第8話 陰原園子を驚かしてみた

 平和的に解決したのはよかったが、カラオケに行ったあの日以来、陰原はちょくちょく俺にマウントを取ってくるようになった。

 歌うまマウント、いや高得点マウントとでもいうのだろうか、まったく関係のない話題でも自分が都合悪くなると、すぐにそれを持ち出してくるのだった。

 そもそも早口に向いている歌を選曲したらどうだと助言を送ったのは俺だ。にもかかわらずそんなことをしてくるとは。

 恩を仇で返すってまさにこのことをいうんだろうな。

 これはちょっとお灸を据えてやらにゃいかんかもしれん。調子こいてる陰原にドッキリでも仕掛けてやるか。

 かといってこれしきのことで、そんな手の込んだことをやろうとまでは思わん。

 やるなら至ってシンプル。物陰にでも隠れていきなり目の前に登場。わあっと大声出してびっくりさせてやるのだ。

 まじでなんの捻りもない直接的なやり方。だが案外こういうのがいちばん効いたりするんだよな。

 俺はいますげー悪い顔してるに違いない。

 あの陰キャラがいったいどういうリアクションをしてみせるのか。同じくシンプルにわあっといって飛び跳ねるのか。それともいつもの陰原らしく、早口長文で自分がいかにびっくりしたかを子細に説明してくるんだろうか。これまた見物だな。

 そうと決まれば速攻実行に移すぞ。フットワークが軽いのが陽キャラの特徴でもあるんだな。

 俺は友達と話しているあいだも常にタイミングをうかがっていた。そして昼休み、陰原が教室で食事を済ませたとき、やっと席を立った。

 たぶんトイレに向かうんだろう。そう踏んだ俺はダッシュで先回りをして、物陰に潜んだ。

 すると少し遅れて、ぱたぱたと上履きの音が近づいてきた。間違いない、この足音は陰原のものだ。なんとなく元気ないかんじなのが特徴的なんだよな。

 俺はしめしめと笑った。悪く思うなよ。元々は陰原のせいなんだからな。そう自業自得ってやつだ。

 3……2……1……。

 心の中でカウントを数えて、そしてこれしかない絶妙なタイミングで、陰原の目の前に飛び出した。


「わあっ!」

「あひゃん」


 陰原はその場でぺたんと尻餅ついてしまった。

 まさかそんな可愛らしいリアクションをするとは、俺の頭の中にはなかったな。

 しかし陰原が面食らったのはたしかなんで、ドッキリは大成功といっていいだろう。

 俺は陰原を見下ろしながら、高らかに笑ってやった。


「ハハハ! どうだ、驚いただろ。最近調子こいてるからな。そのお返しだ」

「ちっとも驚いてないですよと見栄張りたいところですがさすがに腰まで抜かしてしまいましたからねここは素直に負けを認めましょうええそうですよ思わずちびってしまいそうになるほどびっくりしましたよこれで満足ですか」

「ハハハ! そんなにか。なら俺も満足だよ。これで日頃の鬱憤が晴れたような気がするよ」

「それはよかったですねもちろんこれは皮肉ですちょっと私が調子に乗ったからといって大目に見ないでそれどころかちびらせるほどの仕打ちを与えようだなんてとても陽キャラのすることとは思えませんよこれからは春田くんのこと尿キャラといってもよろしいですか」

「いいわけねぇだろ。なんだよ尿キャラって。初めて聞いたわ。それにどうせいうならおまえのほうだろ」


 陰原は心外そうな顔をした。その顔やめろ。


「たしかに春田くんにとって私はたんなる陰キャラにしかすぎないのかもしれませんがそれでもひとりの女性ですよそんな私に向かって尿キャラ呼ばわりはちょっといただけないんじゃないですかもはや立派なセクシャルハラスメントですよ出るとこ出ちゃいますよ」

