第5話 陰原園子に初めての女友達が出来た

 そんなこんなでなかなかたいへんな休日を過ごした俺だったが、それ以来陰原とはなんだかんだ仲良くなった。

 ラノベ好きという共通の趣味を見つけられたことが大きいだろう。学校の休み時間なんかに気軽に話しかけることも増えた。そして最近だとラノベ以外の話をすることもあった。

 もちろん共通の友だちとかはいないから、授業のことだったりテストのことだったり、割と事務的な話題がほとんどだったが。

 ともあれ親睦が深まったのは事実だった。

 しかしそうはいっても男と女。どうしても関与できないことはあった。

 トイレ行くにしても別々だし、体育の着替えなどももちろん一緒ってわけにはいかない。また前のように下着やらを買いに行くにしても、できないことはないがやはり少々面倒なことになる。

 要するに陰原には同性の友人なり知人なりがいたほうが好都合なのだ。

 だからとある日の昼休み、陰原にそのことを切り出してみた。場所は教室だ。


「ところで陰原、女友達がいたほうが便利だなーって思うことはないか」

「なんですか藪からスティックに女友達がいたほうが便利ってそれは春田くん自身の感想でしょうにだいたい便利だなんてまるで物扱いするのはよくないと思いますよ先生にいいつけちゃいますよ放課後は雑巾がけですね残念」

「雑巾がけは絶対せんが、たしかに物扱いと捉えられるような言い方したのはすまんかった。ってそうじゃなくて、おまえの感想を訊いてるんだ、どうなんだ」

「そりゃあいたほうが助かるなって瞬間はありますよつれしょんだったり着替えだったりは当然ながら何より女同士だと気兼ねなくお喋りできますしね誰かさんとは違って」

「だいぶ打ち解けてきたと思ってたのは俺だけだったか、そうか何気にショックだわ。あと聞き流そうと思ったが無理だ。女子がつれしょんとか口にすんなよ」


 もっと恥じらいというものを知ってほしい、と思ったがそういや下着姿を披露したときもじもじしてたな。となるとそれはそれで陰原のくせにってなるのか。なんとも難しいところだ。もとい。


「じゃあ女友達を作りたいってことでいいんだな」

「作りたいかと問われれば少し語弊があると指摘せずにはいられませんなんせこれまでずっとひとりで乗り切ってみせましたからねそりゃあ困り事がなくなるに越したことはありませんがだとしてもあくまで向こうからお願いされたらというスタンスは崩せませんねどうぞご理解のほどを」

「あくまで上からなんだな。どうしておまえに友だちいないかよくわかったよ」


 ふつう友だちは対等じゃないとなれないのだ。まぁ俺も陰原のことを陰キャラだのなんだのいって見下しているが、でもそれは向こうも同じなのでなんとか成り立っているのだった。


「だがこの際だ。無駄足を避けるためにも、ほかに条件とかがないか聞いておきたい」

「条件ですかとはいえそんなにはありませんよまぁ強いていうとするならば私よりも身長が低いということですかねやはり外見でもきっちり上下関係をわからせてやらねばなりませんからね」

「なんでそこでもマウント取ろうとすんだよ。だが弱ったな。陰原なんかと仲良くなりたいと思うほど友だちに困ってて、平均以下の陰原よりも背の低い女子となるとかなり絞られるぞ」

「ふふん果たしてそんな子がこの田舎の小さな学校に存在するでしょうかはっきり申し上げまして私は難しいと思いますよいくら春田くんの陽キャラネットワークをフル活用しようとね」


