第28話 おれが推し活だ

 ユウタは一心不乱にサイリウムを振り回す。それは周りの人から見ればそう思うだけで、彼は冷静に計算していた。

(あと二分か……短いが、盛り返すしかない)

 ダイナミックな動きから細かく動く。新規にもわかりやすく。振り子の大きいリズムから小さいリズムに波長を合わせていく。

 現場にいる馴染みのメンバーやライブ視聴する古参ファンはユウタの意図を理解している。しかし彼の丁寧な動きを見る新規は少ない。相変わらずバラバラのまま。

(残り一分半か。……厳しい)

 ユウタは無力さを痛感すると共に、口にできない本音が胸の中にあった。

 ――やはり、このクラスのライブは新規では無理ゲーすぎる。

 彼は基本的にソロ活であったが、ライブのときは全体と連動する絆を強く感じていた。とりわけ同志達と築き上げてきたフォーメーションや阿吽あうんの呼吸に絶対的な自信と誇りがあった。この大舞台で新規ファンにそれを台無しにされたとねた彼は、不貞腐ふてくされてサイリウムを振る動きも鈍ってきた。

 ――もうどうにでもなれ。


「誰だって最初は見習いだ」


 リトルユウタは彼の後ろに立っていた。

(リトルユウタ……)

 ユウタは初めてライブに参加したときに、周りの優しいお兄さん達が丁寧に教えてくれた記憶を思い出した。

(でも、残り一分しかないんだ。無理だ)

「思い上がるな」

 冷徹な声だ。珍しくリトルユウタは怒っている。

「お前にできることは限られている。世界を支配した気になるな」

 ハッとユウタは動きを止めた。

「残念ながらお前は真のマエストロ、使徒になる器にはないようだ」

 リトルユウタは姿を消してしまった。

 ユウタは止まったまま動かない。

 ――推し活とは、推しを第一に考えること。

 チケットを取れなかったファンの代わりにここにいるのだ。

 

 ユウタの表情は笑顔に変わる。

「すまん、リトルよ。そうだよな」

 こんな素晴らしい機会はない。推しの初めての県外ライブ。一分一秒が貴重である。

 ――そうだ、楽しめ。

 ゾーンに入ると同時に、発想が生まれ、会場が3D化して見える。

 視界全体がキャンバスとなりイマジネーションによって塗られていく。その瞬間にあるルートが見えた。

 サイリウムをクロスする。

「おれについて来い!」

 彼は大声で呼びかけてダイナミックに走る。新規ファンの視線が初めて彼を捉える。

(決してステージで熱唱する推しの邪魔になってはいけない。かなでられる音と声の僅かな切れ目を見つける)

「ここだ!」

 その瞬間、腕を上げた彼を追いかけるようにウェーブが生まれる。バラバラだった光がついに一つになり、点が線となる。

 さらに、走りながら運営スタッフとアイコンタクトをして、ラインぎりぎりを攻める。

「ここからだ!」

 キュキュキュッと音が鳴る。低い姿勢になり、彼のスニーカーは地面にブレーキをかけて止まる。同時に切り返して戻っていく。日頃から屋上で鍛え上げた成果だろうか、見事な体幹とバランス能力で上半身はブレず体重移動もスマートだ。

 これにより逆からのウェーブが生まれた。今度は大きな波だ。乗り遅れるな、彼は大股で走り始めた。その瞬間にユウタのイマジネーションが爆発する。

「今だ!」

 ユウタは空中を歩いていた。まさに光のウェーブの中で彼は波乗りをしている。

「おれが推し活だ!」


 その瞬間、初めてステージ上の水本絵梨花と目が合った。

 お互いうなずく。

 着地と同時に絵梨香がシャウトする。

 割れんばかりの喝采かっさいが起こった。

 リトルユウタは上空から観て涙を流していた。愛弟子まなでしの勇姿に目元をぬぐっている。

「もう、我が教えることは何もないかも知れぬ」

 息を整えながらユウタはガッツポーズを繰り返していた。

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