「横暴な」


 なんでこっちがいったときだけ都合良くセクハラ扱いされんだよ。男の肩身狭すぎだろ、いったいどうなってんだよ現代社会。

 心外だって叫びたいのは俺のほうだわ。

 ともあれここで社会問題について愚痴っていてもしょうがない。

 ひとまずいつまでも床にへたり込んでいる陰原を立たせようと思った。だんだん周りの視線も痛かったし。

 だがその手助けをしようにもちょっと恥ずかしい。目を逸らしたまま陰原に手を差し出した。


「恨み言なら後でいくらでも聞いてやっからさ。とにかくここじゃあなんだ。場所移そうぜ。まさかほんとにちびったわけじゃあるまいしな」


 俺はにやりと笑った。冗談でいったつもりだった。

 だから当然陰原も冗談で返してくると思った。ところがどっこい、陰原は至って真剣な顔して「漏らしましたが、なにか?」とどこかで聞いた覚えのあるような言い回しを使って、さらりと白状してきやがった。

 一転して俺は途方に暮れてしまった。なんせ初めての体験だ。いままでにまぁまぁの数の女子と接してきたものの、さすがに目の前でお漏らしされたことはない。

 なんでこんなにも開き直っていられるのかその意味もわからんし、もうどういう対応をするのが正解なのか見当もつかなくなった。

 黙っていたら、陰原が小さくため息をついた。


「まったく陽キャラならそのくらいすぐに察してくださいよ遠回しに失禁を連想させることをいったり尿キャラ扱いされることに過剰反応を起こしたりと拾えるヒントはいくらでもあったはずです」

「たしかに思い返せばおかしなところはあったな。いつまで腰を抜かしてるんだよとかな。だがそれでも信じられなかったんだよ。常識に囚われすぎていた俺が馬鹿だった」

「すみませんが反省会なら後でしてくれませんかね私も春田くんと同じように一刻も早くこの場所から離れたいのですそのためにも可及的速やかに証拠隠滅のほうを図らなければならないのですさすがに犬コロのようにこのまま放置というわけにもいきませんしね春田しねなのであなたがいますべきことは全速力でトイレからトイレットペーパーを運んでくることではないでしょうか違いますか」

「違いませんソッコーで調達してきます」


 俺はいわれたとおり全速力でトイレまで走ったのだった。

 それでなんとか収拾がついた。

 俺らは人目を避けるようにして、少し離れた廊下のほうまで移動する。

 大事にならなかったことを安堵するのも束の間、俺は陰原に頭を下げた。


「すまん、まさかああなるとは夢にも思わんかった。だが安心しろ。このことは誰にもいわんと誓うから」

「当たり前ですよ死角から女子を驚かせてちびらせたことを自慢げに言いふらすだなんてとんだ鬼畜野郎のすることですよなのでそれをしないからといって許してもらおうだとか信用を回復させようだなんて甘い考えは捨てたほうがいいですよこん鬼畜野郎」

「結局鬼畜野郎なのかよ……ってそう怒るなよ。いちおう筋通しただけだろ……」

「筋を通そうと一度失ったものは二度と取り返せませんよあーあーまったくどうしてくれるんですかまさか学校でお漏らしするだなんてそんな黒歴史を作らされて一生の不覚ですよ私が赤ん坊のときでさえもお漏らししたことないというのに」

「じつは天才かよ」


 ふつうはするもんだろ。だいたいそれを覚えていること自体すげー。

 馬鹿だ馬鹿だとばかり思ってきたが、じつはとんでもないポテンシャルを秘めてるのかもしれなかった。それかたんなるふかしか。

 せっかく褒めたというのに、陰原はそれを無視して泣いている。


「およよーおよよー」

「……アニメのキャラでもそんな泣き方するやつなかなかいねぇよ」

「あややーあややー」

「……それはなんかいたような気もするな」


 厳密には泣き声じゃなくて、人の名前というかあだ名だったが。

 つうかこいつふざけてねぇか?