 なんでそんなに偉そうなんだよ。どちらかというと情けないことなんだぞ。友だち候補が極端に少ないってことはな。


「いいから少しのあいだ黙ってろよ。心当たりはないか探ってみっから」


 俺は目をつむった。

 友だちがいない。低身長女子。どちらから絞ったほうがいいだろうか。

 とりあえず前者からだ。友だちがいないとなると、必然的に陽キャラは除外されるだろう。

 あまり目立たない子にスポットを当てるのは正直困難だ。それでも頭をフル回転させ、片っ端からイメージしていった。が、残念ながら候補は見つからなかった。

 漏れがあるかもしれん。いちおう低身長のほうでも検索をかけていった。

 そしたらひとりだけ「あれ?」と引っ掛かる子がいた。

 名前は世羅綺羅々という。世羅は少し特殊で、陽キャラでありながら友だちがいなかった。だから先程のやり方ではヒットしなかったのだ。

 実際に陰原が世羅のことを気に入るかどうかはわからん。だがひとまず紹介だけはしてみようかと思った。


「オッケー。待たせたな。ひとりだけ陰原の友だちになってくれそうな低身長女子を見つけたぞ」

「なんと本当ですかほとんど期待してなかっただけに驚きが二倍増しです興味本位で訊きますがその子はどちらの組に所属してるのでしょうかずばっと名前から尋ねてもいいのですがここはあえて焦らすことによって自分自身の手で期待感を煽ろうという作戦です!」

「そいつは隣のクラスの子なんだが、いまは昼休みだからな。たしか食堂を利用してるはずだ。さっそく会いに行ってみるか」


 陰原は自分の椅子から立ち上がった。ががーっと椅子の脚と床が擦れるような音がする。


「ええここは恥ずかしげもなくそうしてみましょうかついでにお昼もまだですしなんなら一緒に食卓を囲みましょうか本日はいったいどうような気分なのでしょうちょっとお腹さんに訊いてみますねなるほどそうですかF定食ですか豪勢ですねというわけで春田くんごちになります」

「何しれっと人におごらせようとしてんだよ。昼飯代くらい自分で払えよ」


 ただでさえ俺は金欠なのだ。この前誰かさんのために一万円使ったせいでな。

 俺たちは食券を買い、食堂のおばちゃんから各々料理を受け取ると、それを手に世羅のもとに近づいた。世羅は食堂の片隅でひとり黙々と箸を進めていた。

 ひとりしかいなかったので、俺が誰を紹介しようとしているか、陰原もすぐに察したようだ。

 ここに来るまで割とまんざらでもない顔をしていたのだが、その途端みるみる表情がくもった。


「まぁいうまでもないと思うが、いちおう俺がおまえの友だち候補に推したいのが、隣のクラスの世羅綺羅々だ。その顔からして知ってるみたいだな」

「そりゃあいくら学校の人間に疎い私とて知ってますよなんせ世羅さんは有名人ですからね私の所感だと彼女は校内一のメスガキです生意気なうえにそのかわいらしいルックスや小さなボディーでたくさんの男子を虜にしてるものですから多方面おもに女子のあいだでたいへんなひんしゅくを買っています」

「メスガキって表現するのはなかなか斬新だったが、しかし言い得て妙だな。珍しくおまえの所感とやらに全乗っかりしてやるぜ」

「ええそれですから当然ながら気乗りしませんねたしかに同性のお友達がいたほうが何かと都合良いのですがだからといって世羅さんとそうなるくらいならいまと変わらずひとり教室の片隅でラノベを読んだりあとたまに春田くんの相手してあげてたほうがよほどましですよ」


 俺と話すときもそんな感覚だったのかよ。何から何まで上からだな。陰原こそメスガキ、いやメス陰キャラを名乗ったほうがいいんじゃねぇか。

 だがいったんそれはこらえて、陰原をなだめることにした。


「まぁまぁ。そうつれないこというなって。実際に話してみないことにはわからんだろうが。ワンチャンすげーいいやつかもしれんだろうが」


 陰原は冴えない顔をしている。

 俺はだめ押しする。


「それにせっかく条件絞って、探して、わざわざここまで会いに来たんだろうが。一度の飯くらい同席してもかまわんだろ」

「はぁまぁそこまで強くいうのであれば私も泣く泣く従いはしますけどもいざとなったら席を立てばいいだけですしその後は昼飯代を春田くんに請求すればいいだけですし最悪食べきれなかったら責任持って片付けてくださいね」

