第25話 自由の国の女神(1)
とある穏やかな秋の夜。
光二とルインは政府専用機に乗り、空の旅の途上にいた。
二機ある専用機の内、なんとか無事だった一機を整備したものである。
「中々乗り心地が良いではないか。鉄のドラゴンというやつも」
ルインは席に足を組んで座り、炭酸水をあおる。
「まあな。維持に金がかかるのもドラゴンと同じだ」
光二はその隣で法案の草稿に目を通しながら呟く。
「うおおおおお、楽しみっすね。ジブン、海外旅行なんて初めてっすよ。ハンバーガーとかステーキとか食いまくりたいっす!」
園田が興奮気味に言う。
外遊の護衛任務も遠足感覚なのか、飛行機に乗ってからずっとこの調子だ。
「物流がちゃんとしていればいいですけどね」
本郷が淡々と呟く。
「そういう曹長は何かやりたいことないんっすか? せっかくのアメリカっすよ?」
「自分はせっかくなので、電子機器漁って、余裕があればアメコミの専門店にも行きたいですね」
二人とも呑気なものである。
「おいおい、留守番している三島のおっさんにも何か考えてやれよ。まあ、何か適当に酒を見繕えばいいか」
「フルーリャにも何かないとすねるぞ」
三島とフルーリャは日本の防衛戦力として待機させているため、ここにはいない。
窓の外には月。
月光から隠れるように、巨影が雲間に出たり入ったりする。
鉄じゃないドラゴン――こと、アブドラが、敵を警戒・排除してくれているのだ。
もちろん、万が一、機体がやられても光二自身が生身で空を飛んで敵を殺すだけのことなので、道中の安全に不安はない。
およそ十二時間ちょい経って、昼。
仮眠を取っているとあっという間にアメリカの領空に入った。
いくつかの街は崩壊し、辛うじて無事な街並みもどこかくたびれている。
アメリカの象徴たる自由の女神像も、バチボコに破壊されてしまったらしい。
いくら覇権国家たるアメリカといえども、やはりエイリアンアタックの被害は甚大なのだ。
アブドラを機内に戻し、身だしなみを整える。
飛行機はやがてレーガン空港に降り立つ。
ゆるゆると空港内を走った機体が所定の位置で止まると、光二は窓ガラスに映る自身の笑顔の出来具合を確認し、スーツの襟を正してから席を立った。
「それでは見せてもらおうか。この世界の最強国の実力とやらを」
ルインが立ち上がり、肘を曲げて横に突き出す。
「おいおい、喧嘩腰はやめてくれよ。俺がどっちのご主人様に尻尾を振ればいいか分からなくなる」
光二はルインの腕に自身のそれを絡ませる。
小型化したアブドラがルインの肩にのり、異世界感を演出する。
そんな光二たちの脇を護衛という体の園田と本郷が固める。
こうして一行はタラップに降り立った。
刹那、無数のカメラの視線を感じる。
いくらアメリカで舐められ気味の黄色人種といえども、異世界人——しかもとびきりの美人のドラゴン付きエルフを連れているとあれば無視はできない。
しかも、おまけに光二は、襲撃後、初めて生身で乗り込んできた外国の首脳である。
そういった訳で、ゴシップ的な意味でも政治的な意味でも、今回の光二たちの外遊に対するアメリカの報道陣の注目度は高い。
「ようこそ。アメリカへ。歓迎します。光二首相、Ms.ルイン」
モリスが朗らかに言う。
彼女はユニセックスなパンツルックを着こなしている。
その傍らに立つパートナーのサンデイはさらにカジュアルなドレスだった。
どちらもあまりお高いブランドではなく、庶民でも手が届くレベルの衣装だ。
「お出迎え感謝いたします。モリス大統領、Ms.サンデイ」
光二はルインとそのファーストレディと順々に握手を交わす。
ルインも笑顔でそれに続いた。
「光二首相! 今回の外遊の目的は!?」
「日本と異世界が繋がったというのは本当でしょうか?」
タラップから地上に降りると報道陣から無数の質問が飛ぶ。
モリスはその危険性を承知した上で報道陣の制限を最低限にとどめた。
自由の国アメリカは健在だと世界にアピールするためである。
代わりに光二がアメリカにとっては未知のドラゴンを連れていくと言っても、彼女は拒否しなかった。
「自由の灯は消えません。正義は必ず勝ちます。私は連帯をしめすために来た」
光二は当たり障りない美辞麗句を並べる。
ここら辺、やることは国内と変わらない。
マスメディアが欲しい画はルインとドラゴンであり、光二はそのおまけだ。
「アメリカに何を求めますか?」
「魔法技術は実在するのですか! 地球に輸入可能でしょうか」
「ドラゴンが飛ぶところを見せてください! 他の魔法生物の輸出予定は――」
「アメリカと国交樹立を望まれますか? 国連加入申請は……」
「何かアメリカ国民に伝えたいことはありますか!?」
光二に対するそれよりも数倍の声量と熱量を伴った質問がルインに浴びせかけられる。
「こんにちはアメリカ。私は全ての人々にとっての良き未来のためにここに来ました」
ルインは微笑んで報道陣に手を振る。
それに合わせてアブドラも片羽を振った。
メディアの意識が全て隣に奪われていくのを光二は肌で感じる。
民の前で演説し、軍隊を鼓舞することも多いルインにとって、この程度のサービスは朝飯前である。
特に悔しいとも思わない。
むしろ、ルインを世界に自慢したい気分だった。
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