第16話 白い怪物

「術中?! どういうことだ!」

 ナイフを受け止めながらエルドが聞く。先ほどまでは優勢だったエルドだが、今はやや押され気味だった。額には汗がにじみ、腕に力が入らなくなってきている。

「その男から妙な魔力を感じたが、それはこの家全体を包んでいるものと同じだ。それに妙な根が張り巡らされている」

「それが何だってんだよ!」

「つまり、家全体がすでに魔法の支配下にある。ここは魔人の腹の中だ」

「何だと?!」

 エルドの腕を老人が掴む。そして思い切り右に振り、エルドの体を投げ飛ばす。強引な投げに、エルドは受け身も取れずに吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。

 そのエルドの体に、何かが巻き付いた。手足の動きを奪われ、エルドは焦った様子で暴れる。

「なんだこりゃあ! おい、ヴァーゴ! なんとかしろ!」

「むう……蔓か。植物系の魔人だな」

 ヴァーゴの冷静な声に苛立ちながら、エルドは全身に力を込めて拘束を引きちぎろうとする。しかし、柔軟な蔓は千切る事が出来ず、それどころか体を余計に締め付けてくる。

 動きを奪われたエルドに、ナイフを構えた老人がゆっくりと近づいてくる。エルドに殴られた顔や腕は傷つき骨が見えているほどだが、死体である老人は無表情のままだった。エルドはその様子にぞっとする。どれだけ殴っても死なない。それどころか自分よりも力が強い。ヴァーゴの言うように、本当にバラバラにでもしない限り止めることはできなさそうだった。

「やれやれ、もっとスマートに片付けたかったのですが」

 頭上から声が降る。老人は足を止め、ナイフを構えた姿勢で静止する。何が起こったのかとエルドは声のした方、天井に視線を向ける。しかしそこには天井が見えるだけで、誰かがいるというわけではなかった。天井裏にいるというわけでもなさそうだった。

「セスチノとブッコーラが敗れただけはあるということでしょうか」

 今度は声が横から聞こえた。視線を向けるが、やはり姿はない。

「それとも油断しすぎていたのでしょうか」

 今度は斜め上から。視線を向けるまでもなく、そこには誰もいない。まるで家全体がしゃべっているかのような不思議な感覚だった。

「工房を用意して待ち構えておいて正解でしたね。しかしまさか本当に、こんなに簡単に捕まってくれるとは」

 エルドの前に立つ老人の顔が上を向く。そして大きく口を開けた。何事かとエルドがその様子を睨んでいると、口の中につるりとした白いものが見えた。ぼんやりとしたランプの光に妖しく照らされ、その丸いものが口からはみ出してくる。そしてその表面に二つの筋が入り、一つは目に、一つは口になった

「お前は何者だ。ただの人間ではないな? かと言って魔法使いではないようだ。その奇妙な力は何なのだ」

 白い塊が声を発した。それは先ほど頭上や壁から聞こえてきた声と同じものだった。老人の中にいて、その死体を操っていたらしい。

「お前こそ……なんなんだ? ゆで卵のお化けか」

 体を拘束され動けないエルドは、体に力を入れるのが無駄と悟りされるがままに力を抜いた。しかし、抜け出す方法はないかと周囲の状況を観察し必死で知恵を巡らせる。

「ゆで卵? 失礼な、私は種子ですよ。美しい花のね」

「人間の口から咲く花なんて聞いた事ねえ。随分趣味が悪いんだな」

「生き物の死体は良い苗床になります。腐敗した様子はいただけませんが、きれいに処理すれば問題ありません。それで……質問の答えは?」

「あぁ? 俺が、何者かだって?」

「そうです。その力の正体を知りたい」

「俺はただの……化け物だよ」

 その答えに、白い怪物は目をしばたたかせた。

「ただの人間ではない。魔法使いでもない。かと言って喋る魔獣でもない。そして魔人でもない。実に不可解だ……」

 白い怪物の独白のような言葉を聞きながら、エルドは何故まだ自分が生かされているのかを理解した。

 この白い怪物は恐ろしく慎重なのだ。実に不可解だ……そう言ったように、エルドの正体が不確かだからとどめを刺そうとしない。未知の反撃を恐れているのだ。

 ならば付け入る隙はあるか……? エルドは反撃の機会を狙う。

「俺はなりゆきでここにいるだけだ。あんたが誰か、何なのかも知らない。見逃しちゃくれないかい」

「ふむ……確かに、あなたを生かしておいてもそれほど不都合はなさそうですね。宝具さえ回収できればそれでいい。しかし……あなたは私の傀儡に傷をつけた。それは少々不愉快……あなたを殺すには十分理由足りえる」

