第24話 最期の願い

「はははは! だいぶいい焼け具合になってきたじゃないか、エルド!」

 手の平で炎を弄びながらカニーバが言う。周囲の物見台や屋台からも火の手が上がり、一帯は火に呑まれつつあった。

 その炎の中で、エルドは体から煙を上げながらようやくと言った様子で立っていた。何度もカニーバの炎に焼かれ、しかしヴァーゴの力で無理矢理再生し、傷に傷を重ねながらエルドはカニーバと戦い続けていた。

「くそ……調子に乗りやがって」

 エルドは右腕を風撃破衝鉱に変え、圧縮された空気をカニーバに向かって撃ち出す。

 四発の風撃が炎を食い破りながらカニーバへと猛進する。だがカニーバの余裕の笑みは変わらない。左手の指を一本立てて、周囲の炎を操る。

 炎はすぐさま十重二十重の障壁となり、カニーバを包む。風撃はその炎の壁を貫き吹き飛ばしていくが、それも途中までで遮られてしまう。風が収まるとともに炎の壁も消え、カニーバの笑みがエルドを捉える。

「もう諦めた方がいいんじゃないか、エルド。それとヴァーゴ。お前さんの力は興味深いが、しかし俺にはかなわない。セスチノ、ブッコーラ、リューゲンは所詮三流の魔人だ。あいつらを倒したのは見事と言っておくが、それでもお前は二流で、俺は一流だ。勝ち目はないぞ」

「ぬかせ、くそ野郎! ぬがあぁっ!」

 エルドは歯を剥いて獣のように吠えた。そして右腕を紫の刃に変え、カニーバに向かって駆け出す。

「何度繰り返しても同じだよ」

 呆れたような表情でカニーバが言う。そして互いの右腕を繋ぐ鎖を、カニーバが思い切り引く。

「ぬうぅっ!」

 これで何度も姿勢を崩されてきた。しかし今度はエルドはその力に逆らわず、力に合わせて前に飛んだ。一瞬、カニーバが驚いたような表情を見せる。

 鎖を引かれて加速した体で、さらに地を蹴って前に出る。右腕を振りかぶり、カニーバの喉元へと……。

 乾坤一擲の斬撃は、刃は鱗に受けられて止まった。カニーバが左腕を前に出し、紫刃を受け止めたのだった。鱗には傷一つはいらず、血も流れない。エルドはそのまま圧し斬ろうと力を込めるが、泰然とした様子のままカニーバは左腕を払ってエルドを吹き飛ばした。

「ぐっ……くそう……」

「分かっただろう、エルド。お前じゃ俺には勝てない。中途半端にヴァーゴの力が使えるようだが、それじゃ駄目なんだ。俺の鱗一枚すら切ることはできないぜ」

「うるせえ……その首、ぶった切ってやる……!」

「ふふふ……その気骨は認めるがな。もう一度聞くが、俺と友達になるつもりはないか、ヴァーゴ? お前が人間の世に興味がないのは分かった。しかしこんな所で死ぬなんてつまらないだろう? エルド、お前もそうだ。どんな成り行きであのワルキューレの女と知り合ったのかは知らないが、一銀セドニ二〇万円ぽっちで命を捨てるなんてどうかしている。つまらない意地は捨てて俺の友達になれ」

「友達……だと?」

「そうだ。対等な関係さ。俺はもう魔界に戻ることはできないだろうからな、この人間界で生きるしかないんだ。辺境の地で魔獣と一緒に暮らすのも悪くはないが、どうしても出世欲というのは捨てられない。俺の性分なんだ、これは」

 カニーバが倒れ込んだエルドに歩み寄っていく。そして右手をエルドに向かって差し出す。

「その為には仲間は多い方がいい。それも強い奴が。ヴァーゴの力をうまく使い、もっと強くなれる余地があるはずだ。そのために俺も力を貸そう。エルド、ヴァーゴ、俺の友達になれ」

 エルドは肘をついてゆっくりと上体を起こし、そして右手をカニーバの手へと伸ばす。だが、握るのではなかった。紫刃に変えた指先で、カニーバの手に斬りつけた。手の平の鱗が切れ、カニーバの血が飛び散る。

