君が涙を袖で拭った。

「……カズヤ君、ごめんね」

 と私は謝った。


 地元に向かう電車がやって来ると私はカズヤ君を引っ張って電車に飛び乗った。

 和田君が目覚めれば私の事を忘れて地元に帰ると思ったのだ。

 どこに行けば和田君に会えるだろう?

 私は彼を探し出す事ができるんだろうか?

 そんな不安は電車に乗ってすぐに消え去った。

 和田君がいたのだ。

 彼は次の駅で目覚めて、地元へ帰る電車に乗ったんだろう。

 和田君の顔を見ただけで安心した。

「和田君」

 と私は言った。

 だけど彼はスマホをイジっていて、私に気づかない。

「和田君」

 と私が彼の名前を呼んだ。

 だけど気づかない。

 彼の肩に触れた。

「和田君」

 と私は呼んだ。

 だけど気づいてくれなかった。

「お兄ちゃんにはもうお姉ちゃんの事が見えないみたいだよ」

 とカズヤ君が言った。


「私を探して」

 と私は和田君に言った。

 和田君だけが私を探してくれた。

 和田君だけが私のことを求めてくれた。

 アナタに見つけてほしい。

 和田君が電車を降りる。

 私も彼に付いて行く。

 まるで私が彼に取り憑いているように和田君の後ろを少年と手を繋いでピッタリと付いて行った。

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