5-7【紅蓮のメイドが舞うとき(前編)】
フラムディウスを中段に構え、刃を左に傾ける。
手前の刃に、空いていた左手を添える。
「……行くよ、ロックン」
その言葉に応えるように、刃で燃え盛る炎がアデーレの左手に燃え移り、左腕全体を炎で包む。
アデーレの身体には熱さもなければ、火傷もない。
これは邪悪を焼き尽くす神竜の聖火。
ヴェスティリアだけではなく、守るべきもの全てを決して傷つけることはない。
右手に持ったフラムディウスを肩に担ぎ、燃え盛る左腕を魔獣たちの前へ。
左脚を前方に出し、後ろの右脚にありったけの力を込める。
火花を散らす右脚。踏みしめる芝生は無事だ。
「ああ。行こう!」
景気の良いアンロックンの声が、アデーレを勇気づける。
アデーレは確信しているのだ。今この瞬間、二つの心を通わせていると。
エスティラの声援。アンロックン……ヴェスタとの共感。
もはやアデーレに、前進するのをためらう気持ちなど一片も存在しない。
込めた力の全てを解放するように、右脚を踏み出す。
その瞬間、アデーレの身体は常人の目では追いつけないほどのスピードで、魔獣の群れの前へと急接近した。
それは魔獣も同じであり、見事な縮地を決めたアデーレに、何人も反応することが出来なかった。
アデーレの突撃は止まらない。
すぐさま左腕を突き出し、目の前にいた
人には燃え移らぬ炎も、魔獣相手ならば容赦なく引火する。
掴まれた魔獣の身体は一瞬で燃え盛り、言葉にならぬ絶叫を上げる。
「はあああぁぁ……ッ!!」
右手にフラムディウス、左手に燃える魔獣を構えたアデーレ。
それらを大きく振り回しながら前進し、魔獣の群れへと突っ込む。
多数の魔獣に炎が引火し、襲い来るフラムディウスの刃によって切り裂かれる。
これこそ炎が持つ真の恐怖。
文字通り、数など何の問題でもなかった。
アデーレが跳躍し、左手の魔獣を群れの奥へと投げつけた。
その燃え盛る炎に魔獣たちは恐怖し、慌てて火の玉を避けるように散る。
投げ捨てられた魔獣の身体は地面に叩きつけられ、粉砕される。
その時、着地しようとするアデーレを、今がチャンスと思ったのか片腕の巨人が襲い来る。
変身中のアデーレに攻撃した、ムカデの腕を持つ魔獣だ。
着地前の人間というのは、当然ながら無防備と言える。
しかし、魔獣が相手しているのは炎の祝福を受けた戦士だ。
「そんなんじゃだめだね!」
自信に満ちたアンロックンの声。
それと同時に、フラムディウスからジェット噴射のように炎が吹き上がり、アデーレの身体を一気に前進させる。
驚愕する魔獣。
アデーレは一切表情を変えることなく、その推進力を乗せた回転斬りによって、魔獣の胴体を一刀両断。
更に噴出する炎の余波が周囲の牛頭に引火。多くの魔獣を討伐する。
「上だ!!」
見上げるアデーレ。
今度は巨大サイクロプスの足が、アデーレを踏みつぶそうと迫る。
直撃までほとんど時間はない。
それでもアデーレは、慌てることなくフラムディウスを……地面に突き立てる。
両手で柄を持ち、身体を一気に跳ね上げる。
それはまさに、剣を持ったままの逆立ち状態だ。
「ロックン、やって!」
「任せろッ!!」
二人の声が重なり、強力な炎がフラムディウスから噴出される。
猛炎は地面を伝播するように広がり、剣を伝った炎はアデーレの全身に燃え移る。
更に勢いを増す炎。その推進力は、地面では抑えきれないほどのものに達する。
燃え盛るアデーレがロケットのように飛び上がり、突き出した彼女の脚がサイクロプスの足裏に衝突する。
その勢いはすさまじく、質量において圧倒的に有利なサイクロプスの足を完全に押し返してしまった。
よろめくサイクロプス。
