第3話 天井から伸びる腕

「いいから、寝な。考えても仕方ないし。もしかしたら母さんたち起きてくるかもしれないでしょう」

「あー、それが一番ないわ」

「まぁね」

「ほら、とにかく寝ちゃいな。二時間後に起こすからね」

「えー、もう。はいはい」


 半ば姉に押し切られるように、私は部屋の端に布団を敷き眠りについた。

 寝れるわけないと思っていたにも関わらず、朝からの疲れが布団に染みわたるように広がり、温かくなる背中から意識がなくなった。


 夢を見た。

 暗い部屋を一人歩く夢。

 どこまでも暗く、寒い部屋は祖父の家だった。

 

 明かりと温かさを求め、裸足の私はきょろきょろと歩いていた。

 しかし廊下はどこまでも長く、部屋が見つからない。


『なんで?』


 困り果てて悲しくなった私は、足元を見た。

 小さな足。

 そう、子どもの足だった。


『ん?』


 よく見れば手も小さく、私は子どもになってしまったようだ。

 手を開けては閉じ、動くことを確認した。

 何がどうなっているのか。


 誰かを呼ぼうと思ったその時、廊下の先に階段が見えた。


『階段……』


 よく見た階段だった。

 ああ、この上にいる。

 私は軽快な足取りで、階段を駆け上がる。


 だけど自分の足音を聞いた瞬間、ふとあることに気づき立ち止まった。


『……同じ、音だ』


 その足音は確かに姉と上から聞いた音だった。

 あの時聞いた足音は、私?

 

 そんなことあるわけもないのに、なぜかあまりの一致に気味が悪くなった。

 怖くて、ただ怖くて。

 私は必死に目を開けた。


『やだ、なに』


 私は目を開けた。

 そう、起きている。

 なのに声も出なければ、体が固まったように全く動きもしない。


『ねぇ!』


 どこかにいるであろう姉に助けを求めたくとも、顔はまっすぐ天井を向き、動かない。

 ふと天井にある照明の紐が、風もないのに揺れた。


『な、なに?』


 生ぬるい、何とも言えない風が天井から吹いていた。

 声も出せず、動きも取れず、ただ一点を見つめるしかない私。


 するとゆっくりと青白い手が、天井から生えるように伸びてきた。

 それは一本ではなく、何本も何本も。

 無数の手が、まるで動けない私を獲物だと言わんばかりに、我先にと伸びてくる。


『や、やだ! 姉さん、姉さん、やだやだやだやだやだ。誰か!』


 手は私の顔を撫で、体に触れ、絡めとるように伸びてくる。

 そして私を持ち上げようとしていることに気づき、涙が溢れてきた。


 あの手の先にある空間は何?

 どこに連れて行こうっていうの。

 嫌だよ、誰か!

 誰か助けて!


 やっとの思いで目をつむった瞬間、どこかからガタンという大きな音が聞こえてきた。

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