第4話 通夜の線香が消える時

「何やってんのよ、あんたたち!」


 馬鹿デカイ母の声で、私は目を開いた。

 次の瞬間、体が動くことに気づいた私は布団から這い出る。


「な、なんなの!? なんだったの」

「はぁ? 愛菜、何寝ぼけてるのよ。それよりも、なんで寝ずの番二人とも寝てるのよ!」


 母はいつになくカンカンで、大きな声を上げていた。

 自分は酒飲んで寝ていたくせにと言いかけて、ふと横を見ると、私の横で姉が寝息を立てていた。


「なに、姉さんも寝っちゃってたの?」

「ん、あ? あれ、母さん」

「あれ、母さんじゃないでしょ。馬鹿な子たちね。線香、ほぼ消えかけちゃってるじゃないの。まったく危ないわね」

「ああ、ごめん」


 まさか二人とも寝ちゃってるなんて思わなかったし。

 しかもさっきのは夢だったのかな。


「そんなに怒るならさぁ、母さんたちが寝ずの番やってくれればいいじゃん」

「こういうのは若い子たちの役目だって昔から決まってるのよ」

「何それ」

「間違って線香が消えたら困るでしょ。だから寝ちゃいそうな年寄りはやんないのよ」

「線香線香ってさぁ、これが消えたって別に本当にあのあっちに行けないワケじゃないんでしょ?」


 伸びをしながら、姉はどこまでも不機嫌そうだった。

 まあね、さっきまでちゃんとやってたわけだし。

 少し寝ちゃったくらいで、そんなに怒らなくてもいいのに。


「そうかもしれないけどね。線香が消えるのは危ないのよ」

「なんで? あー、火事とか?」

「そうじゃなくって、通夜で線香が消えると連れて行かれるって、昔から言われてるのよ」


 新しい線香をつけながら、母は大きなため息をついた。

 お通夜の線香は、何も死者をあの世に行くための道しるべだとばかり思っていた。


 だから絶対に絶やしちゃいけないって。

 でもそれだけの理由じゃないのなら、さっきの手は……。


「死者には悪霊がつきやすいとか、お通夜は他のもんが集まって来るから危ないとか、昔はよく言ったものだけどね」

「そういうのは先に言っておいてよ!」


 母の話はこの地方だけかもしれないし、迷信かもしれない。

 だけど確かにあの手は、私をどこかに連れて行こうとしていた。


 そう考えると、背筋がゾワっとする。

 もし音がなければ、私は今頃……。


「ちょっと、棺桶の顔のとこ、開けたのならちゃんと閉めてあげなさいよね。おじいちゃんまぶしいでしょ」

「は? 何それ」

「何それって、ほら、開いてるじゃない」


 寝る前に見た棺桶は、確かに顔のとこなど閉まっていた。

 だって開けていいかどうかも分からないのに、開けるわけないじゃない。


 しかし母が覗き込む棺桶に近づくと、確かに棺桶の顔の蓋部分は開いていた。


「さっきの音って……」

「音?」


 助けを求めた時に聞こえてきた音は、入り口とは反対側、つまり棺桶のあった方から聞こえた気がする。

 もしかしたらあの手を払いのけてくれたのは、母ではなく祖父なのかもしれない。


 遊んだ記憶も、何かをしてもらった記憶も、ほとんどない。

 だけどもう覚えていないはずの祖父の優しく私を呼ぶ声が、どこか耳に残っている気がした。


 揺れる線香の煙。

 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙。

 

 良く晴れた冬の日、私は祖父にお別れをした。



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この度は本作品をお読みいただきまして、ありがとうございました。


★や感想、ブクマなどいただけますと作者は感激のあまりツイッターにて飯テロを行うようです(〃艸〃)


ぜひぜひ、作者のダイエットを皆様で阻んでいただけると幸いです。


またカクコン短編部門にまだ数本出させていただきます。

ぜひそちらもお立ち寄りいただけたら嬉しいです♡

しばらく実話シリーズ続きますので、よろしくお願いいたします。


 

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【ほん怖】お通夜の線香が消える時 美杉。節約令嬢、書籍化進行中 @yy_misugi

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