第20話 炎鎖

「風撃破衝鉱!」

 エルドの右腕が別の鉱石に姿を変える。六角形の空洞の柱のようなものが内側からせり出し束のようになる。内側で風が鳴り、そして勢いよく圧縮された空気を噴き出した。

 噴き出した風はまっすぐに炎の竜巻に向かい、そしてぶち当たる。竜巻は途中で千切れ、そして一気に勢いを失って雲散霧消する。

「ほう。そうやって防ぐのか。じゃあこいつはどうだ?」

 カニーバが腕をまっすぐにエルドに向ける。伸ばされた指先に炎が集まり、そして何らかの形を成していく。

「止めてみろ、この炎鎖!」

 カニーバの指先から炎が放たれる。炎は鎖の形になり、そして一気にエルドに向かって伸びていく。

「そんなもん!」

 エルドは風撃で迎え撃つ。右手から勢いよく風が打ち出されるが、しかし鎖は空中で軌道を変え、風撃を避けるように蛇行して進む。

「何っ?!」

 予想外の動きに反応が遅れ、エルドは右腕で炎鎖を受ける。すると、それは腕で焼け付き、食い込み、エルドの動きを拘束する。

「おっ、引っかかったなあ!」

 カニーバは嬉しそうに言い、思い切り炎鎖を引く。その動きでエルドの体は引き寄せられ、まるで人形のように宙を飛んでいく。

「ぐおおぉぉっ!」

 エルドは宙を舞い、そして地面に叩きつけられそうになる。すんでの所で地面に向かって風撃を撃ち出し、反動で地面にうまく着地する。

「はははは! やるじゃないか、エルド!」

「くそ、舐めやがって! この鎖を外しやがれ!」

 鎖は右腕に深く食い込み外れない。腕を振るった程度ではびくともしないようだった。左手で外すことも考えたが、炎鎖は言葉通りに燃えた炎の鎖だ。生身のままの左手では触れる事さえ難しい。外すことなどできなさそうだった。

「おいエルド! 話をしないか!」

 十ターフ一八メートル程の間隔をあけ、エルドとカニーバは向かい合っていた。突然のカニーバの言葉に、エルドは不審げな視線を向ける。

「話だと? そういうのは鎖を外してからやるもんだぜ!」

「外したらお前、殴りかかってくるだろう。このままがいいのさ。それで、どうだ? お前、こっちに来ないか」

「何だと?!」

「お前のことはよく分からないが……どうも魔人の力が混ざっているな? 面白い奴だ。セスチノたちが殺されたのも分からんではない。お前なら戦力として十二分だ」

「お前、馬鹿か? 自分を殺そうとしている奴の仲間になんてなるわけがないだろう」

「そう言うなよ。こっちも三人減って人手不足だからな。強い奴はいくらでも欲しい。あの女にはいくらで雇われているんだ? それとも何か特別な約束でもあるのか」

「……金だ」

「いくらだ。その倍出すぞ」

「……一銀セドニ二〇万円だ」

「一銀セドニ? それっぽっちで、お前さん俺達と切った張ったやってんのか?!」

 心底呆れたようにカニーバが言う。エルドは渋面を作りながら答える。

「うるせえ! 成り行きだよ! というか先に手を出してきたのはお前たちだからな! 今更仲間にだなんて虫が良すぎるんだよ! 倍の金もらったってやだね」

「なら一〇倍だ。二〇倍でもいいぞ」

「なっ……?!」

 カニーバの言葉にエルドの心が揺れる。一〇銀セドニ二〇〇万円といえばほとんどエルドの年収に相当する。それだけあれば文字通り一年間は遊んで暮らせる額だ。だが……エルドの渋面は変わらない。険しい表情でカニーバを睨む。

「あの女の計画には俺達魔人も必要だ。襲撃役としてな。適当に襲って、それでやられたふりをする。あの女は、最後は本当に俺達を殺すつもりのようだが……まあその時はやり返すさ。細かいことはどうでもいい。宝具が手に入る。そうすれば人の世などいかようにも出来る。支配することだってできる。楽しそうだとは思わないか」

「思わんな」

 エルドではなく、ヴァーゴが答えた。エルドは黙ったまま、左腕の様子を見守っている。

「何? 誰だ?」

 カニーバは不思議そうに周囲を見回す。だが他には誰もいない。観光客も今では逃げ去って誰もいなくなっていた。屋台も空だ。

「腹話術か? 面白くないぞ」

「我は我である。名を石腕のヴァーゴ。故あってこの男と共に生きている」

「何、ヴァーゴ? 魔人なのか?」

 小首をかしげながら、カニーバはエルドを凝視する。

「お前……そうか?! 魔人憑きだな! 追放された魔人の中には人間に取り憑くしかない奴がいると聞いた事があるが……そうか、お前みたいなのを魔人憑きというのか! 合点がいった!」

