第22話 誇り

「いい加減うっとおしいのよ、ファティア!」

 舌鋒と同じく鋭い突きがファティアを襲う。ファティアは辛うじて槍で受けるが、その手は強い衝撃に痺れていた。同じ程度の体躯にもかかわらず、ティオイラの攻撃はファティアのそれよりもはるかに重い。

「そっちこそ諦めなさい! 絶対に、負けない!」

 だがファティアは負けじと声を張り上げ、己を叱咤するように言った。槍と槍がぶつかる。ティオイラの方が優勢だが、それでもファティアは追いすがるようにティオイラの動きについていく。まるで演武のように、攻撃の速度は増していく。

「生意気なのよ、お荷物のくせに!」

 ティオイラが踏み込み、足を前に出す。その動きでファティアは動きを止められる。ティオイラの足がファティアの爪先を踏んでいた。

 何が起きたのかをファティアが把握する間もなく、ティオイラの右肘がファティアの顔に迫る。

 卑怯者め! 心の中でそう叫びながら、ファティアは歯を食いしばり衝撃に備える。

 がつんと頬を打たれる。衝撃が頭の芯にまで響く。一瞬よろめくそうになるが、ファティアは耐える。

 続けざまにティオイラの膝が跳ね上がり、ファティアの胴に襲い掛かる。だが今度は槍を前に出し、柄で攻撃を受ける。

 距離を取ろうとファティアが槍を掴んだ両手を突き出すと、鍔迫り合いのようにティオイラも槍を押してくる。二人の力はほぼ互角。一進一退の力比べが続く。

 ティオイラの顔が一瞬動いた。咄嗟に、ファティアは顔を横に逸らす。すると頬に当たるものがあった。またティオイラの目つぶしだった。

 教官だったティオイラへのあこがれ……その名残さえも消えていく。卑怯で汚い戦い方。そこにはワルキューレの誇りはない。断じて負けるわけにはいかない。その強い気持ちがファティアに力を与える。

「うぅあっ!」

 槍に力を込めたまま、頭を前に出して思い切り頭突きをする。それはティオイラの額に直撃する。鉢金で守られてはいるが、衝撃がティオイラの体を後ろに揺らめかせる。

 勝機を感じ、ファティアは槍で突きかかる。受けられても連続し攻撃を続ける。息をもつかせぬ速度で仕掛け続ける。

 だがティオイラは焦る様子もなくその攻撃を受け、捌き続ける。頭突きの余韻も消え去り、隙の無くなったティオイラが反撃に転じる。

 より速く、重く。修羅のように睨みつけるティオイラの瞳がファティアの動きを捉える。

 ファティアは先ほどよりも速くなっていく攻撃に、次第に手が遅れるようになってきた。僅かずつ攻撃がその体を掠り始め、後ろに押されていく。

「うあっ!」

 先に耐えられなくなったのはファティアだった。ティオイラの槍の石突がファティアの胴を打つ。浅い一撃だったが、調子を崩されてファティアは体勢を崩す。

 その隙を見逃すティオイラではなかった。

「死になさい!」

 即時に魔法陣が展開され、そして注がれる魔力が風を生む。激しい波濤のように荒れ狂う暴風。

「ゲイルブロウ!」

「くっ、シールド!」

 至近距離から放たれた颶風ぐふうをファティアはシールドの魔法で受ける。魔法を相殺する膜がファティアの前に展開されるが、それをティオイラのゲイルブロウが引き裂いていく。

「きゃぁあっ」

 ファティアの小さな体が宙に舞う。槍を取り落とし、そして激しく地面に叩きつけられた。

 ティオイラは乱れた髪を手でとき、軽く息をついてからファティアにへと歩み寄った。

「三年生にしてはよく頑張った……見直したわ、お荷物さん。でもこれが限界よ。あなたと私では修練の量が違う。人生の半分以上をワルキューレとして戦いに費やしてきた私に、あなたがかなうはずがない」

 ファティアはその声を聞きながら、なんとか立ち上がろうとした。離れた位置の槍に手を伸ばすが、しかし、腕を伸ばすことさえできない。ゲイルブロウの強力な衝撃が体を痺れさせていた。

 そんなファティアの手を、ティオイラは槍の石突で押さえつける。

「一度だけ考え直す機会を上げる。私達の仲間になりなさい。そうすれば全て水に流してあげる。そしてあなたは、宝具を守り抜いた英雄になれる」

「何を、馬鹿な……」

 考えるまでもない問いだった。自分が悪に加担するなど考えられない。誇り高いワルキューレであれば……どうするというのだろうか。その先のことに、ようやくファティアは気づいた。

