第22話「今はこの胸の高鳴りに……」

 定時のチャイムがなり、アルバイト生達は、伸びをして席を立ち始める。


 最初の頃は、静かに帰る人の方が多かったのに、今では雑談しながら部屋を出ていく人達の方が圧倒的に多い。

 一週間も経てば、ある程度のコミュニティが出来るのは当たり前か。


(帰るか)


 俺も、タイミングをずらし席を立つ。

 すれ違う社員に挨拶をしながら、エントランスまで降り、既に俺の行きつけになっている社内カフェに入る。


 昼食の他に、バイト終了後はここで冬休みの課題をある程度進めている。

 講習に行っているという体で家を空けているのに、課題が進んでいませんでは話にならない。


 課題に取り組むこと三十分、淡々と数式を解いていた所、目の前にソーサーに乗ったティーカップが二つ置かれた。

 何事かと、顔を上げると――


「よっ!東雲少年!ご苦労さま!」


 金髪癖毛の八神さんが、親しげに片手を上げ労をねぎらってくれた。


「八神さんこそ、お疲れ様です」


 アルバイトを始めてから、この人と会わない日も話さない日も無い。


 今日だって、一緒にカフェで昼食を取るくらいだ。何故か分からないが、俺はこの人に大層お気に召されているらしい。


「いつもはコーヒーなのに、今日は紅茶?」

「眠気覚ましに飲んでるんですよ。普段は紅茶派です」

「なるほどなるほど?じゃあ、頑張っている少年に紅茶の差し入れだ」


 スっと、俺の方に品を感じさせる所作でソーサーを滑らせる。

 確かに、俺が買った紅茶は冷めてしまっていたので、ありがたく頂戴しておく。


 俺が紅茶に口を付けると――


「ここで勉強?ここなんかより、もっとオシャレなカフェあるでしょ」

「ここはアルバイトでも、社割が効くんです。便利なので利用してるんですよ」

「へぇー?知らなかった!他の子は知ってるの?」

「それは……どうなんですかね」


 アルバイト生の中で俺だけが、誰とも話せてない。まぁ、ゲームに没頭してる俺が悪いんだが……。


「まぁ、君は一匹狼タイプっぽいもんな」

「遠回しにボッチって言ってますか?」

「受け取り方は人それぞれだよ??」


 八神さんは意地悪な笑みを浮かべ、コーヒーで口を濡らすと――


「ここでの、仕事はどう?ずっと、座りっぱなしで画面ばっか見て疲れるだろ」

「疲れはしますが、それ以上に面白いです」

「他の子達は、疲労が見えるけど君はなんか違うな」

「初期より色んなキャラクターが使えるので楽しいんですよ」


 フラワーファンタジーは名前の通り、花がコンセプトのゲームだ。

 このゲームは、花の擬人化キャラをスピード感のある操作性で敵を蹴散けちらす爽快感があるのだが、どちらかと言うと俺はキャラクターの魅力にとても惹かれている。


 どうやったら、こんなキャラが作れるのだろうか……。

 デザインは一から自分で考えたものなのだろうか……。


 答えを得る前に、また、新しいキャラが増える。


「ゲーム性も面白いんですが、キャラを眺めてるだけで半日終わる事だってあります」


 俺の言葉が意外だったのか、八神さんはコーヒーカップを持ったまま、固まってしまった。

 かと思えば、突然笑いだし――


「アハハっ!一応、私は君の担当者……つまり、上司になるのに、堂々とサボり発言するとは思わなかったよっ!」

「まぁ……事実ですので」


 余程面白かったのか、目元の涙を指で拭うと――


「それで、君は冬休みいっぱいで辞めるんだっけ?」

「一応、そういう契約で採用されているので」

「じゃあ、もし……冬休み後も続けられるとしたらどうだろう」


 急な提案でやや驚きを隠せないが、俺としては、まさに棚からぼたもちだ。

 俺は明らかに一週間前よりも、ゲーム業界……というより、デザイナーに対する興味が芽生え始めている。


「それは、デバックの作業を継続して行うということですか?」

「内容までは分からないな。何か他にやりたいことが?」

「キャラクターデザインに興味があります」

「へぇ……?」


 八神さんは、笑みを深くして俺を見る。


「なら、明日バイトが終わった後で特別に見学させてあげる」

「良いんですか?」

「良いとも!天国と地獄を見せてあげよう」


 素直に喜べなさそうな単語が聞こえたが、断わる理由なんて無い。


「よろしくお願いします」


 胸が高鳴るのを感じながら、静かに頭を下げた。


 ◇


(俺が何かに興味を持つことになるなんてな……)


 右手に持つ書店の紙袋を見ながら、自嘲気味に頭の中で呟く。中には、キャラクターデザインに関する参考書が二冊顔を覗かせている。


 アルバイトは、今回が初めてでは無い。

 カフェの接客や引越し業等も経験したが、面白いとは感じなかった。


 プレゼントを買うための資金調達に始めた事が、まさか自分の将来の道を切り開くきっかけになるとは、思わなかった。


 まだ、一時の気の迷いかもしれないが、今はこの胸の高鳴りと興味のコンパスに従っても良いのかもしれない。


〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


第二十二話 「今はこの胸の高鳴りに……」


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