第13話 疑問

「私が持っているのは、宝具です」

「ほうぐ? なんだそりゃ」

 エルドの反応にファティアはずっこけそうになったが、気を取り直して説明を続ける。

「……宝具というのは……聞いた事ありませんか? 大昔の戦争で使われた兵器です。大きな力を持ち、現在でも厳重に封印され守られています。国防上極めて重要なものです」

「ふうん。宝具ね。聞いた事あるような無いような……とにかく、あんたはそれを持ってるってわけか。しかしなんでまた? 厳重に保管されてるっていうのなら、何であんたが持ち歩いているんだ? まさか……盗んだのか?」

「違います! これにはわけがあって……本来なら私の所属する神殿で守られていたのですが、そこが襲撃を受けたのです。そのまま置いておけば危険だと判断し、急遽王都まで持って逃げることになったのです」

「ほう、宝具か」

 エルドの左腕が動き、ヴァーゴが喋り出す。

「何の宝具だ。我に見せてみよ」

「ヴァーゴさんは知っているんですか?」

「知っているも何も、宝具を作ったのは我らの時代の魔人だからな。我も一つ作った。今はもう、どこに行ったか分からぬが」

「えっ……宝具を作った……?!」

 歴史の中では宝具は神より与えられたものとなっている。その力で人類は邪悪な魔人と戦ったのだ。もしヴァーゴの言う事が事実なら、伝承されている話は根幹から覆ってしまう。

「言われてみれば我に近い波動を感じる。何らかの玉か」

「は、はい……」

 ファティアは迷ったが、今更だと思い袋から宝具を取り出した。透き通った青い宝石。拳ほどの大きさのそれが金の台座にしつらえられている。

「ふむ。知らぬ宝具だが、宝具には違いないようだな。内部構造は比較的単純。レアリティは低いな」

「レアリティ?」

「希少度だ。機能や構造によって格が決まる。それは五段階で言えば上から四番目だな」

「えっ……割としょぼい……そんな……!」

 神殿の宝。そう信じ崇めていたものの希少度がいまいちだったとは。ファティアには衝撃の事実だった。

「希少度を競って多くを集めるものもいた。しかし使いようによっては希少度で測れぬ力を発揮するものもある。使ってみなければ、本当の価値は分からぬ」

「そうなんですね……」

 ヴァーゴの言葉にファティアは少しだけほっとする。アクアクリスタルの力はファティアにとっても未知だが、きっと素晴らしい力を持っているに違いない。そう思うことにした。

「しかし宝具となれば、恐らくこの時代でも貴重なものだろう。お前のような女一人でそれを運ぶとは……よほど人手不足なのか」

「う……それは……」

 自分の未熟さを指摘されているようで、ヴァーゴの言葉がファティアの胸に刺さる。しかし事実だ。ファティアは心を落ち着けて答える。

「……何しろ急だったので人を選んでいる時間がなかったのです。いえ、それでも私なら大丈夫だと……教官は、私の師匠は私を送り出してくれました」

「死にかかってたけどな」

 エルドの遠慮ない言葉がまたもファティアの胸に刺さる。吐血しそうな気持ちで、なんとかこらえながらファティアは言葉を続ける。

「それについては返す言葉もありません。エルドさんがいなければ今頃は……本当になんといっていいか」

「別にいいよ。約束通り一銀セドニ二〇万円くれれば」

「はい。お金についてはなんとか……」

「しかし何者なのだ、その神殿を襲った賊というのは」

 ヴァーゴの問いにファティアは考えを巡らせる。しかしたまに山賊や野党の話は聞くが、神殿を襲うような命知らずのことは聞いた事がない。

 訓練されたワルキューレは強い。特に神殿の域内においては籠を受けて無類の強さを誇る。そこに攻め入るのは容易なことではない。

 訓練された軍隊でさえそうなのだから、その辺の山賊程度がどうこうできる相手ではない。では一体誰なのか。

「……襲撃には火が使われていました。それも魔法……だと思います。その辺の山賊なんかじゃないのは間違いないです」

 この世界で魔法を使えるのは限られた人間だけだ。まず素養が必要であり、そのうえで訓練を積んで修める必要がある。ワルキューレになるものは全員が魔法の素養を持っており、逆に言えば素養が無ければなることはかなわない。

 一般人の中にも素養を持つものは当然いる。しかし魔法の修練にはとかく金がかかり、実際には貴族や権力者の子息のみが訓練を受ける事が出来る。ファティアも実家は貴族で、下級ではあるがファティアにワルキューレとしての修練を受けさせるだけの金と寄付金を用意することが出来たという事だ。

