第24話 認めたくない真実

 ユウタはホテルの一室にいた。いたというよりは縛られて監禁状態にある。

 チェックイン後、部屋の中に入ってカードキーを差し込むと明かりがつく。前に数歩進んだのと同時にバスルームにいた何者かに倒され、スーツケースはベッド付近に滑っていった。そのまま後ろ手を縛られてベッドに寝かされたわけだ。


 彼を見下ろしているのはコートを着た一人の女性である。決して見間違えることはない。

 ――ずっと敬愛けいあいしてきた至高のアイドル。

「水本絵梨香」

 ユウタは震えている。自分が推していた唯一無二の女性がそこに立っていた。夢のような幻のような心地で現実感が全くない。

 同時に小さな声が漏れる。

「いや、沼崎恵梨香と言えばいいのか」

 その言葉に水本絵梨香は目をピクッとした。

「へえ、気がついたの」

 ユウタは困惑している。二人のエリカは一致しないのだ。優しいお姉さんだった沼崎恵梨香が自分の推し活の理想像になっていたのは信じられない。さらに彼女はストーカー行為をしていた張本人であることが判明した。


「安心して。過去のことは忘れて。今の私は水本絵梨香」

 そう囁いてコートを脱ぎ捨てる。黒地のセーターが美しいシルエットと妖艶ようえんな魅力を引き立てる。

「なんでこんなことを。沼崎さん」

 ユウタは声を震わせた。

「あんなに穏やかで優しかったあなたが」

 ふふっとアイドルらしく水本絵梨香は笑う。

「あのときはまだ魅力を知らなかったのよ」

 人差し指でユウタの鼻先をついた。

「弟くんみたいなあの可愛い子が。私の運命の人だなんて気がつかなかった」

 ユウタは未だに心の整理ができない。リリがいなくなってから狂ったのか。ともかく彼女と数年ぶりに会話をして、同時に熱烈に推していた水本絵梨香と対面している現実もそこにある。

「そんな目で見ないで。あなたにとっては久しぶりの再会なのかも知れない。でも、私はずっと、近くから見守っていたの」

 ユウタは口をゆがませた。涙が流れていく。これが何の涙なのか、ユウタ自身にもわからない。間違いないのは、彼が求めていたのはこのような形ではなかったのだ。

 水本絵梨香は目を大きくさせていた。

「どうして、泣くの?」

「黙れっ!」

 推していた人が自分を恐怖におちいらせていた。その怒りに湧き立っている。そして彼を最も苛立いらだたせていたのは自分自身に対してである。

 この状況下にあって、まだ彼は少し胸の高鳴りを覚えている。自分にとって手が届かない理想のアイドルと同じ空気を吸い、時間を共有する。そのことに僅かながら、高揚していることに自己嫌悪を抱く。

(頭がおかしくなりそうだ)

 それを悟られぬように呟いた。

「満足したなら、もう解放してくれ」

「満足?」

 水本絵梨香はクスクスと笑った。ユウタは初めて鳥肌を覚えた。もしかすると、重大な勘違いをしていたのかも知れない。

「ここからが本番なのよ」

 水本絵梨香は顔を近づけながら笑った。

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