愛し愛されるローザリンデ

 馬車の中にて。

「ルートヴィヒ様、今日はどちらへ行くのでしょうか?」

「……アトゥサリ王国から来ているオーケストラを見に行く」

「まあ、アトゥサリ王国のオーケストラはナルフェック王国やアリティー王国同様どこも一流ですので、中々聞くことは出来ないと噂の。もしかして、わざわざチケットを取ってくださったのですか?」

「まあ……ローザリンデと一緒に行きたかったから。でも、君が気にする程の苦労はしていない」

「ありがとうございます。実はアトゥサリ王国のオーケストラには少し興味があったので嬉しいです」

 ローザリンデは嬉しそうにアンバーの目を細めた。その表情を見たルートヴィヒは頬を赤く染めてローザリンデから目を逸らす。ほんの少し嬉しそうだ。

「それと……今貴族の間で話題になっているパティスリーにも行こうと思っている」

「左様でございますか。今話題になっているということは……もしかして、パティスリー・エッシェンバッハでございますか?」

 エマやシルヴィア、それからブリギッテやハイデマリーから聞いた話を思い出すローザリンデ。

「ああ。ローザリンデも知っていたのか」

「ええ。何でも、ケーゼクーヘンというチーズケーキが人気だとお聞きしたことがございます」

 やはりあの夜会以降、お互いのことを理解したのかローザリンデとルートヴィヒの会話は以前より途切れることがなくなっていた。






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 早速オーケストラの演奏がある会場に入る2人。貴族用のボックス席を取ってあったので、周囲にはローザリンデとルートヴィヒ以外誰もいない。

 ヴァイオリン、フルート、クラリネット、トランペットなど、楽器の音が混ざり合い優雅なハーモニーとなる。ホールは音が響きやすい作りになっているので、臨場感ある演奏にローザリンデはうっとりしていた。

 ルートヴィヒは少しソワソワしながらローザリンデを見ている。そしてふとソファの手すりにちょこんと乗せているローザリンデの手が目に入った。白くきめ細かい肌で、すべすべで柔らかそうである。

(ローザリンデの手……エスコートの際に何度か握ったことはあるが……)

 無意識のうちにルートヴィヒはローザリンデの手をそっと握っていた。

「ルートヴィヒ様……!」

 ふと右手が温かく大きな手に包まれ、ローザリンデは驚いた。ほんのり鼓動が早くなる。

「す、すまない……! 嫌……だったよな……」

 ルートヴィヒは頬をりんごのように赤く染め、パッと手を離す。

「……いえ、全く気にしておりませんわ」

 ほんのり頬を赤く染めて微笑むローザリンデ。

「そうか……」

 少しだけホッとするルートヴィヒ。

「その……手を握っていても……いいだろうか?」

 ルートヴィヒの声がほんの少し上擦っている。ローザリンデはほんの少しアンバーの目を見開いた後、柔らかな笑みを浮かべる。

「はい。構いません」

 その返事を聞くと、ルートヴィヒはそっとローザリンデの右手を握った。

(ローザリンデの手……小さくて柔らかい……。少し力を入れただけで壊れてしまいそうだ)

 ルートヴィヒはオーケストラよりもローザリンデの方に気を取られていた。

(ルートヴィヒ様の手……大きくて温かいですわ。まるで守ってくださっているかのような……)

 ローザリンデの鼓動は高鳴るが、同時に安心感も覚えていた。安心感に包まれながら、ローザリンデはオーケストラの演奏に耳を傾けた。






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「ルートヴィヒ様、とても素敵なひと時でした。ありがとうございました」

 ローザリンデは満足そうに微笑んでいた。

「……ローザリンデが楽しんでくれていたなら……よかった……」

 照れてローザリンデから目を逸らすルートヴィヒ。

「その……次はパティスリー・エッシェンバッハに行こうか」

「はい」

 ローザリンデがそう頷いた時、少し離れた場所から子供が数人走って来た。ローザリンデは子供達を避けようとしたが、バランスを崩してしまう。

「きゃっ」

「危ない」

 ルートヴィヒはローザリンデを抱き止めた。

(いい……香りがする……)

 ルートヴィヒの顔は再びりんごのように赤くなる。

(ルートヴィヒ様は……こんなに体が大きいのでございますね)

 ルートヴィヒのがっしりとした体に支えられ、ローザリンデは思わずドキリとする。

「ローザリンデ……大丈夫か? 怪我はないか?」

「はい、大丈夫でございます。ルートヴィヒ様、ありがとうございました」

 ローザリンデは頬を染めて微笑む。

 ルートヴィヒに初めてエスコートされた夜会でも、ローザリンデはバランスを崩してルートヴィヒに抱き止められていた。当時は緊張しており余裕がなく必死だったが、今は少しだけ余裕があった。

