第9話 凶科学者

 サラマンダーの咆哮に、朝耶ともかは立ち止まって身体の向きを変えた。



 サラマンダーは四肢で身体を持ち上げるだけの力さえ出せないようだ。胸部に空いた孔から光の粒子を撒き散らしながら、苦しそうに首を振る。ライムグリーンだった外装甲が、今はダークグリーンへ変わっている。戦闘のために太陽光を吸収するのでなく、生命維持のために太陽光を必要としている状態だ。



 近づいてくるヘリの音に気付いたのか、サラマンダーは身を捩りってヘリが飛んでくる方向へ肩口を向けようとしている。ヘリにプラズマ火球を放つつもり?

 それに気付いたフラナガン大尉とユン少尉は、別方向からサラマンダーを牽制するが、サラマンダーはそちらを見向きもしない。

 おそらく本能的に、戦闘力の高い固体がわかるのだろう。



 サラマンダーの肩口から閃光が伸びて、ヘリは呆気なく蒸発してしまった。蒸発しきれなかった鉄の破片が空に散らばってゆっくりと地面に落ちてゆく。

 その様を目撃したユン少尉は、レーザー剣でサラマンダーに突進して、これもあっさりと踏み潰されてしまう。

 悲惨な状況ではあるが、パニックになるなんて訓練不足だ。本当に新兵を使い捨てているのかも知れない。

 ユン少尉の最後に、ルーク少尉はガクリと膝をついた。だが、すぐに正気に返って、わたしに言った。


「装甲車を持ってきます。必ず、助けます!」


 火傷でマトモ歩けない足で、ヨロヨロとしながら装甲車へ向かう。意外と芯は強いのか・・・はじめてルーク少尉を見直した。



 サラマンダーがフラナガン大尉の方へ頭部を向けた。フラナガン大尉はレーザー剣を構えるが、サラマンダーの視線は、その後ろに立つ朝耶に向いていた。


「駄目、朝耶!」


 朝耶の姿が歪んで見えた・・・そして暗い闇に飲まれていく。

 朝耶の周りの光が吸収されている。そして、数秒・・・。

 闇が晴れた中から現れたのは、半透明な水晶質の装甲を纏った



 化獣の組織で、人体と同じように動かせる義肢を造れる。それなら化獣と人体を融合させることも可能ではないのか?

 そう考える狂った科学者マッド・サイエンティストがいた。決して簡単なことではない。単に、繊維状の水晶体を移植するだけで駄目で、人間の方の遺伝子情報を書き換える必要もあったらしい。

 そして、狂った科学者マッド・サイエンティストは自身の身体を使ってそれを実証する。

 化獣と同じ水晶質の外装甲を纏い、プラズマを制御できる人型のモノが造り出された。



「何なんだー!お前はー!」


 フラナガン大尉が絶叫しながら、にレーザー剣を向けた。しかし、はフラナガン大尉を完全に無視して、サラマンダーに視点を向けた。

 サラマンダーの肩が発光し始める。気付いたフラナガン大尉は、強化服パワードスーツのバーニアを点火する。衰弱しているサラマンダーは、プラズマ火球の射出も普段以上の時間がかかった。そのおかげかフラナガン大尉はプラズマ火球の影響外へ逃げ切れた。

 は、その場に立ち尽くしたままサラマンダーのプラズマ火球を浴びた。2千度を超えるプラズマ火球は、周囲を焼き尽くしたが、は全くダメージを受けていなかった。

 はゆっくりと右手を左肩へ伸ばし、張り出した肩部装甲を引き剥がした。右手はみるみる左肩にあった外装甲と一体化した。

 その右手が、ゆっくりとサラマンダーへ向けられる。

 右手と融合した肩装甲、その先端部のくぼみに発光する粒子が集まり・・・次の瞬間、そのくぼみからの閃光が、サラマンダーに向かって伸びる。

 閃光に触れたサラマンダーの身体が発光しながら消滅してゆく。閃光は、サラマンダーを消滅させてもなお空に向かって伸びて、大気を発光させて消えてゆく。



「うわぁぁぁぁぁ!」


 フラナガン大尉が絶叫しながら、に向かって銃を撃った。護身用の小口径の銃だ。化獣どころか人間に対しても殺傷力は低いだろう。

 自身に向けられた敵意に反応して、はゆっくりとフラナガン大尉へ向かって歩き出す。


「駄目!」


 ルーク少尉が運転してきた装甲車へ運ばれてから、わたしはに向かって装甲車を走らせて貰った。に手が届くところへきた!


「絶対、駄目!」


 装甲車から転げ落ちながら、わたしはの足下へしがみついた。動かせるのは左手だけ。左手がの脚を掴む。ひとみが、わたしに向いた。これは朝耶のひとみ

 朝耶に人を殺させたくない!絶対に・・・!

 そこで、わたしの意識は途切れた。

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