 白い怪物がめをしばたたかせる。それを合図にしたかのように、部屋の隅で物音が聞こえた。

「何っ?!」

 エルドはその音の主に気付いた。それは眠っていたはずのファティアだった。

「お前はすっこんでろ、ファティア!」

 エルドが叫ぶが、ファティアは動きを止めない。それにその動きはどこか妙だった。まるで何かに引っ張られているかのようなぎこちない動き。

「こいつは……てめえの仕業か!」

「傀儡の術にも種類がありますからね。直接中に入ることもあれば、外から糸で操ることもある。私は前者の方が好みですがねぇ……」

 そう言い、白い怪物は喉の奥で甲高く笑った。

 エルドが目を凝らすと、ファティアの足元の床から蔓が伸び、ファティアの体に巻き付いているようだった。それがファティアを操っているらしい。

「おいファティア! 起きろ! 逃げろ!」

「無駄ですよ。意識はもともとありませんでしたが、私の術でさらに深く眠っている。手足をもがれても起きることはありません」

「くそ、てめえ何しやがる気だ!」

「質問の続きですよ。さて、あなたは何者なのでしょうか?」

 ファティアが壁に立てかけてあった槍を手に取り、ゆっくりと中段に構える。そしてゆっくりとエルドとの間合いを詰めて、そして槍を突き出す。

「うおっ!」

 エルドの脇腹に槍の穂先が沈み込む。すぐ引き抜かれたその傷からは鮮血が溢れ、エルドは顔をしかめる。腕は石に変える事も出来るが、それ以外の部分は無理だった。ヴァーゴに渡す寿命が多ければ可能となるが、体力を消耗した今の状況ではそれも無理だった。

「ぐう……」

「どうです、話す気になりましたか? それともこの程度では参りませんか?」

「舐めた真似しやがって……! てめえ、自分で戦いやがれ!」

「はははは。蔓も私の一部。これが私の戦いですよ。さあ……」

 ファティアの槍が閃き、再びエルドの腹に突き立てられる。先ほどよりも深く、重く。エルドは苦鳴を漏らす。

「何を隠している? 何故この女と一緒にいる? お前は何者なのだ?」

「ただの……化け物っつたろ。耳ついてんのか……」

 言いながら、エルドは右上に力を集中させる。そして手の一部を紫刃砒晶の刃に変え、力任せに拘束する蔦を斬り裂いた。

 そして自分の腹に刺さった槍を掴む。槍には力が込められて抜こうにも抜けなかったが、エルドは不敵な笑みを浮かべた。

「何者か、知りたいか?」

 エルドの声に、白い怪物は唇を歪め笑みを浮かべた。

「はい」

 白い怪物の声とともに、ファティアの手に力が込められる。槍がさらに深くエルドに突き刺さろうとする。だがそれを制するように、エルドの右手が槍を掴んで押さえる。その腕の表面が波立ち、皮膚の下から岩の塊がせり出してくる。

「雷光激発玉。悪いな、ファティア」

 エルドの右腕に現れた大小いくつもの黄色の丸い鉱石が光を放ち、そしてひび割れる。それと同時に青白い光が飛び、何本もの稲妻が走る。それはファティアの持つ槍を伝い、ファティア自身にも襲い掛かる。その身が紫電に焼かれる。

 轟音と衝撃。内部屋の壁は吹き飛び、木や丸太が廊下に飛散する。立ち込める白い煙が視界を奪い、エルドたちの姿を隠していた。その中心で、老人の体、白い化け物は防御姿勢を取って身構えていた。

「むう。腕から雷を……違う。刃にも変えていた。魔法? いや、まさか……?!」

「おぉらぁっ!」

 思案する白い怪物に、エルドが白煙を飛び越え吠えながら殴りかかった。

「おおっ!」

 奇襲に反応が一瞬遅れ、老人の顔面、白い怪物に拳がぶち当たる。それは果実のように割れ、血のように赤い果汁を吹き散らしながら横に倒れていった。

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