5-8【紅蓮のメイドが舞うとき(後編)】

「やらせはせんぞ、魔獣共ォ!!!」


 男の怒号。

 それと同時に、振りかぶったカマキリ魔獣の鎌が、根元から切り落とされた。


「えっ?」


 芝生の上に突き刺さる鎌。

 アデーレの両親は無事だ。


「ヴェスティリア殿ッ、助太刀に参ったぞ!!」


 剣や銃を手にし、迫る魔獣に対し果敢に立ち向かう人々。

 その中心に立つ男が一人、両親に向かってきた魔獣をサーベルで攻撃し、撃退してみせた。


 勇ましくサーベルを天に突き立てるのは、先ほど逃げ遅れた人々の避難を頼んだ指揮官だった。

 彼が、アデーレの両親の命を救ってみせたのだ。


「こちらの避難は完了したので、今度は屋敷に残された人々を助けに参った!」

「前庭の人々は我々にお任せをっ。絶対に守ってみせますよぉ!!」


 指揮官と共に現れた衛兵たちが、武器を掲げながらアデーレに助太刀をアピールしている。


(ああ、もう……かっこいいなぁ)


 こんなにも、心を熱くする光景があるだろうか。

 握りしめた左手を胸に寄せ、両親を助けてくれた指揮官に対し、心の中で礼を呟く。


 だが、感動している暇はない。

 周辺にはまだ魔獣も多く、そして全ての元凶である魔女も倒していない。


「こちらはお任せします。私は……」

「魔女を討伐する、そうでしょう!?」

「はいっ!」


 歓声を上げる衛兵たち。

 その声を背に、アデーレは再び魔獣を倒しながら中庭の方へ戻る。


 その先で待つ、宿敵の元へ。




 中庭に戻ったアデーレが最初に確認したのは、結界に守られるエスティラとメリナの姿だった。

 結界が健在なことを確認すると、アデーレはすぐさま二人の元へ駆け寄る。


「ヴェスティリア! みんなは……」


 戻ってきた姿を確認したエスティラが、不安げな眼差しをアデーレに向ける。

 そんな彼女に、アデーレは微笑みを返す。


「衛兵のみんなが助太刀に入ってくれたから、今は大丈夫」

「彼らが……あぁ」


 新たな協力者の出現に安心したのか、深いため息をつくエスティラ。

 だが、彼らの助太刀があったとしても、まだこの戦いは終わらない。


 頭上へ視線を移す。

 屋敷の屋根。そこには相変わらずイェキュブの姿があった。

 その様子を見るに、再び魔獣を召喚するような動きを見せている。

 諸悪の根源を倒さなければ、いずれ衛兵達にも限界が訪れるだろう。


「……させるかっ!!」


 両足に力を込め、一気に飛び上がる。

 アデーレの姿は一瞬で屋根の上に移動し、召喚の動きを見せるイェキュブに斬りかかった。

 その一撃を、イェキュブは骨の杖で受け流す。


 ここに来て初めて、フラムディウスの一閃をしのぎ切る者が現れた。


「ふんっ。異界の者の小間使いが、随分と粋がってくれるじゃないかい」


 杖の先端をアデーレに向けるイェキュブ。

 その身体が、まるで怒りを露にするかのように激しく脈動する。

 対するアデーレも、イェキュブと間合いを取り剣を中段に構える。


「お前の計画は潰えた。思い通りにはならないよ」

「ああー……確かにそうだねぇ。私の計画はめちゃくちゃだよ」


 より一層脈動する、イェキュブの身体。


「だが、私がアンタを殺して、お嬢ちゃん以外の人間を始末してしまえばいいのさぁ」


 瞬間、イェキュブの背中から肉を引き裂くような音が響き、四本の腕が現れた。

 それぞれの手には短い杖、呪符、魔術書、ドクロのランタンが握られている。

 それが呪術の道具であることは明白であり、文字通りイェキュブの切り札だろう。


 フラムディウスを握るアデーレの手に、力が入る。


「お前がどんな手を使おうと、全て挫いてみせる!」

「ああいいさ! そうやって粋がってな!!」


 踏み出すアデーレ。その場から浮き上がるイェキュブ。

 イェキュブの持つ道具全てが怪しく揺らめく紫色の光を放ち、その背後に魔法陣が二つ出現する。


 新たな召喚。

 魔法陣から魔獣の手が、脚が、頭が現れ、屋敷の一部を破壊しながらその全貌を現す。

 現れた魔獣は二体。片方は朽ちた体を持つ黒色のドラゴン。片方は二対の翼を持つ猛禽だ。

 どちらも人間より巨大で、まともな力では太刀打ちできないだろう。


