第10話 両断

「ごあああ! 舐めやがって!」

 ブッコーラが野太い声で叫び、大気が震える。そしてその震えは大地にも伝わり、確かな揺れとなって山を動かした。

「今度は何をやる気だ?」

 エルドは動きを止めたブッコーラを見上げながら呟く。息は上がっていたが、体に傷はない。右腕の紫刃は冴え冴えと光り、その鋭さを発揮する時を待っていた。

「何もかも叩き潰してやる! お前も! 女も!」

「おいおい、目当ての宝石まで叩き潰す気か?」

「ぬがああ!」

 エルドの声はその耳には届いていないのか、ブッコーラは狂気を帯びた雄たけびを上げる。そして大地が揺れ、割れる。岩の破片が散らばり、岩肌がめくれ上がっていく。

 その砕けた岩たちは一つ所に集まっていく。ブッコーラを中心に、岩は寄り集まり、固まり、その体に吸収されていく。巨大な体が、さらに大きな異形へと姿を変えていく。

「まだでかくなるのか?!」

 エルドが岩のさざめきに巻き込まれぬように距離を取る。そのすぐ後ろにはファティアがいて、しかし動けぬ様子で座り込んでいた。

「大丈夫か、お前?」

「は、はい……」

 かけられた言葉にファティアは戸惑いながらも答える。何故ここにエルドがいるのか。何故来てくれたのか。それがファティアの胸中にわく疑問だった。

「お前はもう少し離れていろ。奴は俺が何とかする」

「はい……でも……」

「なんだ? 今は時間が無いぞ!」

「何故私を……助けて……?」

 その問いに、ちらりとエルドはファティアの方を振り向く。

「助けると言った……力になるってな。それに……」

「それに?」

「ここであんたに死なれたんじゃ、丸損だからな。へへっ」

 エルドはそう言い笑った。目の前にいるブッコーラの異形……それを意に介さないかのように。

「うおおお! 今度こそ叩き潰してやる!」

 そう叫んだブッコーラの背丈は更に高くなっていた。三ターフ五.四メートルを越え五ターフ九メートルに近い。それだけではない。伸びた胴の脇腹からは新しい腕が二本生え、まるでザトウムシのような姿になっていた。

 ブッコーラは前のめりになり、倒れ込むような姿勢で両腕を激しく動かした。巨大な細長い腕が連続して叩き込まれていく。

 その一撃の威力は先ほどまでの攻撃を上回っていた。叩きつけられた部分は砕け粉塵と化し、破片が霧のように舞い散る。エルドはその攻撃をかわしながら、しかし四本に増えた攻撃の速度に次第に追い詰められていた。

 岩山全てを砕かんとするほどのブッコーラの攻撃。その間隙を縫うようにして逃れるエルド。その二つを、ファティアは息を呑み見ていた。何か手助けを……そんな思いが微塵もわいてこない戦場だった。槍一つしかもたないこの身に、何かできることがあろうか。ファティアは自分の無力を感じながら、ただエルドの背を見守っていた。