逆さに上昇するアデーレは、そのままの姿勢で切っ先をサイクロプスに突き刺す。
サイクロプスに沿って上昇する刃は、勢いを落とすことなくその巨体を切り裂く。
最後はその頭よりも高く上がったアデーレの斬撃により、サイクロプスは一刀両断されてしまった。
刃から一瞬だけ炎が噴出する。
その勢いによってアデーレの身体は回転し、再び頭を上に向ける。
地上を見下ろすと、魔獣たちの混乱具合が見て取れた。
一切の抵抗を許すことなく。数的有利を一切許すことなく。
たった一人の戦士によって、屈強な魔獣たちは赤子の手をひねるよりも簡単に倒されていくのだ。
「チッ、好き勝手してくれる!」
魔獣の召喚者であるイェキュブが、再び杖を大きく振るう。
すると、屋敷の上空に巨大な魔法陣が現れ、まるで龍を思わせる巨大なムカデが出現する。
そいつはムカデ型やカマキリ型といった、人ほどの大きさはある虫の魔獣を体中に付けていた。
以前倒した海の魔獣と同じく、小型の魔獣をばら撒いて周囲を攻撃するタイプだろう。
兵隊を率いた魔獣は、一騎当千のアデーレにとっての唯一の弱点である。
これが解き放たれれば、周辺への被害は免れないだろう。
「さぁ、ここいらの人間、全員食い殺してやりなぁ!!」
ついに、イェキュブの口から町民たちへの死の宣告が下される。
その言葉に合わせ、巨大なムカデは体に付けた小型の魔獣を、屋敷中にばら撒くよう体を大きく揺らす。
ムカデの身体に付いていた昆虫魔獣たちが、地上に向けて降り注ぐ。
まるで、臨戦態勢の落下傘部隊を思わせる光景だ。
「ロックン、雷の鍵を」
それらと共に落下するアデーレが、左手を前にかざす。
「いいのかい? 体がしびれて思うように動けなくなるよ」
「分かってる。でもあの鍵の使い方、ちょっとだけ分かってきたから」
「なるほど。いいね、適応力が高いのは感心するよっ」
なぜか嬉しそうなアンロックンの言葉と共に、アデーレの左手にわずかな電流が走る。
痺れを感じた直後、海の魔獣の時に使った金色の鍵を握っていた。
竜紋の口が解放され、鍵穴が姿を現す。
「よしッ」
それを確認したアデーレは、躊躇することなく雷の鍵をフラムディウスに差し込み、右に回す。
先ほどまでの炎が消失し、刃がむき出しになるフラムディウス。
その直後、今度はアデーレの身体から電流がほとばしり、それがフラムディウスの刃を輝かせる。
当然、アデーレの体には多量の電流が流れ、全身にしびれを覚える。
この状態では、細やかな動きを行う事は叶わない。
しかし、この状態だからこそ出来るかなり無茶な動きが一つ、アデーレの頭にイメージされていた。
「どこまでも……早くッ!!」
しびれる体に気合を入れるよう、アデーレが叫ぶ。
すると、フラムディウスに再び炎が宿り、それがアデーレに帯電する大量の電気と合わさる。
その状態から、先ほどと同じく炎が噴き出し、アデーレの身体を加速する。
……が、その加速が先ほどの比ではない。
まず、吹き出す炎が先ほどまでの赤色ではない。紫色だ。
その上噴出する速度が尋常ではなく、常人からは紫色に輝く一筋の閃光が、屋敷の上空を縦横無尽に駆け巡っているようにしか見えない。
「なっ、早いッ!!」
人知を超えた速度に、イェキュブが引きつった声を上げてしまう。
アデーレは、雷神の力が持つ強大な電力を、炎と合わせることで超加速に利用することを思いついたのだ。
電気を制御できるかは一発勝負だったため、成功する保証は一切なかった。
しかし、テレビやネットで見ただけの知識を無理やりこねくり合わせた一世一代の大勝負は、文字通り電光石火の超加速という形で実を結んだ。
だが、その制御は極めて難しい。
ヴェスティリアの力であっても、超加速状態のフラムディウスを振るうことは不可能だ。