「では……行こうか」

 ルートヴィヒの言葉にローザリンデは頷き、2人はパティスリー・エッシェンバッハへ向かった。






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 パティスリー・エッシェンバッハは貴族の間で話題になっているだけあって、結構な客入りであった。そしてやはり大半は貴族である。ローザリンデやルートヴィヒの見知った顔もちらほらといた。

「やはり人気のお店なのでございますね」

「そのようだな」

 個室に案内された2人は少しだけリラックスしている。

「……ローザリンデは……決まったのか?」

「注文でございますか? でしたら、やはりケーゼクーヘンにしようかと思います」

「そうか……」

 ルートヴィヒは黙り込む。

「ルートヴィヒ様、もしかして注文に迷っていらっしゃいますか?」

「ああ……。ローザリンデと同じケーゼクーヘンにするか……アップルパイにするかで迷っている」

「そういえば、ルートヴィヒ様はアップルパイも好物でございましたね」

 柔らかく微笑むローザリンデ。ルートヴィヒは意外と甘党である。

「それでしたら、ルートヴィヒ様はアップルパイをお頼みください。わたくしのケーゼクーヘンと半分こしましょう」

 ふふっと微笑むローザリンデ。

「……そうだな」

 ルートヴィヒはほんのり頬を赤く染めた。

 注文をすると、それ程待つことなくケーゼクーヘンとアップルパイ、それから紅茶が運ばれて来た。

「爽やかな酸味とほのかな甘味で美味しいですわ」

 ローザリンデはうっとりと微笑む。

「アップルパイも……中々美味いな……」

 ルートヴィヒの口元が微かに緩む。そしてローザリンデの口元に目が行く。ローザリンデの口元にはケーゼクーヘンに添えられたクリームが付着していた。

「ルートヴィヒ様? どうかなさいましたか?」

 不思議そうに首を傾げるローザリンデ。口元のクリームには全く気付いていない。

「その……」

 ルートヴィヒはぎこちなくローザリンデの頬に触れる。

「え?」

 突然のことに、アンバーの目を見開くローザリンデ。ルートヴィヒはもう片方の手でローザリンデの口元に付いているクリームをそっと取る。

「く、口元にクリームが付いていたぞ」

 真っ赤になるルートヴィヒ。

「えっ!?」

 ローザリンデも頬を赤く染め、口元を隠す。ルートヴィヒはローザリンデの口元から取ったクリームをぺろりと舐める。

「……甘いな」

 やはり顔はりんごのように真っ赤であった。

 2人の間にはほんのり甘く気恥ずかしい空気が流れていた。






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 帰りの馬車にて。

「ローザリンデ……今日は、その……どうだったか?」

 ルートヴィヒは少し緊張した様子である。

「とても……楽しかったです。今日はありがとうございました、ルートヴィヒ様」

 ローザリンデはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

「そうか……よかった」

 ルートヴィヒはホッと安心したように表情が和らいだ。タンザナイトの目をどことなく嬉しそうに細めていた。

(ルートヴィヒ様は、不器用で言葉足らずですが、お優しく誠実なお方ですわね。わたくしは……そんなルートヴィヒ様の妻になることが出来て……よかったですわ)

 ローザリンデは頬をほんのり赤く染め、ふわりと微笑む。そして何かを決心したように深呼吸をする。

「あの、ルートヴィヒ様……」

「……何だ?」

 その瞬間、ローザリンデはルートヴィヒの頬にキスをした。

「なっ……!?」

 ルートヴィヒの顔はりんごのように真っ赤に染まり、火の如く火照ほてる。タンザナイトの目を大きく見開き、口は酸素を求める魚のようにパクパクと開いていた。

 ローザリンデも同じく頬を真っ赤に染めて俯く。

わたくしは……ルートヴィヒ様のことを知って……ルートヴィヒ様のことを、好きになりました……」

 アンバーの目を潤ませてルートヴィヒに想いを告げるの。一方ルートヴィヒはというと……。

(ローザリンデが……俺の頬にキスを……!?  これは夢なのか!? ああ、きっとそうだ、都合のいい夢だ。でも……ローザリンデが俺の頬に……)

 ルートヴィヒの頭はパンクしていた。

「ルートヴィヒ様?」

 何の反応もないルートヴィヒに少し不安になるローザリンデ。

「あの……ルートヴィヒ様……?」

 ルートヴィヒの顔の前でヒラヒラと手を振ってみるが、反応がない。

 混乱し、頭がパンクしたルートヴィヒはそのまま倒れてしまった。

「ルートヴィヒ様! しっかりしてください! ルートヴィヒ様!」

 馬車の中でローザリンデはオロオロすることしか出来なかった。

 後日、その話を聞いたハイデマリーとイェレミアスは大爆笑していた。

 何はともあれ、ローザリンデとルートヴィヒは想いが通じ合い、夫婦としても上手くやっていくのであった。

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つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね? @ren-lotus

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