「なんで俺が責任持たなきゃいかねぇんだよ。自分でなんとかしろ。昼飯代もだ。ちなみにこの突っ込みは二回目だ」


 果たして話がまとまったといえるのだろうか。だがこうして世羅の目の前まで来たってことはきっとまとまったことになっているのだろう。俺は世羅に声をかけた。


「ここ座ってもいいか」


 その直後、世羅に凄まれてしまった。なんだかいやな予感がした。


「はぁ!? 勝手に座ったら!? あんたは新幹線の席を倒すとき、いちいち後ろの人に倒していいか訊くタイプの人!? そういうのほんとだるいからやめたほうがいいわよ!」


 うん。人のうわさってすげーな。うわさどおり超生意気なやつだったよ。


「そうか。今後は気をつけるよ」


 俺は頬を強張らせながらも、トレイを置いて椅子を引いた。陰原もものすごく煩わしそうに世羅のことを見下ろしていたが、一度はなかったことにしてやると決めたのだろうか、俺にならった。

 そうしてなんとも微妙な雰囲気で食事が始まる。

 がつがつ。もぐもぐ。

 ……。

 だが俺たちはただここに飯を食いに来ただけじゃない。陰原の女友達を作りに来たのだ。

 本来の目的を果たそうと思い、俺は勇気を出してふたたび会話を試みた。


「ところで世羅、で合ってるよな」

「そうよ世羅綺羅々よ! あたし有名人なんだから確認するまでもないでしょ! 馬鹿!」


 おおう……自分で有名人とかいっちゃうのか。そしてそんな簡単に人のこと馬鹿とかいっちゃうのか。

 こりゃあずいぶん調子こいてるな。

 世羅がテーブルを強く叩いた。


「黙ってないでなんとかいいなさいよ!」

「そんな有名人の世羅にいうのも気が引けるんだが」

「何よ!?」

「友だちほしいなーなんて思ったりしてないよな」

「はぁ!? そんなのほしいに決まってるじゃない!」

「ほしいんだ!?」


 まさか超生意気な世羅が、ここまで潔いとは思わなんだ。

 だがそれなら話は早い。

 俺は陰原の背中を押して、ここに来た目的を伝える。


「じつをいうと俺たちも、というかおもに陰原が友だち作りたいなと思って、世羅に声をかけたんだ」

「何よそういうこと!? だったらやぶさかではないわね!」

「じゃあオーケーってことでいいんだな」

「ただし! 陰原っていったかしら!? あんたはダメね!」

「え、なんでだよ」


 それじゃあいっちゃ悪いがここに来た意味がない。

 世羅は失礼にも陰原に指を突きつけている。


「だって見るからに陰キャラじゃない! 女の子なのに髪もぼさぼさでみっともないし! きらきらしてる私にはふさわしくないわ!」


 そこで陰原が箸を置いた。

 そこまでいわれちゃ黙っているわけにもいかなかったらしい。

 分厚いレンズ越しに、世羅をぎろりとにらむ。


「な、何よその目は!? 生意気ね!」

「そっくりそのままお返ししますよこちらからもいわせてもらいますとねあなたみたいなメスガキと仲良くするだなんて願い下げなんでしょいくら困ってるとはいえ私もそこまで落ちぶれちゃいないんですよそれから髪型についてもディスられましたがええたしかに私はオシャレには無頓着ですよそれでもですね世羅さんみたいに高校二年生にもなってツインテールにしてるようなあざといというか痛々しいといいますかそんなメスガキにだけは偉そうにいわれたくないんですよ」


 バキッと世羅が箸を折った。

 よほど腹に据えかねたんだろう。

 だが気持ちはよくわかるぞ。こんな長文で一気にまくし立てられたら誰だってむかつく。いやいや、さすがに言い過ぎだろってなる。


「むきーっ! 何なのよこいつ! ほんと頭にくるわね!」

「だからそれは私も同じ気持ちなんですよいい加減学習してくださいよもしかして学習能力が低いんですかだとしたら哀れですねそれとも教えてくれる友人やら家族やらが周りにいなかったんですかご愁傷様です」

「勝手に人を殺さないでよ! あんたほんとに友だち作る気あるの!?」


 一瞬間があった。


「もちろんありましたよただし向こうから友だちになってくださいとお願いされないかぎりはこちらも動く気なかったですけどねできれば園子様と尊敬の念を抱いてくれるような子だったら最高でしたね」

「そんなやついないわよ! 少なくともうちの学校にはね!」


 俺もそう思う。つうか世界中どこを見渡してもいなさそうな気がする。

 陰原自体なかなか癖があって、面白いやつではあるんだけどな。だが尊敬どうこうの話になると、まったくぴんとこない。

 そもそも陰キャラに尊敬するって構図自体成り立つのか?

