第28話 選抜

 ファティア達が王都についてからというもの、目まぐるしく情勢が動いていた。

 魔人たちによる襲撃は王国全土で行なわれたものであり、同時に十七の宝物庫が襲撃された。ファティア達の防衛していたエルドア神殿もその一つだ。

 王国では早急に事態を収拾するべく対策部隊が発足した。そこに現れたのがアクアクリスタルを携えたファティア達だった。

 当初は襲撃の関係者として厳しく監視されたが、ティオイラの犯行や襲撃の全貌が明らかになるにつれ、態度は一変した。一転して、英雄のような扱いを受け始めたのだ。

 どこの神殿も襲撃の傷が癒えぬ状態で、王都への報告は遅れていた。その中でファティアはいち早く王都に到着し、そして襲撃者たちの目的を明らかにする証言をすることができた。それは対策部隊にとって大きな情報だった。

 その後、ファティア達は客人として扱われ、王都に滞在していた。ファティアとしてはまだ混乱しているはずのエルドア神殿に早く戻って復旧の手伝いをしたかったのだが、王都のワルキューレ大隊長より待機の命が下され、やむを得ず王都に滞在していたのだ。


「魔人による襲撃はこれからも続く……それが対策部隊の結論だそうです」

「ふーん」

 ファティアの言葉に、エルドはつまらなそうに返事をする。干し肉をかじりながら、まだ日も明るいというのに酒を飲んでいた。

 二人がいるのは応急の敷地内にある詰所の一室だった。詰所という事であまり華美な内装ではないが、一応は客人のためのものらしくそれなりに快適に過ごすことが出来る。ファティアとエルドは別々に部屋をあてがわれていたが、時間を見つけてはファティアはエルドの部屋に通い、日々耳にした情報を交換しているのだった。

「ふーんじゃありませんよ! 食堂で聞いた噂じゃ、遊撃部隊が組織されるらしいです。それも、ワルキューレを主力とした」

「それにお前も動員されるって?」

「そうなんですよ! だからそのために私はここに待機させられているとか……そんな、私まだ三年生なのに」

 そういうファティアの襟元には階級章がつけられていた。ワルキューレとしては最下位だが、正式な三等の徽章だった。

「よく分かんないけど、出世したかったんだろ? 願ったりかなったりじゃないか」

「もう、他人事だと思って……大体滅茶苦茶なんですよ。宝具関係の機密に触れていいのは正規のワルキューレだけ……だから日付をさかのぼって私は襲撃のあったその日に昇進したことにされたんですよ。こんな滅茶苦茶なことするなんて……」

「でもそうじゃなかったら逮捕されるんだろ? 豚箱か出世かなんて、選ぶまでもねえじゃねえか」

 愉快そうに言いながら、エルドは酒の入ったカップをあおった。空になったそれに次の一杯を注ぎながら、欠伸をする。

「魔人の襲撃ねえ……あのカニーバみたいなのがたくさんいるってことか」

「そうみたいですね。防衛に成功した所もあるけど失敗した所も少なくないそうです。正確な数は教えてくれませんでしたが……うちはアクアクリスタルを持ち出したのが、結果的には良かったみたいです」

「あのおばさん……ティオイラだっけ。あいつのおかげだな」

「策士策に溺れる……そういうことですね」

「でもよ、結局見つかってないんだろ?」

「ええ。それは気がかりなんですが……」

 ファティアの一撃で昏倒したはずのティオイラだったが、ファティア達がカニーバを倒しその場所に戻った時には姿を消していた。ワルキューレの命ともいえる槍はそのままに、ティオイラは忽然と姿を消していたのだ。

「仲間の魔人の所に逃げ帰ったんじゃないのか」

「そう思いますけど……カニーバの言い方じゃ、仲間の魔人は三人だけ。セスチノ、ブッコーラ、リューゲンだけだったみたいです。だと考えるとカニーバたちにはもう魔人の仲間はいなかった。ティオイラの帰る場所もなかったんじゃないですかね」

「じゃあ一人で逃げたのか。汚名を背負って……難儀なことだな」

「自業自得です……でも、やろうとしていたことは、分からないではないです」

「ふん? 同情でもするのか」

「そういうわけじゃないですけど……ワルキューレの扱いが軽いっていうのは昔から言われてたことです。私も修練所に入る時は親からさんざん言われましたもん」

「それでもなるなんて、お前も物好きだな」

「だって……女じゃ騎士になれるのは本当に一握りですからね。よほどの名家の令嬢でもない限り……でもワルキューレなら、なれる確率は高い」

「その夢がかなった感想は?」

「全然実感なんてありませんよ……ティオイラとの戦いは頑張ったけど、魔人相手には全然でしたからね。いきなり三等ワルキューレなんかになっちゃって。私、どうなるんだろう。ワルキューレになるのは夢だったけど、いきなり戦地に行くのはちょっと想像していなかった」

「ティオイラみたいになるなよ」

「なりませんよ! でも、まあ、ワルキューレの待遇改善は今後の課題かもしれませんね」

 そんな事を二人で話していると、ドアをノックする音が聞こえた。今は食事や風呂の時間ではない。用意が出来た時に呼びに来るくらいで他に尋ねてくる人はいなかったが、何かあったのかとファティアとエルドは顔を見合わせる。

