第4話

秀一の伯父が経営する病院に長く勤めていたスタッフが、過去の不正を密告してくれたのだ。


以前に院長の甥である植松陽介という患者が運ばれてきて、院長は死亡診断書を書いていた。

陽介は、秀一の兄である。

死因は虚血性心疾患。

しかし、遺体には打撲の跡があり、スタッフはこれが死因なのではないか、と思ったという。

人を遠ざけ、極秘裏に処理していたのも怪しく思ったとのこと。


秀一の兄である陽介は、病死ではなく事故死、あるいは殺されたのではないか。

私は、このことを秀一に突き付けた。


「陽介兄さんは、病死ではないですよね?」


私の言葉に秀一は動揺を隠せなかった。

そして、むきになって反論してきた。


「いえ、兄は病死でした。いわゆる突然死ってやつで、両親もびっくりしていました」


「親父さんもお袋さんも亡くなった今、陽介兄さんの死の真相を知っているのは秀一、お前だけだ。正直に話してほしい」


秀一は何も答えてくれなかった。黙秘を決め込んだようだった。

私は更に言葉をつづけた。


「陽介兄さんが亡くなってから、借金取りが来なくなった。何か関係があるんじゃないのか?」


しかし秀一は、貝のように口を閉ざしたままであった。


* * *


私は捜査を続けた。


生命保険を調べてみた。借金返済に利用したかもしれない。

しかし、陽介に関連する保険の契約は存在しなかった。


次に、秀一が以前に付き合っていた森谷可南子もりやかなこを探し出すことにした。

可南子は、秀一とも陽介とも仲が良かった。

彼女なら何か知っているに違いない。

そして、当時私は可南子にひそかな憧れを抱いていた。

もう一度会ってみたいと思った。


可南子の居場所が分かった。

彼女は既に結婚していると思い込んでいたが、苗字は森谷のままであった。

あれだけのルックスをもちながら、結婚していなかったことが意外だ。


私は可南子に再会した。


年相応の容姿にはなっていたが、彼女には高校時代の面影が残っていた。

私の心の中に、青春の甘酸っぱい思い出が蘇った。


可南子は結婚こそしていなかったが、同棲している男がいた。

可南子への聞き取りの最中に、その男が帰ってきた。


私はその男を見て、目を疑った。

そして、私にはすべての真相が分かった。


* * *


捜査本部では、秀一の逮捕状を請求していた。


順子の友人、啓子からの聞き取りで、最近は植松夫婦の仲が悪化していたとの情報を得ていた。

秀一は時々、家の金を持ち出して街に行くことがあった。

何に使ったのかを順子が聞いてもはぐかされ、それで口論になっていたという。

ギャンブルか、怪しい取引か、あるいは浮気をしていたのか。

それを指摘する順子自身も、バンドマンと関わっている点を秀一に指摘され、喧嘩が絶えなかったという。


秀一と順子の結婚は会社の吸収合併に伴うものであり、秀一の立場が低かったということもある。

これらのことから、捜査本部では秀一には順子を殺害するに十分な動機があると考えた。


また、本人が初めに主張していた、街にいたというアリバイも証明できない。

そして、何より逮捕の決め手となったのは、本人が犯行を自供しているということだ。


秀一は妻殺しを認めており、調書の作成にも協力的である。

このままでは秀一は送検されてしまう。

私は捜査会議で主張した。


「植松秀一は犯人ではありません!」


捜査員一同は私の言葉に驚き、そして呆れた。

せっかく事件は解決しようとしているのに、私がひっくり返そうとしているからだ。


私は捜査資料を提示した。

そして、真相を語った。


* * *


「私は、犯人は自殺した村井であると考えています。

 少なくとも、秀一は無実です。

 秀一はまだ認めていませんが、事件発生時刻に、名林公園である男に会っていたのです。

 渡していた物は現金です。

 以前から家の金を持ち出して順子と喧嘩になっていたのは、その男に金を渡していたからです。

 その男の存在を、誰にも知られるわけにはいかなかったのです。

 やってもいない殺人の犯人になってでも、この男の存在を知られるわけにはいかなかったのです。

 それはなぜなのか。

 秀一は、十字架を背負って生きてきたからです。

 贖罪として、やってもいない妻殺しを認めることにしたのです。

 秀一とその両親は、過去に陽介を殺していたのです。

 いや、厳密には殺してはいません。

 戸籍上殺した、と言うべきでしょう。

 植松の家には、いつも悪質な借金取りがやってきていました。

 ある日、家に上がり込んで怒鳴り散らすのです。

 植松の家族は、陽介が犯した殺人をもみ消すために、借金取りの遺体を、ひそかに親族が経営している病院に運び込みました。

 そして、その借金取りの死体を植松陽介という扱いにして、伯父に陽介の死亡診断書を書いてもらったのです。

 事故死や不審死だと警察が調査に入ります。

 なので、病院での自然死を装ったのです。

 借金取りには身内がおらず、仲間も犯罪に手を染めていた連中ばかりでした。

 その借金取りがいなくなったことは表沙汰にはなりませんでした。

 では、本物の陽介はどこにいったのでしょう。

 陽介は生きています。

 今、森谷可南子の家で同棲をしています。

 初めは秀一と付き合っていた可南子は、心優しい兄、陽介の方に次第に心変わりしていったのです。

 しかし、陽介には戸籍がないのでまともな仕事には就けません。

 それで、秀一が定期的に現金を陽介に手渡していたのです。

 戸籍上とはいえ、兄を殺してしまった罪を償いたい、秀一はそう考えました。

 秀一は、陽介が可南子と生活していることも知っていました。

 自分の代わりに可南子を幸せにしてやってほしい、そういう気持ちもあったのでしょう。

 これが、秀一が背負っていた十字架の正体です」


しばらくの間、捜査本部は静まりかえった。

やがて、部長が号令を発した。



「順子殺しの捜査を再開する!」



我々は再び、慌ただしく動き始めたのだった。



< 了 >




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十字架を背負う男 神楽堂 @haiho_

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