5-9【その心、その志、その雄姿】

「今だっ!!」


 地面に這いつくばる猛禽。

 アデーレは腕にまとった竜腕の炎を払い、フラムディウスを両手で下段に構えて駆け出す。


 こうなれば、後は一瞬のことだった。

 猛禽の首元に迫ったアデーレは、そのまま剣を大きく振り上げる。

 切り裂かれた首の断面は燃え上がり、跳ね上げられた首は、そのまま空中で灰となる。

 倒されたことで魔法の保護が失われたのか、猛禽の胴体が炎に包まれていく。


 竜神の炎が、周囲を明るく照らす。


「よし、後は魔女を……ッ!!」


 剣を構え直し、屋敷の方角へ向き直るアデーレ。

 直後、彼女の目の前に顔面を砕かれたドラゴンが轟音を立てて襲い来る。


 対応が遅れたアデーレ。

 ドラゴンの突撃を防ごうと、フラムディウスで防御の姿勢を取る。

 その瞬間、ドラゴンの身体がフラムディウスに衝突。


 腕と足に全ての力を込めるアデーレ。

 衝突のエネルギーはすさまじく、彼女の体は数メートル後方へ押し込まれる。

 アデーレの足によって芝生がえぐれ、十センチほど足が地面に埋まってしまうほどだ。


「うぅっ!!」


 全身でドラゴンの衝突を受け止め、アデーレの口からうめき声が漏れる。

 しかしすぐに体制を立て直し、フラムディウスでドラゴンの頭を払う。


 その刃を避けるように、ドラゴンは後ろに跳躍。

 そして、ドラゴンが地面に着地した瞬間……。


「甘いよ、小娘ェ!!」


 その背後から、杖を大きく振りかぶったイェキュブが、とてつもない速度でアデーレとの間合いを詰めてくる。

 今度は防御の体制も間に合わない。

 手の力が緩んだその一瞬をイェキュブは見逃さず、骨の杖でフラムディウスを弾く。


 衝撃にアデーレの手は耐えられなかった。

 フラムディウスはそのまま空高く跳ね飛ばされ、アデーレの後方十数メートルほどのところに突き刺さる。


 飛び退いてフラムディウスを取り戻す隙はない。

 アデーレは、ここに来て完全に無手むての状態になってしまった。


「はっはぁ! これで、アンタの切り札はなくなったよ!」


 アデーレの目の前に着地したイェキュブが、更なる一撃を加えようと骨の杖の先端で彼女のみぞおちを突く。

 だが、今度は空いた右手でその杖を握り、胴体に届く前に攻撃を止める。


 舌打ちを漏らしたイェキュブが、杖からアデーレの手を振り払い飛び退く。

 そのままドラゴンの背に立ち、アデーレを見下ろす。


「まぁいいさ。さてさて、どう料理してやろうかねぇ?」


 アデーレの能力の源はフラムディウスであり、それを失えば特殊能力は使えない。

 イェキュブはそう考えているのだろう。


 高い場所からアデーレを見下し、その口調は既に勝ちを確信しているかのようだ。

 だが、勝利を目前に隙を見せる様子はない。

 後方に構える魔道具たちは今もなお怪しく輝く。

 フラムディウスを取り戻そうとしたその瞬間を狙い、魔法による致命の一撃を放つだろう。


 ――それでも、アデーレは冷静だった。


 いや、フラムディウスを手放したその瞬間から、まるで別のスイッチが入ったかのように思考がクリアになっていく。


 左手を腹部の前に。右手を胸の前に。

 両の手を強く握ると、そのあまりにも強い力で、手袋のこすれ合う音が大きく響く。


「……ああん?」


 アデーレの動きに、イェキュブは警戒心をあらわにする。


 確かに、フラムディウスとはヴェスティリアの力の象徴である。

 これまでの戦いからも、彼女の機動力や攻撃力は、剣が持つ特殊な能力によってもたらされてきた。

 変身者自身の身体能力も大幅に向上しているが、空中での姿勢制御などは全て剣を使ってこそだ。


 ……しかし。しかしだ。

 主力を失ったからと言って、今の彼女が戦意を挫かれることなど有り得るのか。


 アデーレの目に戦意は失われず。

 いや、まるでヴェスタの炎をその瞳に宿したかのように、強い覇気を放っている。

 明らかにアデーレの気配が変わる。


「な……何だい、一体?」


 徒手空拳。

 全ての人々へ平等に与えられた、抗う手段。


 熱を帯びる威圧感が、アデーレを包み込む。

 勝ち誇っていたイェキュブが、人間など羽虫にも劣るだろうドラゴンが、わずかに後ずさる。

 そんな怪物たちに、アデーレはじりじりと間合いを詰めていく。



 ――佐伯 良太は憧れていた。


 フィクションの中で、強き心を抱いて戦うヒーロー達。


 悲壮を仮面で隠す戦士も、人を愛した光の巨人も、絆を胸に巨悪を打つ戦隊も。


 気高き使命を背負う騎士も、少年少女の夢を力にした超人も、古の者と心を通わせた剣士も。


 その心に、その志に、その雄姿に、良太は人並みの夢をもらった。

 挫折を知らぬ鋼の心ではなく、何度でも立ち上がることのできる不屈の心こそが必要なのだと教えてもらった。


 そして、夢を抱くほどに憧れてしまったのだ。

 画面の向こうで戦う、彼らの【技】に。



(【俺】の憧れた、あの人たちは……)


 アデーレの全身に、今までとは違う力がみなぎる。

 頭の中には、これまで見てきたヒーローの雄姿。


 彼らは、皆。


 例え力の象徴たる武器がなくとも。


(例えこの身一つであろうとも)


 彼女の瞳が、炎を帯びたかのように赤く輝き、揺らめく。


(戦うことを、諦めなかったッ!!)


