第12話




「本当にすまない。せっかくの貴女からの信頼を自ら棒に振ってしまったとは思っている。しかし、元からそういう話だったんだ」

「……と、言いますと?」


 聞きたい事は山ほどあれど、レナは思考が空回って何も浮かばない。そこにさらにクラウドが混乱の種をばらまいていく。


「何をおいてもレナを一番に優先する、と言うのがカリンの婚約者になるための条件なのはレナも知っているだろう?」


 はい、とレナは頷く。クラウドだけではない、それ以前からも引く手数多のカリンだったが、このとんでもない条件はその頃から第一項として掲げられている。

 てっきりカリンが面倒な縁談を断るために口にしているのだと思っていた。だからレナは苦笑こそすれ、特に何も言わなかったのだ。それがまさか、丸っと全部本気で、あげく王太子に求婚された時にまで条件を挙げていたとは思わなかった。


「実は、これの他にもう一つ条件があるんだ」

「まだあるんですか!?」

「そう。レナに関する事は全てカリンとエリアスに話す――これが第二条件。この二つを守る事ができるのなら、俺の婚約者になってもいいと」

「カリンーっっっ!?」


 王太子相手になんたる暴言であろうか。レナの心臓は竦み上がる。だが、当の本人は平然としたままの態度を崩さない。


「ちなみに条件を守る事ができなければ、その時点で婚約は破棄の上、国外へ行くとまで言われて」

「だからカリン!! あなた何を言って!?」


 さらなる追加にレナはさすがに卒倒しそうだ。夜会の場で婚約破棄を突き付けられた時でさえ、こんなにも動揺などしなかったというのに。しかしここでもやはりカリンは平然としている。それどころか、「お姉様が一番だもの」と言い放つ。エリアスは無言を保ったまま、首だけを動かし同意の意を示す。だめだこれ、とレナは頭を抱える。二人の気持ちはとても嬉しいが、それにしたって限度があるだろう。

 ぐったりと項垂れるレナに、カリンはまるで幼子にでも言い聞かせる様にゆっくり口を開く。


「王太子相手に婚約破棄だなんて、そんな暴挙に出てはお姉様だって仕事が大変になるでしょう? だからもしそうなった時は、お兄様と三人で隣国にでも引っ越しして心機一転、新しく工房を構えましょうかって話をしていたの。少し事情は違うけど、お姉様もそんな話をしていたのよね?――モニカと」


 ヒュッ、とレナの喉が鳴る。全身から汗が吹き出るというのに、身体はガタガタと震えてしまう。 


「俺はカリン以外を伴侶に迎える気はない。というか無理だ、絶対にカリンがいい。そしてエリアスも大切な友人だし、優秀な騎士でもある。そんな人間をみすみす国から出すなど論外だ。という事で、完全に俺の私欲のためだけにレナの信頼を裏切った。すまん」

「ああああああああ!」


 これは酷い裏切りである。しかしクラウドの気持ちは良く分かる。なんならレナだってその立場なら同じ事をしていると思う。

 そして、そもそもの話、レナが二人にきちんと話そうとはせずに勝手に話を進めていたのが悪いのだ。だからこそエリアスもカリンも怒っているし、そんな二人とレナの三人で一度きちんと会話をさせるべく、クラウドが裏切り者との誹りを受けてもこうやって場を設けてくれたのだ。


「……レナが思っている様な、そんな立派な意志ではないですよ。殿下の裏切り行為は、とにかくカリンを王太子妃にしたいというそれだけの理由です」

「ん? なんだ? レナは何か良い風に勘違いしてくれていたのか? それをわざわざ暴露する必要はないだろうエリアス!」


 クラウドの突っ込みを軽く無視して、エリアスはレナの目の前に黒紐で綴られた書類の束を置く。


「話したい事はたくさんあります。ですが、まずはこれを見てください」


 アインツホルン伯爵家について――表題はそれだけだ。が、だからこそ続きを見るのが怖い。この状況下で、二人の実家の名前が記された書類の中身など考えるまでもない。

 レナに脅迫状を送りつけていた犯人。レナの中での最有力候補でもあったので、そこに関してはあまり驚きはないのだが、何しろ束が分厚い。これは他にも余罪があった、というかむしろそちらが主軸であり、レナが受けた脅迫がおまけ程度ではないのか。


 震えそうになる指先に力を篭め、レナは一枚ずつ中身を読んでいく。冒頭に書かれていたのは、やはりレナに脅迫状を送りつけていた犯人は彼らであったという事だ。実行犯は雇われた平民で、すでにその人物も捕まっている。今は余罪を追及中であり、それらが判明しだい法による裁きが待っているそうだ。

 そこまではいい。これでレナに関する危険の種は潰えた。問題はその続きにある。

 レナは自分の目が飛び出るのではないかと思った。それ程までに、その文字列の与える衝撃は凄まじい。


 書かれてあるのは、伯爵家に対する処罰についてだ。レナが標的ではあったが、最終的にカリンにまで被害が及ぶ危険性が充分に考えられるのだから、罰せられるのは当然である。

 しかし、報告書に挙げられた彼らの罪状はレナに対するものだけではない。こんな事まで、と空恐ろしくなる中身まである。

 だが、レナを一番驚かせたのはこれが原因ではない。


 罪状を調べ上げ、司法省に訴え、彼らを自らの手で捕縛した者。

 エリアス・シュナイダーとカリン・シュナイダー。



 これは、あの日助けた幼い兄妹が、十三年の歳月をかけて自ら復讐を成し遂げた証であった。


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