「どうぞ」

 エルドが酒のコップを置いて答えると、ドアを開いて一人の女性が入ってきた。後ろには荷物を持った付き人がいる。

「失礼。ワルキューレ、ファティアとその従者、エルド。相違ないか」

「……ああ」

「はい。私がファティアです」

「うむ。私はワルキューレ大隊長補佐、リンゲル。二人に申し伝えることがある」

「はい……何でしょうか」

 大隊長補佐という肩書を聞いて、ファティアの背筋が伸びる。それを見てエルドも一応背筋を伸ばすが、息が酒臭いのはどうにもならなかった。

 リンゲルは付き人から書簡を手渡されると、それを開いて読み上げ始めた。

「この度の襲撃では王国の十七か所が襲われ被害を受けた。奪われた宝具は七つ。魔人たちはいずれも逃走中であり、現在特別部隊を編成し追跡に当たっている。編成にあたっては機動力に優れる第四師団及びワルキューレ大隊から人員を選抜し対応することとなる」

 リンゲルはそこでいったん言葉を区切り、ファティアの反応を見るように視線を動かす。ファティアはどう反応するべきか分からず、目をしばたたかせた。

「選抜においては実績を重んじるものとする。階級によらず、能力の優れるもの、普段より高い成績を残すものを選抜する。一国の大事であるため、その対象は修練生にも及ぶものとする」

「修練生にまで?」

 ファティアが小声でつぶやく。リンゲルはちらりと視線を向けるが、また書簡に目を戻す。

「以上の理由により以下の者を遊撃隊に選抜するものとする。三等ワルキューレ、ファティア。及び、従者エルド」

「は?」

 エルドが思わず聞き返すと、リンゲルはごほんとせき払いをして続ける。

「以上が指令の中身だ。理解できたかね?」

「えっ……私、遊撃隊に選抜されたってことですか?」

「その通りだ。我が大隊からも選りすぐりの戦士たちが選抜されているが、君も実績が評価され選抜された。君の奮闘に期待する」

「えっ……あ、はい……謹んでお受けいたします」

「おい、ちょっと待てよ。どうなってんだ」

 口を挟んだのはエルドだった。狼狽した様子でリンゲルに尋ねる。

「誰が従者だって? おい、聞いてねえぞ! どうなってんだよ!」

「む? 違うのかね、エルド君」

「違う違う。俺はなりゆきで強力はしたけど、別にこいつの従者なんかじゃねえよ! おいどうなってんだよファティア!」

「え、それは、あの……」

 視線を泳がせながらファティアが答える。

「私と一緒の理由です。一般人が宝具なんかに関わっちゃいけないから、普通なら投獄されちゃうんです。気息で。でもそうならないようにする方法が一つあって……」

「それが、従者だっていうのか?」

「はい。私が三等ワルキューレになったのと同じ理由で、エルドさんも私の従者だったという事に。そうすれば今回の件でも問題は生じない……だから、あの、勝手になんですけど従者だったという事に」

「はあ?!」

 エルドの言葉に、リンゲルは眉をひそめて言う。

「ふむ……合意した内容ではなかったのか。それは困ったな。もう書類上は手続きが進んでいるし、君が従者でないというのなら……」

「いうのなら……なんだよ?」

「豚箱行きだ」

「な……?! なんだよ、そりゃあ! 俺はもう関係ねえぞ! 金をもらって帰って遊んで暮らすんだ。魔人とやり合うなんざもうこりごりだぜ!」

「でもエルドさん……選ぶまでもないんじゃないですか。豚箱か、出世か」

 さっき自分が言った言葉を返され、エルドは諦めた表情を見せる。

「くそ……謀りやがったな?!」

「だってしょうがないじゃないですか! 私と一緒で、投獄を免れるにはそれしかなかったんだから! それに、助けてくれるんじゃないんですか、私のことを?」

「ぐ……」

 ヴァーゴに願ったこと。それはファティアを助ける事だった。その効力はまだ有効で、エルドはそれを履行する必要があった。

「くそ……やるしかねえのか……」

「そうですよ。一国の大事です。一緒に頑張りましょう!」

「ふむ……では、話はまとまったようだな。近日中に詳しい指令を伝える。それまでに出立の準備をしておきたまえ。必要な物は用意させる」

「は、はい! 了解しました」

「ではファティア、エルド。武運を祈る。王国の為に」

「王国の為に」

 そう言い残しリンゲルは部屋を出ていった。気を張っていたファティアは、へなへなと椅子に座り込む。エルドもぐったりとソファにもたれかかる。

「なんだよそれ……俺は金をもらって帰るつもりだったのに……」

「もう諦めてください。物事は動いているんですよ」

「うるせえ! 大体ファティア、お前まだ金を支払ってねえだろ!」

「お金? 何のことでしたっけ」

 素知らぬ顔でファティアが言う。

「ふざけんな! 一銀セドニ二十万円だよ! 王都についたら何とかするって言ってたじゃねえか! 今すぐ払え!」

「えーお金は……まあここの宿泊費とか、食い散らかしている飲食代とか、そいういうので現物支給って言うか……」

「寝言言ってんじゃねえ! 金を出せ! 今すぐ!」

「はいはい分かりました。ちゃんと用意しておきますよ!」

 ファティアは立ち上がり言う。

「今度の任務が終わったらね」

「なぁにぃ! ふざけんな!」

 エルドは吠えるが、ファティアは気にせず部屋を出ていった。エルドに見えないように、舌を出しながら。

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ワルキューレと石腕の従者 登美川ステファニイ @ulbak

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