 陰原は「あややーあややー」と泣き、いや鳴き続けている。


「初めての相手がこんな陽キャラだなんて想像だにしませんでしたよ変態いますぐ責任取ってくださいと訴えたいところですがそんな変態さんはこちらからも願い下げですし本当に参りましたよこのままではお嫁さんにいけませんし宇宙旅行にもいけませんよあややー」

「ふつうは宇宙になんか行けねぇから安心しろ。近頃は結婚もなかなかハードル上がってんだから。って誰が変態さんだよ。へんな誤解招くようなこというなよ。やっぱおまえふざけてんだろ」


 突っ込みどころが多くてたいへんだ。

 だがいいたいことはたぶん全部いえたし、それにやっぱふざけてるってことが再確認できた。

 陰原はお茶目にちろっと舌を出している。

 だがそれが可愛いといって許されるのは、極極々一部の女子だ。そして陰キャラのおまえじゃ無理だ。

 俺はやれやれとかぶりを振った。


「ならもうこれ以上頭を下げ続ける必要もねぇな」

「いえ何ひとりで解釈してるんですかたしかに春田くんに対してどうこういうつもりはありませんがそれとは裏腹に腹だけにお腹の虫が治まらないのも現実に起きてましてそれをどうにか改善するために申し訳ないのですがあなたにはもう一仕事してもらいますよ異論反論はいっさい認めませんからね」

「言論まで封じて、いったい俺に何させようってんだ」


 どうせろくなこと考えてないんだろうが。

 うん、そのとおりだった。

 陰原は眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げて、きらんと光らせる。


「私にやったのと同じように世羅さんにもドッキリを仕掛けてくださいそしてあわよくばちびらせてください黒歴史を作ってしまったことはもうどうにもなりませんですがもうひとり誰かを道連れにすることによって少しでも薄まればなと考えた次第ですそれでその誰かを探したとき真っ先に思い当たったのが世羅綺羅々さんでした彼女であればいちおう見ず知らずの間柄というわけでもありませんしこちらも遠慮なく犠牲にできるというわけですまさにうってつけの人材というわけですせいぜいこんなときくらい役に立ってもらいましょうふひひ」

「おまえってばほんと性悪だよな」


 しかし俺もあんまり人のことをいえなかった。

 世羅もたいがいとばっちりだとは思うが、それでもあいつだったらべつにいっかなと、仮にも友達でありながらあっさりと割り切れたのだった。

 それどころかちょっとおもろいかもなと楽しんでる節がある。びびらせたとき、あの生意気なメスガキがいったいどんな顔をするのか。そしてまさかの失禁という結果に終わった陰原を、さらに上回るようなインパクトを打ち出せるんだろうか。

 まぁどのみち俺には異論反論の余地はないからなぁというのをいいことに、陰原の要求をすんなりと呑んだのであった。

 そんな面白そうな瞬間を見逃すわけにはいかんってわけで、陰原も俺の後をついてきた。

 こうやって校内を一緒に回るのは初めてだったが、なんつうかべつに嬉しいといったかんじではないな。どちらかというとプレッシャーだ。なんとなく不吉なオーラが漂っている、それでいて圧倒的な存在感。キングボンビーにでも取り憑かれてるような気分だった。

 たぶんそう感じてたのは俺だけじゃないだろう。すれ違う生徒らもこっちになすりつけられたらたまったもんじゃないといわんばかりに、あからさまに俺たちを避けていた。いやぜってーキングボンビーだろ。

 そんな悪魔に取り憑かれて。幸か不幸か、すぐにターゲットを捕捉することができた。

 周りに人がいたら面倒だったが、そこはさすがの世羅綺羅々さん。同性にきらわれているだけあって、さも当然のようにぼっちで廊下を歩いていた。

 キングボンビーに背中を押された。


「さぁさぁさっそく春田くんの出番が回ってきましたよ物陰に待機して彼女が能天気にやってきたところを遠慮なくがばっとやっちゃってくださいいや本当に手加減はいりませんからねなんなら若さと欲情と青春の勢いに身を任せてあのまな板のように薄いお胸をちゃっかりマッサージしちゃってもかまいません私がその瞬間をカメラでばっちり収めますからそしてその証拠写真をきっちり警察のほうまで提出しますから決してフリなんかではありません」

