第4話 咄嗟とはいえ…

 桜さんに写真を見せ合う約束をした2日後。彼女が希望する幼稚園~小学校低学年の写真はすぐ準備できたが、昨日は休業日だから店に行かなかった。


今日は遅番で、具体的にはランチタイム後~閉店作業をする流れだな。早番は後藤君だから、新人の彼のサポートをする桜さんはいつもより大変だったかも。



 「お疲れ様で~す」

いつものように店内に入る俺。


「あ、お疲れ…。健一君」


「…お疲れ様です、先輩」


桜さんと後藤君はキッチンにいた。それは良いんだが、桜さんはどうしたんだ? 疲れが凄く顔に出ているぞ…。


早く着替えて、2人きりになった時に訊いてみよう。



 着替え終わって俺がホールに出たのに合わせ、後藤君が着替えるために休憩室に入っていく。2人きりの今なら訊けそうだ。


「桜さん、何かあったんですか?」


…彼女は言うのを迷ってる感じだ。一回りぐらい年下には話しづらいか?


「桜さん、俺に“我慢しないで欲しい”って言ってくれましたよね? (2話参照)それは俺も同じなんですよ。桜さんに我慢して欲しくありません」


言い終わってから思ったが、桜さんとの距離を縮める絶好の機会になりそうだ。


「…気遣ってくれてありがとう。わたしは我慢が苦手だから、本当に話しちゃうよ?」


「構いません。ちゃんとした事は言えませんが、愚痴を聴くぐらいはできます」


「やっぱり健一君は頼りになるね」


桜さんはホッとした顔を見せるのだった。



 「ランチタイムの時なんだけど、初めて来たおじいさんが後藤君に注文しようとしたのよ。けどうまく聞き取れなかったみたいで、彼が何度も尋ねたらおじいさんがキレちゃって…」


その時の状況がわからないが、何度も聞き返すのは失礼にあたる。とはいえ、周りのお客さんに「静かにして下さい」とは言いづらい。


「わたしはそのおじいさんを落ち着かせるために手を尽くしたんだけど、なかなか大変で…。オーダーの順番を変えて、何とか対応したって感じね」


後藤君は大人しいから、そういうクレームの相手は無理だ。なんて言う俺も、その場にいたらどうしていたか…。


「そんな事があったんですか。大変でしたね」


「接客業をしてればクレームは避けられないけど、やっぱり嫌よね…」


ランチタイムは終わったし、俺がいるから桜さんは事務作業に入れる。1人で黙々とやって、その事を早く忘れて欲しいものだ。



 ……後藤君が休憩室から出てきた。彼はこれで上がるな。


「店長・先輩。お先に失礼します」


「お疲れ様~」


俺と桜さんは、店を出る後藤君を見送った。


「さてと、わたしはこれから裏方作業に入らないと…」


彼女がそう言って歩き始めようとした時、急によろめいた。クレームとたまってる疲れのせいか? なんて考えてる場合じゃない!


「…危ない!」


咄嗟の事だったので、肩を抱いて支えてしまった。


「すみません…」

当然すぐ離す俺。


「良いのよ。健一君、反応が早いわね。さすが若い子」


「若いって関係あります?」


「あるある。これからも頼りにしてるからね」


笑顔でそう言った桜さんが休憩室に向かうまでの間、俺は彼女を目で追い続けたのだった。

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