第21話 尾行

 廃墟を去り追跡者となった沼崎恵梨香はユウタを尾行することに生き甲斐を感じていた。初めはバレないか、ビクビクしながら後をつけていた。次第に慣れてくると大胆に行動できる自分の意外な部分が恐ろしくなる。

 彼が行く場所や何を買ったのかまで追跡して把握しないと気がすまない。

 スマホの待受画面には隠し撮りしたユウタの顔が表示されている。

「知ろうとすることの何がいけないの? あなたは私でもあるのよ」


 監視して行く先々を追いかける日々の中で、やがて人々が賑わう場所に辿り着く。

「ライブ会場?」

 ユウタの行動を調べるうちに、買い物の傾向などから意外なことにアイドル好きであることは把握していた。ただ、現地に応援にいくまで本気なのかと熱量に驚いた。

 当日チケットを買い、フードを深くかぶってサイリウムを振る彼の斜め後ろにいた。

 アイドルに夢中になるユウタを見ると猛烈な嫉妬心が湧いてくる。

(あの女のどこが良いの? 私に振り向いてよ)

(他の多くの人達が声援をあげるのはどうでも良い。でもユウタ。あなただけは……)

 歯軋はぎしりをしながらアイドルをにらみつける。

 そこで沼崎恵梨香はステージを眺めて、ある発想を抱く。

「アイドルか……」

(もし、彼が求めるアイドルになれば)

 斜め前にいるユウタはキラキラとした瞳を輝かせている。

(あの眼差しを受けたい。私が独り占めしたい)


 会場を後にして路地を歩く。

(でも私なんかにアイドルになれるのか)

 学校でクラスメイトに「魅力がない」とイジメられた記憶がよみがえる。

 そう悲観的になると彼女の唯一神のリリが現れて、背後からそっと語りかけてくれる。


「自信を持ちなさい。あなたは誰よりも綺麗よ」

(リリ……)

「美しくなれる人の秘訣を知ってる?」

(それは何?)

「誰よりも人を愛すること。愛は人をより美しくする」

(なるほど。私はユウタを愛している。それは誰にも負けない)

 ――つまり誰よりも私は美しくなる。


 ある日こっそりとユウタの部屋に忍びこんだ。PCのパスワードは予想通り、ライブ会場のアイドルの名前。黒手袋をつけた指先でキーボードを叩いていく。操作ログ履歴を調べ上げ、隠しフォルダからユウタが作成したPDFファイル『理想アイドル解体新書』を発見してUSBメモリでデータを盗み取ると、すぐにその場を立ち去った。


 深夜、そのデータをじっくりと閲覧していくとユウタの趣向しゅこうや彼の求める理想のアイドル像が判明していく。暗い部屋の中で液晶のまぶしい明かりが下から彼女の顔を照らしている。

「私が目指す方向性が決まった」


 カーテンを開けると月明かりが雲に遮断されている。これまでは日陰の中で生きた気がする。これから自分は生まれ変わる。

「あなたの理想の人に私はなる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る