第19話 物事の本質

「これは必要な事なのよ、ファティア」

 子供を諭すように、ティオイラが言う。優しげな笑みを浮かべたまま。

「ワルキューレの待遇は余りにもよくない。国のために戦っていても、男の兵士と比べれば軽んじられている。死んでも、その保障には雲泥の差がある。日々の食事でさえ格差がある。あなたは感じたことはない? この国の中での、私達の扱いが軽いという事を……」

「……どういうことですか?」

「修練中のあなたではまだ感じる事は少ないかもね。でも教官になってからはよく分かる。実際の戦争に従軍すれば明らかになる。厳然たる格差を。私達は軽んじられ、消耗させられ、そしてしょせんは慰安婦程度としか考えていない男が多すぎる。私は、それを変えたいの」

「それが……宝具と一体何の関係があるんですか?!」

 ファティアの問いに、ティオイラは無表情に答える。

「事件が必要なのよ。私達の存在が見直されるような大きな出来事が。これはその為の一つ。宝具は奪われ、しかし私たちワルキューレが見事に奪還する。男の戦士たちを差し置いて、ね」

「狂言……だったって言うんですか?」

「そうよ。ようやく分かってくれたのね、ファティア。もっとも、あなたのことは誤算だった。セスチノがあなたを殺して、宝具はすぐに元に戻る予定だったのに……あなたはそれを切り抜けた。いえ……そちらの、エルドさん? あなたのおかげかしら?」

「ふん、狸め。全部お前らの差し金だったのかい……」

 エルドはファティアの斜め前で油断なくティオイラを睨んでいた。右腕はさっきの槍の一撃で鮮血が流れていたが、それも意に介する様子がない。

「私を……私を利用したんですか? 何故そんな事を?!」

 ファティアの悲痛な問いに、ティオイラはもう一度笑みを浮かべた。先ほどとは違う、酷薄な笑みを。

「あなたのことは気まぐれだった。ずっと前から思ってたの。うっとうしい子って。貧乏貴族が何の見栄か知らないけど無理してワルキューレになんかなって。才覚があればまだしも、あなたにはそれがない。他人の足を引っ張るお荷物でしかなかった。だから消えてもらおうと思ったの」

「なん、ですって……?!」

 ファティアの顔が蒼白になり、槍を掴む手に力が込められる。怒りと、悲しみ。絶望に似た何かがファティアの心を嵐のように揺り動かしていた。

「あなたが宝具を持って走っていった時はおかしかったわ。まるで子犬みたいに……何も疑う事を知らず、私のことを信じ切って死出の旅路へ……そこからは誤算だったけど」

「追手も、あなたが……!」

「そう。計画のために用意した魔人の協力者。彼らの襲撃から神殿を守り、宝具を守る。最初からその計画だったからセスチノたちには消えてもらう計画ではあったけど、まさかこんな形で実現するとは思わなかった。本当にこれは想定外の事だったわ。エルド……あなたのせいね? 報告は受けている。腕を岩に変えるとか」

「なんでえ、ネタはばれてんのかよ。だったら話は早い。俺は化け物だ。魔人だろうがワルキューレだろうがぶっとばしてやるぜ! それに……」

 エルドは周囲を見回す。すれ違う何人かは、口論している様子のファティア達に視線を向けているが、立ち止まるほどではない。しかし確実に人がいる。目撃者として。

「こんなところでドンパチ始める気か? それはお前にとっても面白くない事だろう? 違うか?」

「ふふ……そうね……いきなりこんな所でワルキューレ同士が暴れ始めたら、私の立場まで危うくなるかもしれない。それは分かっているけど、奥の手がありますから」

「おいおい、話はまだ終わらないのか」

 ティオイラの背後から誰かが近づいてくる。頭巾をかぶって赤いスーツを身につけた大柄の男。手には屋台のホットドッグを持ち、ゆったりとした歩調で歩いている。

「カニーバ。あなたは引っ込んでいなさいと言いましたが?」

 ティオイラは視線をファティア達の方に向けたまま、背後の男、カニーバに向かって言う。カニーバは頭巾をめくりあげホットドッグを口に運ぶ。頭巾の内側に見えるのは赤いトカゲのような肌だった。