 二体の魔獣はイェキュブの指示を待つことなく、直接アデーレに襲い掛かる。


「そいつらはさっきまでの奴らとは格が違うよ! さぁ、どうするかねぇ!?」


 同時にアデーレを襲う二匹の魔獣。

 片方は牙で、片方は爪で、アデーレの身体を引き裂こうと迫りくる。

 それに対し、アデーレは剣から炎を噴出させ、急上昇することで二体の魔獣から間合いを取る。


 刃に左手をかざす。

 炎は再びアデーレの左腕全体に移り、激しく燃え上がる。


「まだまだ……ッ!」


 だが、先ほどのように炎は一定の勢いで留まらない。

 アデーレの左腕から火柱が上がり、それは徐々に形を変貌させる。

 燃える炎が、巨腕の形を形成し始めた。

 それはまさに、火竜ヴェスタの剛腕を模した炎の爪であった。


「忌々しい。本当に、忌々しい!!」


 叫ぶイェキュブ。

 手にする道具が怪しく輝き、今度は無数の氷の刃がアデーレめがけて発射される。

 それに合わせて襲い来る魔獣達。


 アデーレは落下しながら、それらを真正面に見据えて剣と竜腕を構える。


「今更!」

「氷程度ッ!!」


 火の勢いを増した竜腕を前にかざす。

 接触した氷刃はことごとく蒸発し、アデーレの体には届かない。

 しかし巨大な氷刃は無尽蔵に出現し、絶え間なく飛来する。

 これを食らえばアデーレの身体はひとたまりもないし、これだけの氷から生まれる水を浴びれば、腕の炎を抑え込まれる。


 合わせて襲い掛かるは猛禽の魔獣。

 アデーレは右手のフラムディウスで、猛禽の鋭い爪やくちばしを防いでいく。

 すると今度は、背後からドラゴンが大口を開けてアデーレに迫り来る。


「危ない!!」


 下から見守るエスティラの、悲鳴のような叫びがアデーレの耳に届く。

 それでもアデーレは、至って冷静である。


 背後のドラゴンを一瞥いちべつすると、アデーレはフラムディウスを大きく薙いで猛禽の身体を引き離す。

 氷の刃を左腕で防ぎつつ、フラムディウスの推進力を利用しながら背後のドラゴンの方を向く。


 ドラゴンの大口は、アデーレの身体を飲み込まんとするところまで来ている。

 対するアデーレは、フラムディウスのしのぎに右のつま先を当て、切っ先に向かって滑らせる。

 その動きはまるで、自らの脚をマッチに見立て、点火するようだ。

 フラムディウスの炎は脚に移り、今度は右脚の膝から下で燃え盛る。


「行けるッ!!」


 炎を巡らせた右脚を、自分の頭よりも高く上げるアデーレ。

 既にドラゴンの口にアデーレの左脚が入っており、このまま顎を閉じられれば左脚を食いちぎられるだろう。

 だが、当然そんなことにはならない。


 大きく上げた右脚を、全力で振り下ろす。

 強烈なかかと落としがドラゴンの鼻先を突き、上あごの骨を完全に粉砕する。


 顎を閉じる力を失ったドラゴンは、そのまま真下へ落下する。

 その勢いのままに、アデーレは左腕を大きく薙ぐ。


「やってくれるじゃないかぁ!」

「そりゃどうもっ!!」


 迫る炎の竜腕を前にして、イェキュブは魔法の攻撃を中断して後方へ退避。

 竜腕はそのまま、フラムディウスによって姿勢を崩した猛禽に迫る。


 竜腕の手が広がり、猛禽の身体を鷲掴みにする。

 猛禽は迫る炎の熱さに悶えるが、その羽毛に引火する様子はない。

 何かしらの魔法的な保護を受けているのだろう。


 猛禽の抵抗は激しい。

 アデーレはより一層力を込めるが、長く拘束することは出来そうにない。

 下方では、倒れたドラゴンが再び立ち上がり、飛び上がろうとしている。


「それなら、向こうに行こう!」


 アンロックンの声に合わせ、フラムディウスの切っ先がある場所を指す。

 それは中庭の奥。屋敷周辺を取り巻く芝生が広がっている。

 前庭と同じくらいの広さが確保されており、巨体を持つ魔獣と戦うには十分だろう。


 フラムディウスから炎が噴出する。

 アデーレは猛禽の魔獣を捕らえたまま芝生へと降下し、そいつを地面に押し付けながら着地する。


 大量の土や芝生が飛び散る。

 声にならぬ悲鳴を上げる、猛禽の魔獣。

 骨の折れるような音が、翼の一つから響いた。

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