第13話




 エリアスとカリンの実父である、ウルツ・フォン・アインツホルン。今から十三年前に、領地へ向かう途中の馬車の事故で亡くなっている。伯爵家が斜陽に向かいだしたのはこの時からだ。

 これはあくまで事故である。事件性は無い。そしてその一年前に二人の実母が病で亡くなったのもただの偶然だ。

 陳腐な物語であれば、このどちらかに第三者による意図的な思惑が働いている事にするのだろうが、現実はそうではなかった。そして、だからこそ物語以上に醜悪な事態を招く。





 義父母となったマッテオとザビーネも、元から極悪人だったわけではない。他人より少しばかりずる賢い一面はあるにせよ、率先して悪事を働く程の知恵も度胸も持ち合わせていない小物だった。それが、名高い伯爵家の当主となり、その財産を管理する立場というおよそ身の丈に合わない地位に就いてしまったのが悪かった。二人とも見事に勘違いをし、財産を湯水のように使い始めた。

 慣れぬ投資に手を出したかと思えば、いいカモだとばかりに博打に誘われ財産を潰していく。そこにさらにザビーネの浪費が加われば、どれだけ財を持っていようと伯爵家が傾いていくのは必至だ。マッテオは本来の後継者であるはずのエリアスの利発さが気に入らなかったようで、ザビーネの連れ子のカトルばかりを可愛がる。そんな状況が続けば、エリアスに悪印象を抱いていなかったはずのカトルもだんだんと悪意を見せるようになり、カリンに対しては邪な眼差しを向けるようにまでなってしまった。

 それらの悪意から、エリアスは身を挺してカリンを守る。その健気な態度がまた、彼らの悪意を増長させ事態を悪化させるという負の循環が続く。

 負債は膨らむ一方だが返す手立ては特にない。場当たり的な対応しかできないマッテオとザビーネに、とある貴族が声をかける。


 曰く――そちらには、ずいぶんと見目麗しい小鳥が二羽いるそうで、と――


 欲しい、とは言わない。ただ、いつか貸し出してもらえたら嬉しいと言う。あろうことか、そう望む貴族は他にもいた。じわりじわりと水面下で話が広がるにつれ、話は具体性を帯びていく。会話の端々から推察される金額はかなりのもので、義父母は幼い兄妹にそういった意味での価値があるのだと、この二人を使えば返済がかなり楽になるのだと下劣な価値を見い出してしまった。

 貸し出す際の価格と期間を決め、まずはエリアスから【貸し出し】を始めるかとなった頃――アネッテ伯爵夫人から見合いの話が飛び込んでくる。

 これまであまり交流のなかった夫人からの突然の申し出。せっかくの金の卵だ、みすみす見合いに出すのはあまりにももったいないと、当初は断ろうとしていた義父母であるが、相手が平民、しかし財産はかなり持っているレナと知り、とりあえず試しで見合いをさせてみてもいいかと考えを変える。富裕層の平民も顧客になるかもしれない。何か問題が起きたとしても、貴族としての立場があるのだからどうとでもできると、そんな砂糖水を煮詰めてできたシロップよりも甘い未来図を思い描き、そうしてそれを実行した。


 結果、まさかの展開を迎えたわけである。


 義父母は急ぎ計画を変更せざるをえない。すでに予約はいっぱいで、顧客となった貴族達からは一体どうするつもりだと責め立てられる。エリアスの分をカリンで取り戻そうとしても、そのカリンの身柄までも奪われてしまった。ただ、ありがたい事に兄妹を強奪していった平民からは多額の支度金という名目の物が支払われた。さらには、夫となる相手の実家だからと、定期的に資金の援助がなされる。

 馬鹿な庶民だとほくそ笑みながら、義父母は次の準備に取りかかった。

 既婚者となってもエリアスの人気は高いままだ。離婚歴がついたところでその価値は変わらない。少年期の儚い魅力は成長と共に薄れてしまったが、青年となった今では男性としての魅力に満ち溢れている。暇と財を持て余しているご夫人方にある程度【貸し出し】たとしても、婿にと求める貴族の家は多々ある。顧客として抱えている中からすでに手が挙がっているくらいだ。

 エリアスが自発的にあの庶民の女と離婚すれば良し、そうでないならば難癖つけて別れさせてもいい。カリンをその時に回収すれば、貸し出す商品は二倍となる。

 だが、ここでも思わぬ邪魔が入った。カリンがよりにもよって、王太子の婚約者になってしまった。

 本来であればこれほど喜ばしい事はない。だが、夫妻にとってカリンはあくまで金を生む雌鶏と同じだ。しかも今が一番売れ時でもある。だというのに、王太子が相手であれば話を断るなどできようはずもない。


 返す返すもあの庶民が邪魔をする、と夫妻の怒りは頂点に達した。


 これ以上あの庶民を生かしておいてもロクな事はないだろう。エリアスの価値的にも、離婚よりも死別の方が印象はいいはずだ。

 だから夫妻は計画を立てた。脅して国外へ追い出し、その途中で憎たらしい庶民を殺してしまおうと。


 それが、自分達の破滅を早める事になるとは露とも思わずに。

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