第10話 諍いの女神

 わたしが意識を取り戻したのは、都市国家ポリスザンキの研究施設だった。

 サラマンダーを消滅させた閃光は、都市国家ザンキからも確認されたそうだ。非常事態と認識した都市国家ザンキの組織から派遣された同僚メンバーによって、わたしたちは救助された。

 ルーク少尉とフラナガン大尉は、別室に監禁されて尋問を受けている。

 巨大隕石の衝突と世界の混乱。わたしたちは、それを「大いなる災害グレート・カタストロフ」と呼ぶ。だけど宇宙圏では「大いなる浄化グレート・パーゲイション」と呼んでいるそうだ。

 人類が宇宙に生活圏を広げるための試練・・・だったらしい。

 呼び方なんて些細なことかも知れないけど、あんな大惨事を浄化パーゲイションと捉える連中と分かり合えるんだろうか?・・・とも思う。

 いや、今は地表で起こる不可解な誘拐事件の全貌が明かされることを願おう。



「もうね、動けないって最大のストレスだよね!」


 ベッドの上に寝かされて、4本の義肢にはケーブルが繋げれている。ケーブルはベッドの側に設置された機械に繋がっており義肢のメンテナンスの最中だ。

 サラマンダーとの戦闘で受けたダメージは割と大きく、かなり本格的な調整が必要になった。四肢と神経の接続を切られているので全く動かせない。


「あのさあ、胸がかゆいんだけど掻いてくれない?」


 椅子に座って机に向かっていた朝耶ともかが、わたしの声に応じて歩いてくる。今日は白衣姿で、科学者らしい格好だ。

 そして、わたしの身体を覆うシーツの上から、胸に爪をたててくれた。

 わたしの言うことは無条件できいてくれる。



「どこで、意識が戻ったの?」


 人間の肉体が、化獣に変化するのは尋常ではないストレスだ。変身中に意識を失ってしまい、変身直後は無意識状態で、いつ意識を取り戻すかもわからない。


「貴女の左手に、脚を掴まれたのは憶えてる」


「そっか」


 サラマンダーを消滅させたのは無意識な行動だったのか。化獣を凌駕する能力があっても人の意思では制御不能・・・無意識のときに、を動かしているのは、そもそもなんだろうか?

 化獣が条件反射で動いているだけなんじゃないのか?


「変身した後、何をするかわからないのに・・・恐くないの?」


「何の為に変態するかは、決めている」


 朝耶は「変身」とは言わず「変態」と呼ぶ。そのこだわりも謎。


「だから、意識はなくても身体はその通りに動く」


 何を言っているのか、よくわからない。変身前にをかけているから大丈夫・・・と言う意味だろうか?

 変身後に、朝耶の意識が戻らなかったら・・・わたしは恐い。



「失礼する」


 やや高めの声。ノックもせず、軍服姿の女が朝耶の研究室にスカズカと入ってきた。高い身長を更に背筋を伸ばして歩く姿は威圧的でさえある。その上、軍服の上からでもわかる胸の大きさ。

 CNコードネームルカ。わたしの上官だ。


「全く、郷崎こうざき博士の出迎えすらも満足にできないとはな」


 ベッド上で動けないわたしを、その高い身長から見下ろしている。


「宇宙圏の強化服歩兵パワードインファントリー降下作戦に遭遇したのは不可抗力と言えるが、サラマンダーとの交戦に参戦する必要があったか?」


 わざわざ「いいえ」と答えるしかない訊き方する。


「お姉様」


 わたしにとっては実の姉。この女の性格の悪さは知り尽くしてる。これをチャンスと、このままネチネチと嫌味を言い続けるつもりに違いない。


「見てわからない?全裸でベッドに横たわった女が、男性に胸を触らせてるの。進展に備えて、気を利かせて欲しいんだけど?」


「ふん」


 ルカ姉は、そこで口を噤んで踵を返す。


「お前のコードネームを決めた。エリスだ」


 エリス・・・ギリシア神話で黄金の林檎を投げ込んだ不破の女神?


「必要以上のいさかいを呼び込む・・・お前には、お似合いだ」



 そのまま研究室を出て行くかと思ったら、ルカ姉は入り口付近でもう一度振り返った。


「その貧弱な胸に欲情してくれる男がいるとは思わないがな」


「なんだとー!」


 起き上がろうとしたが、左右の義肢が動かない状態では腹筋だけで起き上がるのは無理だった。


「朝耶。鍵閉めてよ、研究室の。もう、あの女が入ってこれないように!」


 朝耶は立ち上がって研究室の入口へ向かった。



- 終わり -

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化獣戦記 -凶科学者 あるいは 神に最も近いリベルタン- 星羽昴 @subaru_binarystar

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