「魔法ねえ……村に一人魔法を使える爺がいるけど、ちょっとした火を起こせる程度だしな。神殿やらを襲うとなるとかなりすごい力を持っているってことか」

「はい。それに追手に魔人が来ている事も考えると、襲撃にも魔人が関与していたことが考えられます」

「魔人ねえ……ヴァーゴ。お前の知り合いじゃないんだよな」

「知らんといっただろう。我の知己ではない。見たところかなり若い……最近生まれたやつであろう。我が谷底で眠っている間にな」

「ふうん……おいファティア。魔人が宝具を手に入れようと襲ってくるなんてのはよくある事なのか?」

「いえ……大昔にはそういう時代もあったそうですけど、今はそういう事はありません。もしそういう話があれば警戒するように通達が出るでしょうから」

「魔人は宝具を集めてた……そう言ってたな、ヴァーゴ? それは今の時代も続いているのか?」

「知らぬ。谷底で眠っていた故世事には疎い。だがそういう輩がいてもさほど不思議ではないな」

「襲ってきた奴のことはよく分からない。しかし魔人が関わっている事には間違いがない。すくなくともあと一人は」

「あと一人? どうしてわかるんですか? ブッコーラは……何も答えていなかった」

「だって火を使う奴がいるんだろ? セスチノってのは見た目が魚だし使うのも水の力だ。ブッコーラは岩。どっちも炎じゃない。神殿を襲ったやつが炎を使ったていうのなら、少なくとももう一人誰かいるってわけだ」

「そう……そうですね、確かに」

 ファティアは神殿で見た爆炎を思い出す。人間の魔法使いという事も考えられるが、現状を鑑みるに、神殿を襲ったのも魔人と考える方が自然に思えた。そうなると、エルドのように少なくともあと一人、炎を操る魔人がいるというわけだ。そいつも追手としてやってくるのか。あるいは首謀者としてどこかに潜んでいるのか。いずれにしても油断はできない。

「一応聞くけどよ……その宝具とやらを奴らに渡す気はないんだな?」

 エルドの問いに、反抗するようにファティアは答える。

「それは……考えられません! 私の任務は宝具を守る事。何があっても宝具を守り抜かなければ……!」

「だよな。あーあ、面倒臭い。殺されるかもしれないってのにそんな石ころを守るだなんて、俺には考えられねえな」

「……自分だって、寿命を削ってまで赤の他人を助けたじゃないですか」

「あぁ? 助けてもらっておいてなんだその言い草はよ? けっ、放っときゃよかったか」

「そりゃ感謝はしていますけど……私にだって譲れないものがあるんです。仮にこの宝具を渡して自分が助かったとしても、そんなの寝覚めが悪いですからね。絶対に自分を許せない」

「ふん……ま、どうでもいいぜ。しかしそうなると、これからどうするかだな」

「これから?」

「王都にまで行くんだろ? 俺は行ったことないけど……結構遠いんだろう?」

「急げば、歩きでも四日もあれば着きます」

「徒歩で? 馬車とか使えないのか」

「お金がありません……あったとしても、追手との戦いに巻き込まれる可能性があります。なるべく無関係な被害は出したくありません」

「飛ぶとかできねえの? あんたら……たまに飛んでるだろ」

「それは……まだ私には出来ません。まだ見習いの身なので」

 見習いという言葉にエルドは身を乗り出して驚く。

「見習い? 見習いなのか、あんた?! どおりで……弱っちいわけだ」

「悪かったですね! 私だって、これでも一生懸命なんです!」

「ふうん。見習いにそんな大事な宝具を預ける神経が分かんねえや。何考えてるんだ、お前の上役は」

「それは……?! 私なら、なんとかやり遂げるだろうと見込んでくれて……」

 そう思ったが、改めて考えれば不思議な事だ。自分よりも優秀なワルキューレはほかにもいる。同期の中にもそうだし、きちんと五年の課程を修了した者もいる。突然の襲撃で慌てていたにしても、なぜ自分のような中途半端なものを教官は選んだのか。

 自分に秘められた才能があるのだろうか。そううぬぼれようかとも思ったが、現状を見る限りではとてもそんなことはない。ただの未熟で無力な見習いワルキューレに過ぎない。

 ぐらりと世界が揺れる。何かがおかしい。何かを見落としているような……そんな気がする。

「おい……大丈夫か?」

「え……?!」

 エルドの答えに返事しようとして、ファティアは横に倒れた。体に力が入らない。世界がゆっくりと回転している。

「おいおい! 大丈夫か!」

 エルドが近寄り、ファティアの額に手を当てる。

「熱がある……?! 言わんこっちゃない! だから雨の中を出歩くのはやめろって言ったんだ」

「あ、う……」

 ファティアは薄れゆく意識の中で何かに気付いた気がした。しかし、意識は淡雪のように溶けていった。

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