 まだ飯の途中だったが、俺は席を立った。残念ながらこれ以上続けたところで、二人がくっつくことはないだろう。

 気まずい空気の中、飯を食うのもなんだし、ここで見切りをつけてべつの空いている席に移動しようとした。陰原にもそうするよう目で合図を送った。

 だがそこで「ちょっとどこ行くつもりなのよ!?」と世羅に引き止められた。


「まだ話は終わってないわよ!」

「え、だってすでに交渉決裂だろ。ならもうここに居てもしょうがねぇかなって。俺とのLINE交換はまた今度にしよう、な」


 もちろんそういっておいて、後でなぁなぁにするつもり満々だったが。あくまで俺は仲立ちだ。陰原を差し置いて、ひとりだけ仲良くするってのもなんか違う気がする。


「あんたの連絡先になんてちっとも興味ないのよ!」

「ええーっ!?」


 まさか向こうから断ってくるとは。想像だにしなかったよ。

 しかし俺のことがもうどうでもよくなったのなら、ほかにどんな用事があるってんだろうか。

 するとここで世羅が意外な言動を見せる。

 またもや失礼なことに、陰原に向かって人差し指を差しながら。


「前言撤回よ! あんたただの陰キャラかと思ったらなかなか良いキャラしてるじゃない! いいわ! 今日からあんたの友だちになってあげる!」


 なんてこった。

 まさか一周回って、俺と同じような思考回路になるとはな。

 偶然や奇跡を驚くべきなのか、はたまた陰原の秘めたる魅力的なやつを感心するべきなのか。

 わからんが、ひとついえるのは、そういわれた本人が非情に迷惑そうな顔をしているということだった。


「まったくもってありがた迷惑ですね仮にそれを受け入れるにしても対等な関係というわけにもいきませんからそれを踏まえたうえできちんと誠意を示してもらいたいものですね」

「具体的に何をすればいいのよ!?」

「いちいち人に訊かなければわからないのですか自分の頭で考える癖をいまのうちに身につけておかないと社会に出たときに詰むのではなかろうかと先が思いやられてしまいますがそれはそうとジュースでいいですよ」


 ジュースでいいのかよ。ああだこうだいってた割にはずいぶん軽いんだな。てっきり本当に園子様呼びを強いるのとばかり思ってたぜ。

 だが陰原にしてみれば、向こうからお願いされたって体裁を作れればいいので、内容はどうだっていいのかもしれんな。

 ジュースでいいと聞いて、世羅も弾けんばかりの笑顔だ。


「そんなのお安い御用よ! そうと決まれば、そこのあんた! いますぐに買ってきなさい!」

「なんで俺に命令すんだよ。自分で行けよ」

「ぐたぐた不満垂れ流してる暇があるなら足を動かしたら!? まったく、使えないわね!」

「ほんと腹立つな」


 癪に障ったが、けれどたしかにこんなくだらない押し問答を繰り広げるくらいなら、おとなしく使いっ走りになったほうが疲れなさそうだ。

 一万円の下着にくらべたらジュース代なんてたかがしれてるし、二人の仲も取り持つといった意味でもそうしてやるか。

 陰原と世羅を食堂に残して、俺は自動販売機のあるところまで向かった。

 お世辞にも二人の相性は良いとはいえんだろう。むしろ犬猿の仲になりそうな予感しかしない。

 たぶんジュースを買って、食堂に戻っても、打ち解けているどころか激しく罵り合いをしているに違いない。

 それでも本当によかったといえるんだろうか。

 わからん。

 ともあれあの陰キャラの陰原に、新しくというかきっと人生で初めて、同性の友だちができたのだった。

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