第2話 推し活グッズ

 帰り道、商店街を歩くユウタは気配を感じて振り返る。誰もいない。頭をかいて、地下に降りていく。ガラス扉を開けた先には賑わいがある。行きつけの雑貨店であり、推し活グッズも多数揃えられている。彼の行きつけの店だ。

 推し活――オタ活とも呼ばれるが、グッズ選びがとても重要になってくる。ここを妥協するのは本当の奉仕とは言えない。超絶ガチ勢のユウタにとって推し活とは授かりしもの。古来から先祖は自然の恵みに対して感謝の印としてお供物そなえものをした。

「最高のパフォーマンスが提供されたのなら、金に糸目をつけないのが真の使徒だよな」

 リトルユウタが耳元でささやくが異論はない。アイドルを救世主とみなすなら推し活ファンはまさに使徒である。CD購入や握手券入手はもちろん、ディスプレイグッズやライブコンサートグッズも力は抜けない。こうなると、彼は鼻息が荒い。実際に鼻息音が漏れている。

「リアルでもフンフン鼻息荒いのが真の使徒だもんな」

 リトルユウタが気を使ってフォローするがユウタは気にすることはない。夢中になったり興奮するとフーンフーンとつい鼻息が出るのは昔からのこと。

 子供の頃、指をさしてからかわれたとき、ユズナが血相を変えて連中を怒鳴ってくれたが、そのときから周りにはどう見られても構わなくなった。

「またメスのことを考えてるな! 水本絵梨香に集中しろ」

 慌ててカゴの中にグッズを放り込む。

 多数購入した袋を持ってレジを後にする。ドアを押し開けて階段を上がる瞬間、パシャリと音がした。シャッター音だとわかり、すぐさま見上げる。視界に捉えた人物からスマホが向けられていることを知る。相手の顔は手で隠れて見えない。

「誰だ?」

 ユウタは自分が撮られたことに気がつき、駆け上がる。靴底をアスファルトに踏み叩いて周囲を見渡した。通りには人がまばらに歩いている。

(逃げた奴はどこに行った?)

 心臓がドキドキする。嫌な気分だ。胸騒ぎが止まらない。


「つけられている?」

 相談できるのは幼馴染のユズナしかいない。部屋の中でリモート通話しているが、画面の中の彼女は眠そうに目を擦る。

「うん、まあ……」

「あんたが?」

 ユズナは目を丸くして見つめている。

「ぷはは!」

 吹き出してテーブルを叩く音が聞こえる。

「笑うな、本気なんだよ」

 ユズナはヒーヒーお腹を抑えている。ユウタはここまでツボに入る意味がわからない。

「アイドル追いかけているあんたを誰がつけ回すのよ!」

 スマホから笑い声が響き渡る。

「知らねえよ」

 ユウタはため息をつき、通話を強制終了した。相談する相手を間違えた、と苦虫を潰した顔をした。ただ、あんな風に茶化されると深刻に考えるのが馬鹿らしく感じる。

「確かに気にし過ぎなだけかも」

 ふと、カーテンを開けた。2階から見下ろすが家の周りは不自然な様子はない。ただ、通りの向こうにある電信柱に人影がある。小さい光があり、スマホを向けられていることを知る。咄嗟にカーテンを閉める。

「何なんだよ、一体……」

 色々なことを考えた。思い当たること。推し活のライバルが嫌がらせをしているのか?

 灯を消してベッドの布団にもぐる。スマホ画面に映る水本絵梨香を眺めて、気がつくと眠りに落ちていた。

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