「うわははは! どうした逃げるだけか! このブッコーラ様にかなうもんかい!」

 拳の一撃と共にブッコーラの声が降り注ぐ。そして速度が上がる。ついに、その巨大な岩の拳がエルドの体を捉えた。

「ぬぐぅ!」

「エルドさん!」

 岩を砕く一撃がエルドの体を激しく叩いた。その体は鞠のようにはじかれ、そして壁に叩きつけられる。

「ぐあっはっは!」

 ブッコーラがうれしそうに笑い、そして前のめりだったその体を起こす。悠然と歩を進め、地面に横たわるエルドへと近づいていく。

「なんだ、たったの一発でオシャカかい。口ほどにもねえなあ」

 岩の顔を歪めブッコーラが笑う。エルドはその足元で動けずにいた。

「くそ……動け、ねえ……」

 口から血を流し、エルドが起き上がろうとする。しかしその腕も脚もおかしな方に曲がっており、顔の骨も砕け半分が陥没していた。無事なのは刃と化した右腕だけだった。

「あばよ、へんな化け物!」

 ブッコーラが脚を上げる。そしてエルドを踏みつぶそうと勢いよく振り下ろす。

 その足が動くのを見て、エルドは動かない舌で舌打ちをした。

「ヴァーゴ、先払いだ……体をなんとかしろ」

 折れ曲がったエルドの左腕が跳ねるように動いた。そして全身が緑色の光に包まれる。

「何だ?!」

 ブッコーラはその突然の光に驚くが、足はとめない。諸共に踏みつぶそうとさらに力を込める。ファティアが悲鳴を上げる。

 だが、次の瞬間起きたのは信じられない状況だった。ブッコーラの足が止まっている。それも、踏みつぶされそうになっていたエルドが左腕一本でその動きを止めていたのだ。折れたはずの腕に力がみなぎり、ブッコーラの巨大な足を押さえている。

 それだけではない。エルドの全身の傷が癒えていた。折れていた手足、陥没していた顔。潰れていたはずの内臓も元に戻り、口から流れていた血も消えていた。

「お、おおっと?! 一体どうなってやがる!」

 ブッコーラは体勢を崩しそうになりながら、エルドを踏む足に力を込める。しかしいくら力んでも、エルドを踏みつぶすことはできなかった。

「調子に、乗りやがって!」

 エルドが左腕を突きあげ、そしてその勢いのまま立ち上がる。そして右腕の刃をブッコーラの足の裏に突き刺す。刃は深々と根元まで突き刺さり、そしてエルドは右腕をひねった。

「ぐお、うおお!」

 ブッコーラの右脚が、エルドの右腕のひねりに合わせて回転する。そして膝を起点にぼろりと砕けねじ折れていく。ブッコーラは何が起きたのか理解できないように、悲鳴のような声を上げながら後ろに倒れ込んでいく。

「お前の力は分かった……」

 右腕に突き刺さったブッコーラの足を崖下に放り投げ、エルドが言う。

「周囲の岩を取り込み巨大化できる。だが岩の強度自体は元の岩に依存する。要するに、大したことはないってことだ」

「な、なんだと、てめえ!」

 ブッコーラが怒鳴り返すが、その声には先ほどまでの自信は消えていた。得体の知れないものを見るように、その黒い瞳がエルドを見つめていた。

「恐らく、お前のでかくなった体をいくら破壊しても意味はないんだろうな。足をもいでもたいして効きやしない。だが、その反面、お前自身の核は小さいままだ」

「なんだとお!」

 ブッコーラの破壊された足に周囲の岩が取り付いて形を再生していく。しかしそれよりも早く、エルドはブッコーラに接近し攻撃を仕掛ける。

「く、来るんじゃねえ!」

 ブッコーラの二本の右腕が同時に繰り出される。エルドは拳の内側へと入り込み、そして右腕の刃を一気に振り上げた。

 紫の刃に火花が閃く。硬質な音と共にブッコーラの拳は断たれ、そして勢いを失い地に落ちる。

「ば、馬鹿な!」

 ブッコーラは続けざまに左の拳を叩き込もうとする。しかし、それも同じ結果に終わった。エルドの刃が切り落とし、その拳が届くことはなかった。

「ぬがああ!」

 苦し紛れのようにブッコーラが残っている足で蹴りを入れようとするが、それも同じ結果をたどった。ブッコーラは手足をもがれた虫のように、無力な姿をエルドにさらしていた。

「く、くそ! 近寄るんじゃねえ!」

 ブッコーラが短くなった手足を振り回すが、エルドは意に介さないように近づいていく。そして右腕の刃の切っ先をブッコーラの鼻先に向ける。

「おい、お前。他に仲間はいるのか」

「な、何を?! そんな事を言うかよ……」

「駆け引きは苦手なんだ。言うなら、命は見逃してやる。言わないなら、ここで終わりだ」

「く……くそ……舐めるな!」

 ブッコーラの口が裂け、大きく開き、エルドに襲い掛かる。しかし、エルドは冷たい視線を向けたまま、ただその右腕を動かした。真上から、真下へと。

「ぬがあぁ……て、てめえ、何者、なんだ……」

 顔の中心から二つに断たれ、ブッコーラが左右に分かれていく。

「言っただろ。ただの化け物だよ」

 ブッコーラの目から光が消え、そして体は地面に崩れていく。その体から生えていた手足からも力が消えうせ、元の岩塊となり崩れていった。

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