革柔す

森川依無

2022年7月27日 都内某所 S氏インタビュー

 実際体験した怖い話……ですか。

 あー……そうですね。おそらく皆さんが期待しているものでものでしたら1つ。

 その、あまり……人に話すのもどうかという。

 私自身気分がノらない代物ですが、そうですね。

 私の中にずっととしたものが残っているので、せっかくの機会なので聞いていただけますかね?

 ……ありがとうございます。

 

    ◇

 

 これは、私が大学生の頃の話です。

 私自身も当時は本当にあった怖い話とか心霊現象とかが好きだったので、大学では当然のようにオカルト研究サークル(通称:オカ研)に所属しました。

 オカ研では、こっくりさんを実際にやってみたり、立ち入り禁止の学校屋上に上って全力でUFOを呼ぼうとしてみたり、今思えばどこかで痛い目を見そうな馬鹿なことをしていたもんです。

 そんなオカ研の通過儀礼とでもいいますか、毎年恒例になっていたのが「百物語風:夏の怖い話会」でした。

 夏休み前半のどこか一日に、地元の公民館を借りて。オカ研はもちろん、怖い話に自信のある人を集い怖い話を語り合うのです。

 当時は、テレビでも心霊番組が幅を利かせていた心霊ブームでしたから、参加者も結構多かったのを覚えています。

 ランプでぼんやりと明るい程度の一室で、一年生は緊張しながら、上級生達と大人はどちらの方が優れた話なのかを競い合っていました。


 あれはそんな、怖い話会での出来事です。私はたしか四回生だったと思います。

 1つ下の後輩達が進行役として十分に力を発揮しているのに安心し、参加者もそれぞれの話を褒めあっていて。時間的にもそろそろお開きかなぁという、そんな時でした。

「あのぉ……私も1つ話の方よろしいでしょうか」

 男が進行役の後輩に手を挙げながら話しかけました。

 

 それ自体なんら不思議なことはないのです。ですが、うすぼんやりとした中でも明らかに、その男は異様な雰囲気を醸し出していました。

 たしかに、クーラーの効いた公民館で、なんならみんなで怖い話をしているのだから少し寒い気もしました。

 ですが、Tシャツに身を包んだ群衆の中にぽつりと、時期外れとしか思えないジャケットをまとったガタイの良い男性が紛れ込んでいるというは、あまりにも異質でした。

 

 後輩は私達先輩の方に目配せを一瞬しましたが、

「えぇ!もちろんいいですよ」

 そう笑顔で答えた。ほんとに、よくできた後輩たちでした。

「ありがとうございます」

 そう男は答えると自分の話を続けて話し始めました。


    ◇ 


 これは、私が……所属している。とある猟友会の仲間から聞いたある夫婦の話なんですがね。

 その夫というのは、私同様に狩猟を行っていたようで、自分で捕った獣の命を頂いて、肉を採ったり加工していたようなのですが。

 中でも、獣皮をなめして毛革にするというのが、得意としておりました。

 他の人がやれば絶対に破いてしまうような状態になっていても、確実に除肉をこなして綺麗な毛革に仕上げたのです。

 

 そんな作業をしている旦那を、妻は毎回うっとりとした表情で眺めていました。

 妻は、色白な素肌に緑の黒髪が映える、村随一の美人でした。正直旦那が釣り合わない。それほどまでに素敵な女性でした。

 二人が結婚することをもちろん親は拒否しましたが、その程度では止められない。駆け落ちをもいとわない愛が、二人の間にあったのです。

 妻は語りました。

「あなたの腕を伝う汗。大胆で繊細な指先。獣皮と向き合う懸命な表情。美しくもあり羨ましいわ」

 

 ……なぜなのでしょうね。幸せに限って長続きしないのは。幸せだと時間が早く経ってしまうにしても、あまりにも早かった。

 

 妻は、死の病にかかってしまいました。

 今でこそ、明確な病名や治療法がわかっているでしょうけど、当時はどうすることもできない。死を覚悟するしかない。そんな病を患ってしまったのです。

 夫は嘆きました。

 元気に見せようとする妻の姿を、何もできない自分自身を。夫は、無力でした。

「死ぬことは怖くないの。ただ、あなたと離れるのが、あなたが悲しむのがこの上なく辛いの」

 夫は、笑顔でいることに決めました。妻が笑顔でいようとしてくれるから。


『私が死んだら、私を鞣して、あなたのそばにいさせてください。』

 遺書にはそう書かれていました。


 ……「人の皮」というのは、獣と違って柔らかい肌ですから、穴を作らずに肉を取るというのは骨の折れる作業です。

 それに、ただ革にしただけではそばにいることが出来ません。

 なれない手芸もこなす必要がありました。

 なんせ、この1つしかありませんから。

 夫は、皮をもてる知識全てを使い、美しく鞣しました。

 肌の柔らかさ、滑らかさ、優しさが無くならないように。加工するときに困らないよう、どこにナイフを入れるか1ミリ単位で計算をしました。

 そんな夫を、見つめる人影はもういませんでした。

 革を加工するうちに、骨すら無駄にせず加工しました。

 全てが愛おしく堪らなかった。


    ◇


「『死体損壊したいそんかい』なんて罪がありますが、この場合の夫という存在は一体どんな罪に問われるのでしょうね。遺書の願いだから合意として咎められないのでしょうか。それとも、その願いはそもそも受けてはいけないものなのでしょうか」

 そう男は話を締めくくった。

 怖い話というものを根本的にはき違えたような、気味の悪い話に場は凍り付き、皆嫌な想像をせざるを得なかった。

「やだなぁ、みなさん。私の作り話ですよ!」

 そう男は静寂を破って笑って答えた。

 それでなんとか「作り話かぁ。よかったぁ」と和み始めた……いや、皆がそういうことにしたかっただけなのかもしれません。

 ですが、私は今でもこの話が作り話だとは到底思えないのです。

 

 「人の革」という倫理的に存在してはいけない物体を、愛おしく常にそばに置きたいと考えたときに、人はいったいどこに使うのでしょう?

 きっと、他人には見られない「自分の肌が常に革と触れられる場所」というのが理想的なのかもしれません。


 ……私は、忘れられないのです。

 男の着こんでいたジャケット。

 彼が地面に座る時捲れて、一瞬見えた。布地では絶対にない、仄暗い部屋でひと際目立つ。

 あの純白のような裏地を……。

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