「すぐ終わるというから待つことにしたんだ。このホットドッグ、三つ目だぞ。土産物を眺めるのも五週目だ。いい加減つまらん」

「あなた方の神経は相変わらずよくわからない。道理をわきまえなさい」

「人の道理など、知ったことか。俺は俺の考えで生きてるんだ。で……?」

 ホットドッグを一息に口に放り込み、もぐもぐと咀嚼しながらカニーバはファティア達に視線を移す。

「その二人を殺せばいいのか?」

「そうですが、ここではまずい。人の目が多い」

「全員殺せばいいじゃないか。大きな事件、必要なんだろう?」

「ここでやっても意味がありません。しかるべき場所で、しかるべき時期に行なうから意味が出るのです。ああ、もう。まったく魔人ときたらどいつもこいつも自分勝手で困る」

 ティオイラの言葉に、カニーバは声をあげて笑った。

「はははは! 一番勝手なのはお前じゃないか。自分の欲望のために何人も巻き添えにして殺そうってんだからな」

「おだまりなさい。さて……では、奥の手を使いますか。あまり気は進まないけど」

 そのティオイラの言葉に、ファティアとエルドは身構える。ティオイラは大きく息を吸いこみ、口を開いた。

「ここにいるのは盗人なり。我、ワルキューレのティオイラが成敗する! 切っ先鋭ければ各々方遠くへと離れ候へ!」

 大音声でティオイラが叫び、そして一気に槍でファティアに襲い掛かる。ファティアは今度は反応し、自分の槍で受けながら距離を取る。

「じゃあ俺はこっちの男か?」

「あなたはホットドッグでも食べていなさい! 下がって!」

 槍で打ち合いながらティオイラが言う。だがカニーバは不敵な笑みを浮かべ、エルドへと歩み寄る。

「お前からは変な力を感じる。人間でなし、魔人でなし。何だ? ホムンクルスか?」

「ハムなんとかじゃねえよ、俺は化け物さ」

 エルドは右腕を前に構えながら、カニーバに正対してじりじりと下がっていく。カニーバがうっとうしそうに頭巾を投げ捨てると、その下に隠されていた角の生えたトカゲのような顔が露わになる。それを見て回りの何人かの通行人は足を止めるが、まるで見世物のように眺めていた。

「物事の本質っての、分かるか、お前?」

「あぁ? 何をぬかしてやがる、てめえ」

「じっくりこんがり焼き上げた後に何が残るか。それが物事の本質だ。大抵のものは炭しか残らない。つまり、価値なんかないってことだ。お前には価値があるかな? 見せてくれよ、セスチノたちを葬った手並みをよ!」

 カニーバが両手を打ち合わせる。その手は白い手袋がはめられていたが、それが瞬時に燃え上がる。そして打ち合わせたての間に火球が生まれる。カニーバはそれを石でも投げるようにエルドに向かって放り投げた。

「くそ、炎だと?!」

 突然のことにエルドは慌てる。体の内側でヴァーゴに命じ、己の命を魔力に変える。身を削るような感覚と共に力を手に入れ、その右腕に力が注がれる。

「耐火玄石!」

 炎がエルドに炸裂し弾ける。その爆発は大気を震わせ、それで周囲の通行人たちは三々五々に逃げ始めた。

「……ほう? それが岩に変わる手か」

 カニーバはエルドを見ながらつぶやく。エルドの手は岩に変わり、五指がそれぞれ黒い花弁のように開かれていた。まだ火がくすぶっていたが、火球を受けても平気な種類の岩の手だった。

「地味だなあ。変わるのは右腕だけか?」

 カニーバが今度は両手にそれぞれ火球を生み出しそれを連続してエルドに投げつける。一発目を右手で叩き落し、二発目は横に飛んでよける。強い熱で背中が灼けるほどだった。

 炎の絡みついた右手の指を振るいながら、エルドが言う。

「てめえだってひねりのない一発芸だけか。そんなものでこの俺を殺せるかよ」

「はははは! 一発芸! 確かに俺の初手はいつもこれだからなあ……まあ他にもいろいろある。お前の本質を見せてくれ」

 今度はカニーバの右手の腕で火柱が巻き起こり、勢い良く渦を巻き始めた。それは段々と長さを増していき、まるで竜巻のようになっていく。

「風はいい。本質がないからな。いくら焼いても炭にならない。それが好きだ」

 そう言い、カニーバはエルドに向かって火の竜巻を放り投げる。竜巻は地面を舐めながら進み、エルドに襲い掛かる。

 叩き落せるか? 一瞬考えるが、恐らく無理だ。大きいし、勢いがある。火球のようにはいかないだろう。

 ならば避けるか? それも難しい。竜巻は小刻みに左右に触れてどちらに進むのかわかりにくい。逃げた方向に寄ってきたら巻き込まれて終わりだ。一発で死ぬことはないかも知れないが、炎に巻かれればただでは済まないだろう。火球の熱で、それは身にしみてわかった。

 さあ、どうする?

 エルドは乾いた唇を舐めながら、炎を睨んだ。

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