 このままでは殺される。それは間違いない。それをティオイラは救ってやろうと言っているのだ。何を考えているのか分からないが、最後の機会というのはそうだろう。

 このままティオイラの言葉を突っぱねても、待っているのは死だ。ならば……生き残るためにはその機会に縋るしかない。

 だがそれでいいのか。ファティアは自問する。命惜しさに、誇りを捨てて悪に下っていいのだろうか。それは否だった。断じて否だ。

「ふん……やっぱりお荷物ちゃんはきれいごとが好きみたいね。実より名を取るのかしら? だったら、別にいいわ。このまま殺してあげる。王都には……そうね、あなたは魔人に加担して宝具を持ち去ったけど、私によって成敗された。そういう事にしておいてあげるわ。あなたの実家もお取り潰しでしょうね、ふふ……」

 楽しそうにティオイラは微笑み、ファティアの手を押す石突に力を込める。ファティアは痛みに動くことさえできず、歯を噛んだ。

「この……性悪女」

「ふふふ、下品な言葉を使っちゃだめよ、お嬢様」

 ティオイラはそう言い、ファティアの脇腹を強く蹴り上げる。衝撃でファティアは横に転がっていく。

「さ、どうやって死にたい? 魔法で切り刻まれたい? それとも槍で一息に殺してほしい? 最期くらい選ばせてあげる」

 嗜虐的な笑みを浮かべ、ティオイラが問いかける。ファティアは涙の浮かんだ目で、ただ睨み返すことしかできなかった。

「あら、その前に……」

 ティオイラはファティアの腰の袋に槍を向ける。腰に結ばれた紐を切り、そして器用に槍の切っ先で引っ掛け手元に投げ上げる。そして中身を確認する。

「アクアクリスタル……こんな石ころにどんな力があるのか知らないけど、価値がある事は疑いようがない。よく頑張ったわね、ファティア。これをちゃんと無傷でここまで届ける事が出来て……」

 ファティアの手がティオイラの脚をつかむ。最後の力を振り絞るように、その手に力を込める。

「返し……なさい。それはこの国の宝……」

「田舎の神殿で埃をかぶってるだけの石が宝? 冗談じゃない。これが何をしてくれるの? 私達を助けてくれた? そんなことは一度だってない。おとぎ話に過ぎないのよ、所詮は。この国の王族と一緒で、そこにいるだけで何の価値もありはしない……」

 ティオイラはそういい、ファティアの手を足で払った。

 ファティアは喘鳴のような吐息で、反撃の方法を考えていた。

 もう一度やりを取って戦う。とても無理だ。純粋な技量が違う。悔しいが、教官を務めるティオイラに槍術で勝つことは困難だ。

 では逃げるか。それも無理だった。傷ついた今の体では逃げ切ることはできないだろう。

 なら残る一つの方法は……魔法だ。魔法を使えないと思っているティオイラの不意を突き、魔法を叩き込むことが出来れば勝つことが出来るかもしれない。

 魔法とは理論だ。その理論は既に学んでいるし、シールドだけなら使うことも出来る。感覚は分かっているのだ。あとは、実践するだけ。

「さあ、どう死にたいか決まったかしら?」

「……決まったわ」

 ファティアはゆっくりと体を起こし、そして片膝をつく。槍までは遠い。それが分かっているから、ティオイラも余裕の表情でファティアを見ている。

「私は……死にたくない」

「何ですって?」

「こんな所で、死んでたまるもんですか!」

 ファティアの右腕が動き、ティオイラに向けて跳ね上がった。ティオイラは反応し槍で体を庇う。だが、何かが槍をすり抜けてティオイラの顔にぶつかる。小さな石だった。

「くっ?!」

 一瞬視界を奪われ、たまらずにティオイラは距離を取る。

「やってくれるじゃない、ファティア。少しは戦場の戦い方が身についたみたいね」

「黙れ、悪党! 私は、お前のような自分勝手な悪を絶対に許さない!」

 そしてティオイラは気づいた。手に持っていたはずの袋が、ファティアの手にある事を。今の一瞬の間に、ファティアが奪ったのだった。

 ここからは、一か八だった。

 ファティアは攻撃魔法用の魔法陣の使い方をまだ知らない。基礎的な理論は知っているが、知っているだけで使えるわけではない。だが、魔法を行使するもう一つの方法がある。宝具のように、内部に魔法回路が刻まれたものに魔力を注ぎ込むことだ。槍に魔力を注いで、シールドを起動するように。

 やるしかない。

 ファティアはそう決意し、残り少ない体力とともに、魔力を宝具、アクアクリスタルへと注ぎ込んだ。

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