第34話 魔物とパフェ
眷属の命令に背ける。リンドヴルムさんが雑談のように話す内容は時々びっくりしてしまう。聞き間違いじゃないだろうか。
「私の命令に逆らったんですか?」
そもそも私はリンドヴルムさんに触れないでとは言っていない。どういうことなんだろうな。リンドヴルムさんを見ながら考えていると、リンドヴルムさんもあまりピンと来ていない事がわかったみたいで、ゆっくりと口を開いた。
「はい。僕が真白の記憶を見た時に真白は触れないで欲しいと願ったんです。だから実は僕から真白に触れることが出来なかったんです」
そう言えばリンドヴルムさんが私に触れてくることはなかった。
紋を光らせる時も手の甲を近づけていただけだったし。そっか命令をしていたんだ。なら背いているな。
そもそも命令って背けるのかな? そんなことがないから眷属の魔物はダンジョンの外に出られている。
「命令って背けるんですか?」
「命令に背くと全身が痺れるように痛くなるんです。その痛みを我慢すれば背けますよ」
あまり気にしていないのか、缶ビールを飲みながら言った。そう言えば苦しそうな顔をしていたな。って、もしかして私が転ぶよりも痛いよね!
「それを早く言って下さい。触れても良いです。どうやって命令は解除するんですか」
そう言うとリンドヴルムさんは缶ビールを机の上に置き、恐る恐る右手を伸ばす。少しの間の後にゆっくりと私の手に触れた。
触れた瞬間、昨日よりも強くリンドヴルムさんの手の甲にある紋が光る。
解除された? ん? 触れても良いって言っただけだよね。
「真白が触れても良いって思ったから触れられるようになったみたいですね。けれど簡単に解除しても良いんですか」
「これから一緒に協力して戦っていくんですよ。問題ないです」
「ふふっ。それは。助かります」
そのまま私の右手に触れたまま微笑んだ。
「ほら。確認したのでもう良いでしょ」
ダメって言ったらまた触れられなくなりそうだ。離して欲しいと言うニュアンスで言うとリンドヴルムさんが微笑んだ。
「そんなに簡単に命令できないですよ」
「簡単に?」
「心から思うくらい強く願わないと魔物には伝わらないですよ。魔物は心から言葉を読みますから」
そう言いながら私に触れていた手をゆっくりと離し私を見る。その表情を見ているともうダメとは思えそうになかった。触っているときも変な気持ちになりそうだったし、この空気はだめだ。
空気を変えよう。そうだ。話題を変えよう。何かあるかな?
「リンドヴルムさん。タ、タグを見ませんか!」
「タグ、ですか?」
「は、はい! ほ、ほら。リスナーの皆さんがお寿司の写真を上げると言っていたので」
私のつぶやきの返信は見ていたが、まだタグ巡回はしていない。それを思い出したのでリンドヴルムさんに急いで伝えると机の上にあるスマホを取る。
つぶったーを開き、『#真白レベルアップ』と入力するとたくさんのお寿司の写真が見えた。ただお寿司の他にもビールやパフェの写真もちらほらとあがっている。
「パフェの写真も多いですね」
パフェの写真を見ながら言った。パフェの写真には『リンドヴルムが言っていたから食べたくなった』とか『あんなに語られたら食べるしかない』と言う投稿が添えられている。そう言えばミノタウロスと戦っていたときにパフェと言っていた気がする。何を話していたんだろう。寝ないで配信を見直しておけば良かった。
「リスナーさん達とパフェの話をしていたんですか?」
「はい。色々と質問に答えていたんです」
「えっ。質問に? 大丈夫ですか? 魔衛庁に確認は?」
まずいこと言っていないよね。リンドヴルムさんならその辺り理解しているし、問題ないとは思うけど、それでもやっぱり心配。そのまま見ているとリンドヴルムさんの言葉を待つ。
「僕に関しての話はあまりしていませんよ。人の生活の話をしていたんです。雑談です」
「そうでしたか。そう言えば、今朝もパフェと言っていましたね」
「丁度ネット広告で秋フェアのパフェを見かけたんです。シャインマスカットがたくさん乗っていて美味しそうだったんですよ」
凄い楽しそうだ。そんな表情を見ていたら連れて行ってあげたくなる。
けど今日はいつもよりも高いお寿司だったし、今月はお金使いすぎている気がする。
「いつか行ってみたいですね」
憧れのような表情で言った。私はその表情に弱い。
「パフェ食べにいきますか?」
気付いたら言葉に出ていた。
その言葉にリンドヴルムさんが驚いた表情へ変わる。滅多にない表情で私の方がびっくりする。
「パフェを?」
「ほら、リンドヴルムさんにも配信を手伝って貰っていますし」
「みかんを……いえ、したらご厚意に甘えますね。真白。ありがとうございます。御礼は」
「いらないですよ。一緒に住んでいるのにそう言うのは良いです」
「ありがとうございます。ふふっ。パフェ。楽しみですね」
リンドヴルムさんが嬉しそうに微笑んだ。そう嬉しそうにしてくれているだけで十分だと思ってしまった。
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