「わーった、わーった。ドッキリはちゃんと遂行すっから。キングボンビーさんはあっちにいってもらえませんかね」


 そしたらようやく解放してもらえた。どっと疲労が押し寄せる。

 だが一休みするのは一仕事終えてからだ。

 俺はすっと物陰に入った。後は世羅が目の前に現れるのを待つだけだ。

 もちろん胸を揉んだりなんかはしない。そんなくだらん理由で高校を退学させられたくねぇからな。

 あくまでわあっと驚かすだけだ。ちなみにさっきの悪魔とあくまでをかけたわけじゃないぞ。そこんとこよろしく。

 と要らん自己弁護したところで、ターゲットがドッキリの射程圏内に足を踏み入れる。

 俺はいちにのさんで、わあっと勢いよく飛び出した。

 さてどういう反応が返ってくるか。わあっとシンプルに驚くのか、あるいは世羅らしく生意気な口の利き方で怒鳴り散らしてくるのか。

 ってこんな予想も二度目だな。となるとやはりあれが返ってるのか。またデジャヴか。

 そのとおりだった。世羅は可愛らしい声で、「ひゃあん」と驚いたのである。それ女子のあいだで流行ったりしてんのか、いやしてないよな。

 であれだよな。そこまでいったら、世羅も陰原みたく腰を抜かしてちびっちまうんだよな。俺には読めてる。

 だがそこはひとつ違った。

 いやちびったことにはちびったんだが、陰原のときとは違って、なんと立ったまましちまったのだった。

 まじで今回はあからさまだった。いわゆる世羅の聖水なるものが「びちゃあ!」と音を立てて床に弾けるのがわかった。

 俺は途方に暮れた……。いい加減しつこいかもしれんが、まただ。

 とはいえしょうがないものはしょうがないのだ。何度遭遇したってたぶん慣れることはない。てか慣れちゃあ困るんだが。

 頭が真っ白になるのだ。目の前で失禁している女子にどう接していいかわからず、ただてんやわんやするのだった。

 特に今回は罪悪感が半端ねぇ。実際に飛び散るところを目の当たりにしちまったからな。見て見ぬフリは厳しいし、かける言葉が見当たらねぇぜ。

 狙いどおりに事が運んだ陰原は大満足のご様子だったが。ほんと性悪だな。

 しかしこれさいわいなことに、俺たち以外に目撃者はいなかった。なので言い方はよくないが、この仕業を迷い込んできた野良犬のせいなんかにして立ち去れば、うまくいけば何事もなく済ませられるし、最悪えらい騒ぎになったとしてもどこかに退避命令を出されるだけだろうから、結局のところ放置という道を選んだ。

「ふぇぇ……」と幼女さながらおどおどしている世羅を、無理矢理引っ張って起こさせると、その事故現場から逃げるようにしてまた違うところまで移動してきた。

 より一層人目を憚ってということで、今回は廊下じゃなくてわざわざ空き教室に入った。

 ずいぶん手入れしてないらしく、室内はまぁまぁ埃っぽかった。

 だがいま俺がすべきことは、健康被害を気にすることでもましてや掃除することでもねぇ。ズボンからポケットティッシュを取り出し、おぱんてぃーびちょびちょであろう世羅に渡すとともにひとつ詫びを入れるのだ。

 俺はさっきよりも深く頭を下げた。まさか自分の人生に二回も謝罪する日がくるとはな。


「すまんて。まさか陰原のときよりひどい結果になるとは思わなんだ」

「あんた陰原にも同じことやったのね!? ほんと最低ね! ほら、陰原からもなんかいってやりなさいよ!」


 と陰原は俺に向かってサムズアップした。


「春田くんグッジョブです和訳しますとあなたは本当に良い仕事をしてくれました褒めてつかわします思った以上でした世羅さんが派手にびちゃあっとやらかしてくれたおかげでだいぶ私の黒歴史が薄まったような気がします初めて持つべきものは友だという言葉が身に染みて実感した瞬間でした」

「こんなことで実感されても困るのよ! てかなんで春田に感謝してんのよ!? あんたもひどいことされたのよね!?」


 それについては俺から説明した。


「ああっとじつはな、図らずも陰原をちびらせちまったのはたしかに俺なんだが、世羅にドッキリ仕掛けようと言い出したのは俺じゃないんだ。何を隠そう陰原なんだ。おまえを道連れにして、少しでも自分の失態を軽くするのが狙いだったみたいだな」

