第3話

意外なところから秀一の目撃情報が入ってきた。

生活安全課からだ。


街とは反対方向にある名林公園で、殺人事件と同時刻に、別の事件が発生していた。

ナイフを持った男が女子高生に絡んで暴行しようとしていた。

公園に人はいたが、ナイフを持った暴漢を注意できる者は誰もいなかった。

皆、見て見ぬふりをしていたのだ。

そんな中、ある男が落ちていた棒を手に取ると暴漢に向かって行った。そして、ナイフを一撃で叩き落したのである。

暴漢はその男の気勢に飲まれ、逃げて行った。

女子高生は、助けてくれたお礼を言おうとしたが、男は黙ってどこかに行ってしまったとのこと。

その助けてくれた男が、植松秀一にそっくりだというのだ。


これが真実なら、秀一には完璧なアリバイがあることになる。

だが、なぜそれを秀一は話さないのか。

人助けをしているのだから、むしろ名誉なことであるはず。

ただ、なぜそんな場所にいたのかという疑問は残るが……


このことを話すと、秀一は否定した。


「いや、それは人違いだ。俺じゃない」


自分だと認めれば、完全なアリバイになるはず。

しかし、秀一は認めなかった。


「俺はそんな公園には行ってないし、第一、行く理由がない。なぜ、俺が仕事帰りにそんな場所に寄るんだ」


とは言っているものの、秀一の街での目撃情報は全くない。

それでも秀一は、公園には行っていないと頑なに主張し続けた。

秀一はいったい、何を隠しているのだろう。

私には皆目見当がつかなかった。


* * *


暴漢に襲われ、秀一と思われる人物に助けられたというその女子高生に私は会い、聞き取りをしてみた。


会ってみると、誰かに似ているなと私は思った。

そうだ、このセーラー服は可南子が通っていた学校のものだ。

秀一は、昔の彼女に似ている女性が襲われているのを見て、助けようと思ったのかもしれない。


その子に秀一の写真を見せたところ、この人が助けてくれましたと、はっきり証言した。

相手が刃物を持っていても、秀一の剣道の腕前ならナイフを叩き落せるはず。間違いない。秀一だ。

奥さんが殺されたちょうどその時刻に、秀一はこの公園にいたのだ。


その女子高生の話によると、秀一と思われるその男は公園の林の中で作業服を着た男に何かを手渡し、親しげに言葉を交わした後、人目を忍ぶようにどこかに消えてしまったとのこと。

公園にいたことを認めないのは、秀一が人に言えない何かをしていたからであろう。


秀一は公園で誰に会ったのか。

そして、何を渡していたのか。


それらを明らかにすれば、事件の真相に近づけるはず。

そして、事件は意外な展開を迎える。


* * *


植松秀一が出頭してきた。

なんと、自分が妻を殺したと自供してきたのだ。


捜査本部は死んだ村井を被疑者として送検しようとしていたため、この秀一の行動に大きな衝撃を受けた。


私は推理し、いくつかの仮説を立ててみた。

秀一は村井に何らかの恩があり、その礼としてかばっているのではないか。しかし、村井は既に死亡している。


殺人の罪を背負うことで、秀一にとって何か得をすることがあるのだろうか。

それとも、秀一は何者かに脅されており、殺人犯になるよう命じられて出頭してきたのか。


いずれの仮説もしっくりこなかった。

なぜ、秀一は急に自分が犯人だと言い出したのか。


私には全く理解できなかった。


先輩刑事が秀一への取り調べを担当した。

私も同席する。


秀一は次のように自供した。


「街に行っていたと嘘をついていてすみませんでした。

 私はあの日、街に寄らずまっすぐ帰宅しました。

 前々から、妻の会社がうちの工場を買収するような形で合併したことを、屈辱的に感じていました。

 村井との件も重なって、私は妻への殺意を抱き続けてきました。

 包丁は我が家の物ではない、と言いましたが、それも嘘です。

 うちの包丁です。

 私は妻を殺した後、訪問者が殺人をしたように見せるためソファーを動かしました。

 そして、第一発見者を装って通報しました」


「犯行は計画的なものでしたか? それとも、咄嗟のものでしたか?」


「前々から計画していました。

 指紋を残さないよう、ゴム手袋などを事前に準備していました。

 犯行日時は、村井のライブがない日を順子から聞き出して決めていました」


「あなたは複数回、奥さんを刺しています。

 裁判でかなり不利になりますよ?

 強い殺意があったと見なされるからです。

 また、計画性があったこともあなたの罪を重くします。

 そう簡単には刑務所から出られません。

 それを覚悟の上で、罪を認めるのですね?」


「……私には罪があります。

 私は罪の報いを受けなくてはなりません。

 それは当然の運命なのです」


秀一の言葉には、違和感があった。

ここで言う「罪」とは普通に考えれば妻殺しということになるが、それとは別の何かの「罪」を指しているではないか、と私には感じられたからだ。


* * *


次に、私が秀一の取り調べを行った。

私には秀一が犯人だとは思えなかった。

なので、こう聞いてみた。


「あなたには犯行時刻に名林公園でのアリバイがあります。あなたには犯行はできないはずです」


「いや、それは私ではないと前にも言いました。私はそんなところには行ってないですし、行く目的もないです」


「あなたは女子高生を助けた後、公園で誰かに何かを渡していましたね」


「だから、それは私ではないです。私に聞かれても困ります」


「あなたは妻殺しの犯人になるんですよ! それでもいいんですか!」


「はい。私が妻を殺したんです。私が犯人です」


だめだ。埒が明かない。

こうなったら何としてでも、私が秀一の無実を証明してみせる。

そう決心し、植松の親族への聞き取りを再度行った。


そして、秀一の伯父の病院で聞き込みをしたとき、私はある重要な証言を手に入れることに成功した。


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