「うるせえぞ、くそったれ。何度言われてもお前の友達になんかなるかよ」

「ふむ……何故そう頑ななのだ? 分からんな? 何の得がある。それとも……あの女が理由か?」

 カニーバは切れた手の平を指でなぞりながら、不思議そうにエルドに聞いた。

「あぁ? 女だと?」

「ああ、あの女だ。ティオイラというのが言っていたな。確かファティア……懸想でもしているのか」

「うるせぇ! あいつは関係ねぇ! こいつは……俺とお前の喧嘩だ……!」

「喧嘩か。喧嘩はもう終わったんだよ、エルド」

 カニーバが左手の指をパチンと鳴らす。それを合図に、周囲で燃え盛っている炎がカニーバの周囲に集まってくる。炎はカニーバの体に沿うように形を変え、巨大な鎧のようにその身を包んだ。

「さようならだ、エルド、ヴァーゴ」

 カニーバが右手をエルドに向ける。そしてその手を包む炎が勢いよく噴出し、エルドに襲い掛かる。

「ちいっ!」

 エルドは紫刃の手で炎を払うが、斬り裂いても炎は途切れずにエルドに襲い掛かってくる。まるで意志を持つ蛇のように。そして炎の先端が牙のように大きく開き、エルドの体を呑み込んでいった。

「ぐおおぉぉっ!」

 全身を包む炎。耐えがたい熱と痛み。エルドはたまらずに手足を振り回すが、炎は纏わりついて消える事はない。

「悪いな、俺は楽に死なせる方法を持ってないんだよ。せいぜい早く死ぬように、火力を上げる事しかできない」

 カニーバはそう言うと、エルドを包む炎に向かって魔力を注ぎ込む。火勢は更に強くなり、エルドの体を激しく燃やしていく。

「うおおおぉ!」

 炎が破裂し、エルドの体が露わになる。すぐにその空間を炎が埋めていくが、それよりも早く炎が内側から引きはがされていく。右腕の風撃が炎を吹き飛ばしていた。

「うぅ……」

 炎が消え去ったが、しかしエルドは倒れ込んで動けなくなる。何とか手を伸ばして前に進もうとするが、その体を動かすだけの力はすでになかった。

「何だ、生焼けじゃないか。それじゃあ苦しいだろう」

 カニーバが同情するように言った。エルドの全身はひどい火傷になってただれていた。髪も服もほとんどが燃えてしまい見るも無残な姿だった。目さえ熱で煮えほとんど見えなくなっていた。その耳も、もはやカニーバの声を聞くことはできなくなっていた。

「エルド」

 そんなエルドの耳に響く声があった。いや、正確には耳ではない。その奥、頭の中に直接語りかけてくる。ヴァーゴの声だった。


 くそ、なんだってんだ。人が死にそうなときに。

「その通りだ。このままではお前は死ぬ」

 言われなくても分かってるよ。このカニーバとかいう奴の炎は厄介だ。俺の力じゃあ……お前の石の力だけじゃ勝てそうにない。

「願いはないのか」

 願いだと? 忙しい時にふざけてるのか、お前は。

「このままお前が死ねば、我は元の腕輪に戻る。そうなれば次に人に見つかるのはいつになるか分からぬ」

 川の底で寝てろよ。こっちは、本当にそろそろ死んじまいそうだ。

「願いを叶えれば、我は元の姿を取り戻せる」

 そりゃあよかったな。俺はどうなるんだ?

「お前は死ぬ。全ての寿命を失って、死ぬ」

 結局死ぬんじゃねえか。意味がないぜ。

「だが我は本来の姿を取り戻せる。そうすればあのカニーバにも負けることはない。お前の仇を取ることも出来るだろう」

 その為に死ねってか? 調子のいいこと言いやがって。大体、自由になったお前がそんな約束を守る保証がどこにある。

「無いな。しかし、信じろ」

 人の足元見やがって。ふざけるなよ、お前。だが、願いか……。

「願え、エルド。人は願いの為に生き、願いの為に死ぬ。その時生まれる力は、膨大なものとなるのだ」

 願い……願いね……。そうか、一つだけあるぜ。

 俺の、願いは……。

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