「何よそれ!? 陰原もたいがい最低じゃない!」


 世羅は俺から預かったポケットティッシュを、陰原に向かってぺちんと投げつけた。

 陰原はそれを躱そうとはしなかった。慈愛に満ちた目で世羅を見つめていた。


「もちろん世羅さんにも感謝の気持ちを忘れてませんよもしもあのときあなたがちびってくれなければ私はいまもどんよりとしたままだったでしょう改めてちびってくれてありがとうございますこれまではあなたのことをひとりの友人でありながらいけすかないメスガキですねと軽んじていたのですがその評価を訂正しようかと思います今後は仲良くお漏らしした同士一緒にトイレに行きましょう休み時間でも授業中でもいつでも付き添いますよ」

「だからそういうので評価されたり、関係が深まったりしても、ちっとも嬉しくないのよ!」


 世羅が盛大にため息をついている。


「とにかくあんたたちが最低だってことはわかったわ! とはいえ弱味を握られてるのもまた事実! 今回は特別に目をつむってあげるけど、でもその代わりにあたしがちびったことは絶対内緒だからね!?」

「えー、どうしよっかなー」

「あんたってやつはねぇ!?」


 ちょっとふざけてみただけなのに、思い切り肩パンされちまった。

 あれ、ポケットティッシュは?……あ、もうぜんぶ使ったのか。りょうかい。

 俺は肩をさすりながらいう。


「秘密は誰にも漏らさねぇよ。お漏らしだけに……あ、すまん。っていうのは冗談で、俺も陰原に頼まれたとはいえまじで反省してるからな。むしろそれで許してくれんだって思うくらいだ」


 とばっちりで失禁までさせちまったのだ。そう考えるのがふつうだろう。

 世羅の耳がぴくりと動いた。


「つまりほかにも何かしら聞いてくれるってことね!?」

「まぁ俺にできる範囲にはなるがな」


 世羅が指折り数え始めた。


「ぱっと思いついたので七つあるけどぜんぶいいわよね!?」

「ダメに決まってんだろ。欲張りさんだな。ひとつに絞れよ。その中からいちばん優先度高いやつを」


 世羅が一本一本指を畳んでいく。消去法で決めるんだろう。

 そして最後の一本が残る。


「じゃあさっそく今日の放課後、猫カフェにつれてってちょうだいな!」

「ほほう、それがおまえの中でいちばん優先度たけーのか。いやほかにもっとあんだろ」

「はぁ何いってんのよ!? この世で癒やしよりも大切なものなんてあるわけないでしょうが!」


 え、そうなのか。もしかして俺の感性が狂ってる?

 いわれてみれば、近頃疲れてる人が増えてるような気もするしな。

 わからんので、陰原にも意見を求めてみた。


「おまえはどう思う?」


 陰原は小難しそうな顔をしている。


「そうですね不服ではありますがおおむね世羅さんの主張にうなずきざるをえませんねみんながみんな癒やしを求めてるのかは定かではありませんがただひとつはっきりいえるのはこの世ににゃんこがきらいな人はひとりも存在しないということです猫アレルギーの方が薬を服用してでも猫吸いしたくなるほどにゃんことは魅力的な生き物なのですなのでぜひ私もご同行したく存じます」

「たしかに猫ぎらいのやつって聞いたことねーな。少なくとも俺は。よしわかった、ここは多数決だ。おまえらの望みどおり、放課後にでも行ってみっか」


 俺がそうまとめると、女子どもはアンモニア臭いにおいを立ち上がらせながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現していた。かわいい、でもくさっ、かわいい、でもくさっ。

 ここままだと猫ちゃんも近づいてこないだろう。途中コンビニにでも寄って、替えの下着を買ってやるか。子どもの保護者かよ。

 そのぶん出費はかさむ。だがこれで事が丸く収まるのであれば、お安いもんだよな。

 世羅は上機嫌で歌を唄っている。


「アメショーブリショー、マンチカンヒマラヤン、ベンガルペルシャ、シャルトリューシャンティリー。ラグドール、ラ・ガ・マ・フィン! キンカロトイボブコラットサファリ、ミ・ヌ・エット!」

「ポケモン言えるかなの替え歌みてぇだな」


 イマクニ元気にしてっかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る