更に全身のしびれは続いており、現状これを利用した攻撃方法はただ一つ。
右手で柄を、左手で刃を支えながら前方に剣を突き出し、そのまま魔獣へと突撃する……完全なイノシシ戦法だ。
「――――ッ!!!」
声を出すことも出来ないアデーレは、歯を食いしばりながら必死に進む方向を制御していく。
周囲の光景は見たこともない速度で過ぎていき、時折屋敷の敷地外まで飛び出してしまう。
しかし、神速の突撃は確実に攻撃に役立っていた。
地面に降り注ぐ昆虫型の魔獣を次から次へと貫いていく。
力と速度の合わさった突きの破壊力はすさまじく、切っ先に触れた魔獣の身体は、それだけで粉砕される。
紫電が巨大ムカデの周囲を飛び回り、降り注ぐ小型魔獣の落下を食い止めていく。
しかし、それでも全てを倒しきることは出来ず、徐々に着地に成功する魔獣も現れる。
それらは残された牛の魔獣と共に、屋敷の壁を破壊しながら人々がいる前庭の方へ向かっていく。
このままでは町民を守り切れないのは明白だ。
(この力を一気に開放するんだ!)
普通に話しかけても会話にならないと判断したのか。
アデーレの脳内に、アンロックンの声が直接響く。
その言葉に応じ、アデーレは放出する電気を緩め、減速をかける。
全身を襲うしびれが緩み、少しだけ剣を動かすことができるようになる。
巨大ムカデの身体に沿って飛び回っていたアデーレは、フラムディウスをその硬い外骨格に突き刺し、強引にブレーキをかける。
制動によって切り裂かれた巨大ムカデの悲鳴が、空気を揺るがす轟音となって周囲を襲う。
完全に停止したアデーレは、今だ帯電しながら燃え盛るフラムディウスを引き抜きながら、外骨格の上に立つ。
「はああぁぁぁっ!!」
引き抜いた勢いそのままに、アデーレは剣を横に構えたまま一回転。
刃から雷神と竜神の力を合わせた紫の閃光を放ち、巨大ムカデの上半身とその周囲の昆虫魔獣を飲み込む。
その光は想像を絶する高温を放っており、飲まれた魔獣たちは全て蒸発してしまった。
「うわ……冗談みたいな威力だね」
これにはさすがのアンロックンも想定外だったのだろう。
その言葉だけで、驚いていることがはっきりと理解できた。
残されたムカデ魔獣の下半身が地面に落ちる。
その上に立っていたアデーレは、落下の反動を利用し大きく跳躍。
屋敷の穴に群がる魔獣たちを、フラムディウスで薙ぎ払った。
「それ以上、近付くなあぁぁぁ!!!」
あの先には、戦う力を持たない人々がいる。
あの先には、共に働く友人、仲間がいる。
あの先には、心優しい両親がいる。
アデーレは剣を振るい、魔獣を切り裂きながら前進する。
屋敷の中に人の気配はなく、ロベルトが無事皆を外に出してくれていたことを確認した。
つまり、先にある前庭に皆が集まっており、魔獣によって追い詰められようとしているという事。
――誰一人として、犠牲者を出さない。
身体の痺れなど感じている場合ではなかった。
渾身の力を込めて魔獣を討伐し、進み続けるアデーレ。
魔獣に破壊された玄関の大扉を抜け、ついに前庭へと足を踏み入れた。
その瞬間、目に入った光景。
塀の方に追い詰められた人々に迫る、数匹の魔獣。
魔獣の目指す先にいる、二人の人物。
それは両親……ヴェネリオとサンドラだった。
「ッ!!!」
アデーレの目が見開かれる。
声にならない短い悲鳴が、口から洩れる。
目前まで迫りくる魔獣。
跪く両親。ヴェネリオは、妻の肩をしっかりと抱きしめている。
ついに目の前まで追い詰めたカマキリ型の魔獣が、人間など容易く切り裂くであろう大鎌を掲げ……。
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