 納得したとばかりにカニーバは大きく頷いて見せる。

「そのヴァーゴとやら、さっきは思わんと言ったな。同じ魔人として聞く。何故そう思う」

「我はかつて公爵として魔界に列せられていた。いくつもの国を治め、部下を従えていたが、待っているのは些末な雑事ばかり。一兵卒として暴れている方がよほど楽しい」

「公爵? 爵位持ちの貴族なのか、あんた?! こりゃあ驚いた! 公爵と言えばずいぶん昔になくなった制度だが……その時代の魔人とはね。まだ生き残りがいたのか」

「最近の魔界のことは知らぬが、世の理は変わらぬ。将になろうと、王になろうと、我には意味がない。何も面白いとは思わぬ」

「ふむ……公爵様は随分とやんちゃなんだな? だが考え方を変えてみろ? 別に引きこもっている必要はないんだ。あんたが王なら、勝手に規則を作れる。自分のやりたいやりたいようにすればいいんだ! あんたが窮屈だったのはカビの生えた古い世界に自分を合わせたからだろう? そんな事をする必要はない。この世界は、好きに生きていいんだ!」

 熱弁するカニーバの言葉にヴァーゴは耳を傾ける。

「ふむ、確かに……」

「おい、てめえら! 人間様をさしおいてくっちゃべってんじゃねえぞ!」

「なんだ、エルド。お前とヴァーゴの人格は完全に別なのか? ややこしいな」

「うるせえ! ヴァーゴ、何を言うかと思えば説得されそうになりやがって。すっこんでろ。こいつは俺の喧嘩だ。俺はお前が気に食わない。それだけあれば理由としては十分だ」

「ほう? 俺の何が気に食わない? 確かに人間のことなど俺にとってはどうでもいいが……お前は特別扱いしよう。魔人憑きだからな。ヴァーゴとも親しくなりたい。稀有な友人となるだろう」

「うるせえ! 天下取りなら魔界とやらでやりやがれ! なんでわざわざ人間の世界でやるんだよ! 筋がおかしいだろうが!」

「んむ……それはだな……」

「お前も追放されたのか、カニーバとやら」

 ヴァーゴが問いかけると、カニーバは鼻の頭を掻きながら答えた。

「まあそうだ。色々あったが、俺は反乱を起こしたが失敗し、それで魔界から放逐された。それで流れ流れて……今では人間のお仲間さ」

「負け犬め」

 ヴァーゴの辛らつな言葉に、カニーバは眉を顰める。

「……あんただって同じだろう、ヴァーゴ。とやかく言われる筋合いはないな」

「筋合いはないが、言わせてもらう。我とお前は違う。我は謀略により人間界へと下ったのだ。謀略というのは我の最も苦手とするところ。殴り合いなら一〇〇年でも続けて見せるが、はかりごととなるととんと頭が痛くなってな……とにかく、我は負けたわけではない。少なくとも、我の認識では」

「そういうのは屁理屈って言うんだよ、ヴァーゴ」

「屁理屈でもどうでもいい。我は我である。余人の考えなど知ったことか。お前は負け犬だ。我の定義によればな。純粋に力が及ばずに放逐された。それは恥だ。最も唾棄すべきだ。にもかかわらず、魔界へ戻ろうともせず人間の子飼いなどに収まっているなどとは……なんとも惰弱な精神だ。恥を知れ」

「ほう、言ってくれるじゃないか、ヴァーゴ……」

 カニーバが左手に炎を集め始める。今までよりも白く、強い熱気を帯びた炎だった。

「友達になりたいというのは取り消そう。俺もお前のことが気に食わなくなってきた。俺も俺の定義で認定するぜ……お前は敵だ。殺してやる」

「けっ! 魔人同士で口喧嘩かよ……上等だ! こっちこそてめえを叩きのめしてやる!」

 エルドがヴァーゴの代わりに答え、カニーバと改めて相対する。

「燃えて、死ね」

 蟹バーの左手が動き、炎の弾が放たれる。その速度は今までのものよりも早く、まるで矢のような速度で飛んでいく。エルドはそれを風撃で撃ち落とそうとするが、炎鎖を引かれ姿勢を崩す。

「うおおぉっ?!」

 エルドの体に向かって炎弾が飛来する。だがエルドは咄嗟に地面を蹴り自分の体を炎鎖の引かれる力にゆだねる。エルドの体は勢いよく飛び、そしてぎりぎりの所で炎弾をすり抜けていく。

「器用な奴だ。だがこいつはどうかな?」

 カニーバの左手の指先に火がともり、それぞれが小さな炎弾に変わっていく。五つの炎。エルドは厄介なものを見るように睨み、そして舌打ちをした。

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