第26話 自由の国の女神(2)
通称ビーストと呼ばれる大統領専用車——キャデラックワンに乗り込む。
七人乗りで、前席二名が大統領の護衛、後席に光二とルイン、モリスとサンデイが体面する形で座る。
なお、園田と本郷は前後を固める別の護衛車両に分乗している。
「改めてようこそアメリカへ。でも、ディナーには期待しないでね。国民や移民希望者が餓死しかねない状況で贅沢な食事をしていたら、メディアの格好の批判ネタになるし」
モリスが冗談めかして呟く。
「俺もルインもあんまりメシにこだわりがないので構いません。貴国は平時でもハンバーガーでもてなす大統領もいらっしゃいましたしね」
光二は肩をすくめた。
「ハーイ! ドラゴンさん。こんにちは。……ねえ、よければ、本当によければでいいんだけれど、触っても良いかしら」
サンデイが目を輝かせて言う。
アブドラはグワと小さく鳴いて、サンデイの膝に飛び移った。
「すごいわ! モリス、すべすべしてるわ! シルクみたい!」
サンデイが無邪気な歓声を上げる。
「良かったわね。——よければ後でサンデイをドラゴンに乗せてあげてくれない? あ、これは、大統領としてじゃなく、モリス個人としての頼みだけれど」
モリスは一瞬優しい目をしてから、また大統領の顔に戻る。
「アブドラさえよければ、俺は喜んで。別にその程度で対価を求めたりはしませんよ」
光二はアブドラを一瞥する。
アブドラは小さく鳴いて、クルクルと光二たちの前で回転する。
「それはOKってことよね? ワオ! 今まで貰ったどんなお土産より嬉しいわ! あと、ルインさんの故郷にはユニコーンもいるのよね。ユーチューブで見たの! いつか乗ってみたいものね」
「これと同じような車両をくれるなら、代わりにユニコーンを進呈しても構わない。ただ――あなたに乗る資格はあるのか?」
ルインは意味ありげな笑みを浮かべてサンデイを見つめる。
「oh……。確かに私はもう子供じゃないけれど、でも、私は男性とはそういうことをしたことはないから、なんとかセーフにならないかしら?」
サンデイは真剣な表情で首を傾げた。
「厳しいだろうな。まあ、個人的には、ユニコーンよりバイコーンの方をお勧めする。ユニコーンは優秀な騎馬ではあるが、画一的で無個性でつまらん。その点、バイコーンは毛並みにも匂いにも個性があっておもしろいのだ。まあ、例えるなら、結婚したい男とセック●したい男は違うといったところだな」
「微妙に俺の脳が破壊されそうな発言はやめてくれよな?」
「ふっ、コージは
ルインが光二の耳に吐息を吹きかけてくる。
「ちょっと酒場じゃないんだから、下品な話はやめてよ。サンデイは未だに寝る前に『マイリトルポニー』を観るくらいに純心なんだから」
「モリスさんも一緒に観られるのですか?」
「私はC級ホラーとかの方が好きよ。子供の頃も、マイリトルポニーよりもスポンジボブとかの方が好きだったわ。パワーパフガールズよりタートルズ派だし。だから周りの女子たちには馴染めなくてね」
モリスは自嘲気味に呟く。
「まあ、もう性別で観るアニメを決めるような時代でもないでしょう。マイリトルポニーもアメリカの成人男性に大人気らしいじゃないですか」
「……さすが
モリスは言葉とは裏腹に頬を引きつらせて答えた。
そうしてアイスブレイク代わりの雑談をしていると、やがてホワイトハウス周辺までやってきた。
「「「「真実! 真実! 真実! 真実! 真実! 真実!」」」」」」
厳重な警備が敷かれる中、デモ隊の姦しいシュプレヒコールが耳朶に響く。
『不正選挙を許すな』
『ディープステートがエイリアンを呼び込んだ』
『大統領はロボットと入れ替わっている』
『イルミナリティの走狗、サバトに堕ちたモリスは滅びろ』
『地球の光の勇者と異世界の勇者が手を取り合い、世界はアセンションで救われる』
勇ましい声とは裏腹に、掲げられたプラカードにはあまり統一性はない。
「なんだあれは」
ルインがデモ隊にゾンビの腸を見るような目を向ける。
「アメリカの恥よ。視野狭窄で誇大妄想な差別主義者たち」
モリスが冷たく吐き捨てる。
「アメリカは大変ですね。日本にも陰謀論者はいますが、せいぜいSNSでエコーチェインバーして満足する大人しい性格でよかったです」
「それはよござんしたわね。そもそも、あいつらの巣窟の掲示板、元はあなたの国の匿名SNSを参考にしているって聞いたんだけど。責任取ってくれる?」
「日本には貴国と同じく言論の自由がありますからね。今はその匿名掲示板のサーバーも外国にありますし」
光二は口笛を吹いた。
「みんな不安なのよ。世界がこんなことになってしまって。コロナウイルスが流行った頃もひどかったけれど、今はその比じゃないわ」
サンデイが憐れむように言った。
「まあ、ある意味終末論が現実化したような状況ですからね」
勇者の光二が言えた義理ではないが、ここまでファンタジーの実存が証明されてしまった以上、陰謀論を否定しにくい状況が生まれてしまっている。
「はっ。陰謀論がなによ。黙示録が滅びを予言するなら、私が聖書の続きを書いてハッピーエンドにしてやるわ。どうせ二次創作なんだし、私が書いても構わないわよね」
モリスが不敵に笑う。
(さすがアメリカ大統領。主人公っぽいな)
成り行きで総理に祭り上げられた光二とはモノが違う。
「モリスならできるわ! 二人とも知ってる? モリスはね。大統領選の時だって、当初は泡沫候補だったのよ。みんな、絶対に大統領になんかなれないって嗤ってた。でも、今はほら、ご覧の通り、二期も務める立派な大統領になったんだもの」
「ありがとうサンデイ。私はいつでもベストを尽くすわ。——でも、今回ばかりはちょっぴり大変だから、頼れる同盟国と
モリスがこちらに窺うような視線を向けてくる。
「ふっ、安心しろ。私とコージはすでに一回世界を救っている。いわば救世の専門家だ」
ルインがそう言い切って胸を張る。
「へえ、本当なの?」
「はい。彼女は嘘を言ってません」
モリスの問いに、光二は即答して頷く。
本当に嘘は言っていない。
ただ、世界を救う前に一度壊したことを黙っているだけで。
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