ヴェ=センリの街

 ようやく到着した駅構内で、やたらと重たいスーツケースを引きながら、ユータは背中を伸ばした。


「座り心地は良いんだけど、揺れがひどいんだよなぁ……」

「しょうがないでしょ。あんなに速く走っているんだから、揺れるのは当たり前じゃない」


 前世の電車と同じだと考えているからこその不満なのだが、リリィはそう言って反論した。

 ――ま、馬車とかで三日三晩かけて行くよりははるかにマシだな。

 そう考えて、ユータはリリィに同意する。


「確かに、それもそうだな」


 すでに切符は列車の中で確認されているので、改札は切符を捨てて素通りできる。


「ヴィ=センリって初めて来たけど、けっこう都会なのね」

「この国の中なら上から数えたほうが早いくらいには発展してるらしいぞ」

「……たぶん、ここが北部と南部を繋ぐ要所だからだろうね。鉄道を敷設したり街道をつくったりと、為政者の思惑が分かりやすく出ているから」


 難しく考えているステラと対照的に、リリィは道のわきで披露されている即興劇を眺めたりと、純粋に観光しているようだった。

 ユータはこれからの支出を考えると胃の痛い話ではあったが、言い出したことを曲げるわけにもいかないのである。


「最近は、大きな商会はこぞってこの街に支部を建てたがってる。……だから今は地価も高いし、この街に住んでいる人間は、だいたいが結構な金持ちだろうな」

「貴方のところはどうなのよ」

「一応儲かってるんで、この街にも商会の建物はあるさ。わざわざこんな季節に遠出する理由も、その商会の件なんだよ」


 儲かってる、という部分に反応したリリィは言った。


「ふーん、よかったわね」

「……そりゃどうも」


 そこまで言うと、リリィは聞きたいことを聞けて満足したのか、また街の風景をぼんやりと眺め始める。


「――そうだ。ちょうどお昼時だし、どこかにランチでも行こうぜ」

「きみが奢ってくれるなら行こうかな」

「紳士がレディに財布を握らせる真似なんてするわけ無いだろ?」

「へぇ、、ね……」

「なんだよ!」


 含みを持たせた言い方をしたリリィに、ユータは咄嗟に言い返す。


 ステラは乗り気のようだったしリリィも着いてくるだろうと考えて、近場にあったファミリー向けのレストランに入る。

 給仕に案内されて、四人テーブルに座った。

 ちなみに、相変わらずユータの隣には誰も座っていない。


「人が多いわね」

「この時間帯だから仕方ないね」


 周囲の喧騒に身を任せるようにして、背もたれに体重を預けるユータ。

 それは列車の椅子よりかは、幾分もマシな座り心地だった。


「ねぇ、ステラは何を頼むの?」

「せっかくの奢りなんだから、うんと高いものを食べるさ」

「ここファミリーレストランだから、そんなに高いものは無いと思うけど」

「甘味は高いからね。メインディッシュのあとにスイーツをたくさん頼もう」


 恐ろしい話が聞こえてきたが、ユータはスルーする。財布の中身には余裕があるが、限界が無いわけではなかった。


「注文は決まったか」

「ぼくはこのサーロインステーキにしようかな」

「私はこの海鮮スパゲッティで」


 給仕を呼んだユータは、代表して注文を伝えていく。ついでに自分の分の珈琲コーヒーと昼食を頼んだ。


 □□□


「――いただきます」

「あれ、貴方って信心深そうには見えないけれど……それ、なんの祈りなの?」

「ぼくが見るに、南方の宗教と東方の八百万やおよろず信仰が混じったような祈りだね」


 ステラがけっこう近いことを言っているためユータは感心する。

 と同時にユータは、彼女はあなどれないな――とも感じていた。


「だいたい当たりだ。信心深いわけじゃないけど、習慣みたいなものだよ」

「そうなのね。けど、食べ物に感謝するのは良いことだと思うわ――いただきます」

「じゃあぼくも……、いただきます」


 ご丁寧に手まで合わせて、ふたりは食事を始めた。

 ユータは気が抜けたように笑いながら、自身も頼んでいたサンドイッチに手をつける。


 食べながら「美味しい」とか「これは、いけるね」だとか言っているリリィとステラを見て、ユータは年相応だな――と、またしても曖昧あいまいに笑うのだった。

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