 だからこそ、ヴェスティリアは夢の体現となったのだ。

 この力は、自分の理想通りの動きを、自分の体に行わせてくれるのだから。


 ――その刹那、アデーレの姿はドラゴンの目前へと現れていた。


「素手でだとッ!? トチ狂ったか!!」


 無手で迫って来るとは思っていなかったのだろう。驚愕の声を上げるイェキュブ。

 だが、アデーレの進撃は止まらない。


 左手を突き出し、右手を突き出し。

 拳を、脚を、膝を、肘を。

 人体のあらゆる点による打撃を、ドラゴンの頭に与えていく。

 その速度は音を置き去りにし、その威力は鋼よりも硬い鱗を粉砕する。


 あの時見た正拳突きを。

 刃よりも鋭い手刀を。

 こんな動きが出来るのかと感動した回し蹴りを。

 ヒーローを生み出す製作者たちが、あらゆる試行錯誤によって実現させてきたその技を。

 佐伯 良太は……アデーレ・サウダーテは、ヴェスティリアという超常の力を用い、現実へと昇華させていく。


 それこそが、この世界で得た夢の体現。

 一度は諦めた憧れへの、再挑戦なのだ。


「はああぁぁぁぁぁーっ!!!」


 猛る竜の如く、アデーレが叫ぶ。


 表皮のほとんどを失いつつあるドラゴンの頭部。

 そこに、一際強烈なアデーレの正拳突きが迫る。

 右手で燃え盛る炎は、その身に宿るヴェスティリアの力。

 空気を焦がし、切り裂き、限界まで速度を上げたアデーレの拳は、赤き閃光となる。


 もはやそれは、フラムディウスにも劣らぬ一撃だ。


 ドラゴンの頭に、閃光となった一撃が突き刺さる。

 拳は頭蓋を砕き、ドラゴンの全身に対し、強烈な振動を与える。

 その拳をアデーレがほどくと、宿る炎がドラゴンの身体へ一気に広がる。


 ドラゴンの巨体は一瞬で業火に包まれ、破片一つ残さず爆発四散した。


「ば、バカなッ!?」


 イェキュブは寸前のところで飛行し、爆発に飲まれるのを回避。

 万策尽きたか、この場から逃げようと猛スピードで高度を上げていく。


 しかし、そんな魔女を逃がすまいと紅蓮の刃が迫る。


「ゴホォッ!!」


 炎で輝く刃が、イェキュブの腹部を貫く。


 紅蓮の剣、フラムディウス……アンロックンは、自らの意思で力を扱っている。

 ヴェスティリアの力はフラムディウスあってこそ。

 言い換えれば、アンロックンとの協力によって実現していることに他ならない。


 自ら相棒の元へはせ参じることなど、造作もないのだ。


「決めるんだ、ヴェスティリアッ!!!」

「任せて!!」


 叫ぶアンロックン。火花を散らしながら跳躍するアデーレ。

 空中に打ち付けられたかのように動きを止めるイェキュブを飛び越え、天高く舞い上がる。


 曇天の隙間から、太陽が覗く。

 アデーレは地上を照らす強き光を背景に、良太が最も憧れたあの技の構えを取る。

 左脚を曲げ、右脚を突き出す蹴り。

 あらゆる悪を退けてきた、伝統の必殺技。


 戦いを締めくくるのは、この技がいい。


「行けえぇぇーッ!!!」


 フラムディウスが輝き、アンロックンが叫ぶ。

 その声に呼応し、アデーレの背後で宿る力が凝縮し、業火の竜翼となって羽ばたく。

 その熱風が推進力となり、右脚を突き出したアデーレが流星の如き勢いでイェキュブへと迫る。


「あ、ああぁ……」


 その姿は、再び現世へと顕現した竜の守護神だ。


 力なき少女を絶望させようと、あらゆる悪意をばら撒いた異形。

 あらゆる想定外に巻き込まれ、全ての策を挫かれた魔女。


 襲い来る赤い閃光を前にし、それは絶望の表情を浮かべていた。


「ああああぁぁぁっ!!!!」


 アデーレの右脚がフラムディウスの柄頭を捕らえ、跳び蹴りの力の全てを伝える。

 その貫通力を受け止められるものは存在しない。

 アデーレはフラムディウスと共にイェキュブを貫き、芝生の地面に刃を深く打ち込む。


 消し飛ばされる、魔女の半身。

 意味を成さないその断末魔は、爆発音によってかき消された。


 上空で炸裂する火の玉を背に、アデーレはフラムディウスを地面から引き抜き、肩に担ぐ。

 振り返る必要はない。

 必殺技というのは、そういうものなのだから。


 かつて魔女だったものの灰が風に流され、消えていく。

 それを見送ることもなく、アデーレは屋敷の方に向けて、ゆっくりと歩きだすのだった。

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