第27話 暗闘

 光二とモリスの会合――すなわち、日米の交渉はさしたる衝突もなく相応の妥協をみた。


 すなわち、アメリカからの食料援助と引き換えに、日本は移民を受け入れる。そして、その移民を、日本はそのままパルソミアに横流しするという計画である。


 すでに事務次官級で折衝は終えており、光二もモリスも直前で合意を覆すような安っぽい交渉術を繰り出すほど浅はかではなかった。


 二人の間にはとにかくこの緊迫した情勢ではくだらない政治闘争にかまけている場合ではないという暗黙の共通認識があったが――まあ、アメリカ側としてはルインとの折衝に時間をかけたいというのが本音だろう。


 そして、光二もまた、日本はおまけ程度に考えている人間なのでその思惑を否定することもなかった。


 ルインがモリスとの交渉に集中したために構ってもらえず寂しい光二だったが、それで拗ねるような器の小さい夫ではない。本郷と園田を駆り出しつつ、自分なりにできることをやる。


 数日後、ルインから交渉が終了したとの報告を受けた。


 二人は宿泊している、日系企業の運営する四つ星のホテルの会議室で落ち合う。

 夫婦なのでそもそも同室に泊まってそこで話せばいいじゃん――と思わなくもないが、一応、別の国のトップ同士なので建前上別部屋に宿泊しているのだ。


「とりあえず、農業機械と技術者を導入することは決定した。当然、パルソミアも早速移民第一陣を受け入れる。アメリカは記者会見までには第一便の準備を整えるそうだ。まあ、いわゆる目に見える外交成果というやつだな」


 ルインはカップのコーヒー片手に、長テーブルに腰かけて淡々と報告する。


「まあそっちは予定通りだな。――洗脳魔法は効いたか?」


 光二は普通に椅子に座り、時折暇を持て余した学生のように背もたれを後ろに傾ける。


「いや、さすがは世界帝国のトップだけはある。強靱な心の持ち主で全く精神操作を受け付けなかった」


 ルインが脚を組み替えながら言う。


「全く? もちろん、精神力の強い人間には洗脳魔法は効きにくいだろうが、魔力耐性を持たない人間なら全くってことはないだろう」


 光二は首を傾げるフリをして、軍服越しのハリのいい尻を眺める。


「それがな。会談場所――ホワイトハウスと言ったか。どうやら、あの場所には結界に類似するものが張られていて、魔法の効果が著しく減じられているようだ。無論、移動中の大統領専用車なども同様にな」


 ルインが眉根を寄せる。


「マジかよ。類似するってことは魔法の結界ではないんだな?」


「ああ、魔法ではなかったな。感覚的にはそれこそエイリアンを察知した時の質感に近い」


「おいおい、まさかアメリカ様は宇宙人の技術をすでに仕入れているって訳か。エイリアンが侵略してきてから開発した――のはいくらアメリカでも時間的に無理だよな。……ロズウェル事件――案外陰謀論が本当だったりするのか?」


 光二は俯いて考え込む。


 アメリカが何十年も昔から宇宙人と接触していたという与太話はオカルトや陰謀論の定番ではあるが……。


「そのロズウェル事件とやらは知らないが、案外、アメリカとやらの技術開発がエイリアンを呼び寄せた可能性もあるのではないか? 力には代償がつきものだ。我々も今、魔神の手を借りたつけを払わされている訳だしな」


「アメリカなら十分に在り得る話だなー。こんな物まで作ってくれちゃって」


 光二は椅子の下に手を突っ込み、小指サイズの蜘蛛を摘まみ出してテーブルの上に置いた。


 一見、何の変哲もない家蜘蛛だが、潰してみると金属片が周囲に飛び散る。


「気づいていたか。中々良くできた使い魔だ」


 ルインは長テーブルから腰を上げ、尻を手で払う。


 細かな服の繊維と共にコーヒーのカップに『何か』が浮かび上がった。


 やがてコーヒーの褐色に浸食され、その姿形が露わになる。


「コバエ型、しかも透明か」


 光二は目を細めた。


 少なくとも、ステルス機能付き虫型盗聴器はすでに完成しているらしい。


 もちろん、本郷が事前にホテルの盗聴チェックはしていたのだが、いくら専門家でもアメリカの最新の軍事技術に対応しろというのは酷だろう。


「地球の一般人がこれに気づくのは厳しいのではないか? 私たちは魔法で物に込められた悪意を感知できるからいいが」


「そらそうよ。日本も昔、この諜報能力の差でそらもうぐうの音も出ないほどケチョンケチョンのコテンパンにされたからな」


 光二は肩をすくめた。


 今は日本とアメリカは同盟国であるから盗聴はしない――などという性善説は通用しないのが外交の現実。


 光二とルインの魔法も卑怯だが、日本からすればアメリカの国力もチートなのでお互い様だ。結局、ありとあらゆる手段を使って国益を得ようとするのは国家として当然なので、あれこれ言いっこナシである。


「ふっ。まあ私たちがいる以上はそうそう思い通りにはさせんがな」


 ルインはカップごと闇魔法でコーヒーを葬り去る。


「そういうこと。――ってことで、ルインちゃんをバービー人形にできなかった以上は次善の策といきますか」


 光二はそう言って、窓の外の聳え立つ摩天楼を一瞥した。

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