終章

第35話 魔物とご褒美

パフェを食べに行くだけ。そうだ。これは断じてデートなんかじゃない。


 と自分にそう言い聞かせる。

 とても緊張をしている気がするけど、気のせいだし。服もいつもと違いスカートをはいていて、メイクもバッチリだけど、それはパフェを食べに行くからだ。


 って心を強く持たないと。リンドヴルムさんは男の人だ。しかも私に恋をしているって言っていた。そんなリンドヴルムさんとパフェ。一歩間違えたらデートじゃん。

 そのまま雰囲気に飲まれてリンドヴルムさんにうっかりときめいてしまったら大変だ。リンドヴルムさんは竜だし。人が好きになるなんておかしい。


 なんでパフェに行きませんかって言っちゃったんだろう。


 そりゃ。リンドヴルムさんにはお世話になっているし、あんなに行きたそうな表情をしていたら、行きませんかって声をかけるのは……普通か。


 それにリンドヴルムさんは一昨日からずっとどのパフェを食べようか楽しそうに話しているし。凄い喜んでくれるのは嬉しい。やっぱ。デートじゃない。そう言い聞かせるしかないのか。


「真白」


 突然、扉の開く音と共にリンドヴルムさんの声が聞こえた。

 声の方向を見るとリンドヴルムさんが私の近くに来た。緊迫した表情で何かがあったのはわかる。


「何かありましたか?」

「僕の服は可笑しくないですか」


 とても真剣な表情だった。

 リンドヴルムさんの服? なんだろう? リンドヴルムさんはワイシャツに黒のスキニーに黒のカーディガンを羽織っていた。服装からとても気合い充分と言うのが伝わる。

 あれ? 服って着るだけじゃないの? それになんで聞くの? 似合っているとか? まるでデートみた……ってちょっと待て。それ以上は考えちゃだめだ。


「も、問題ないですよ。似合っていますし」


 頭の中に出てきた言葉を消しながら急いで言う。って似合っているって、格好良いって言っているみたいじゃん。いや、実際格好良いけど。今はだめだ。

 これ以上見ているとときめいてしまいそうなので、直視しないように少しだけ視線を外す。


「似合っていなくても問題ないですよ。今からパフェですよ。パフェ。人の店は服装一つで追い出されるんです。真白。僕の服はパフェを食べれますか?」


 リンドヴルムさんは私の様子など気にせずに言った。ってそれよりも似合っていなくても問題ない? その言葉でときめきそうになった気持ちが一気に冷めた。私よりもパフェなんだな。

 パフェを食べに行くだけ。自分にそう言い聞かせていたはずなのに、リンドヴルムさんから言われるとなんか複雑だな。


「迷ったらサンダルとジーンズを外せば問題ないらしいですよ」


 胸の中に生まれそうになったモヤモヤした気持ちを消そうとしながら言う。そもそも今日行く店はドレスコードはない。なんでも良いんだ。


「そうでしたね。この格好ならパフェが食べられますね」


 私の事など気にせずに嬉しそうに言った。この甘党め。


「そうですね」

「ん? 真白。どうされましたか? 問題がありますか?」


 未だに心の中に残っているモヤモヤをどう消そうか考えていると、リンドヴルムさんが突然のぞき込むように私の顔に近付く。

 顔が近い。私の額に触れれば私に何が考えているかわかるようで、気になったときはこうやって近付いてくる。これ以上近付かないように手の平で制止する。


「ないです。ないです! いや、ただそこまでいつもはそこまで気にしていないので珍しいと思っただけです」


 そのまま早口で言うと納得したのかリンドヴルムさんが私から離れた。


「ただの服ですからね。人に擬態出来ていると誉めて貰うのは嬉しいですが、それよりも僕の顔が綺麗と言っていただける方が嬉しいです」


 さらっと言うな。さらっと。本当にこの竜は私好みの顔って知っているからって。

 服で着飾らなくても格好良いってことか。実際何着ても格好良いからな。


「そうでしたか」

「ええ。ただ服を選ぶ気持ちもわかりますよ。真白もパフェを食べに行くのが楽しみみたいで嬉しいです」


 私の全身の洋服を見ると嬉しそうにふわりと笑う。最後の最後油断していたらだ。似合っていると言われるよりも破壊力が強い。

 このままじゃデートになってしまいそうだ。パフェを食べるだけ、そう自分に言い聞かせた。

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