デートのお誘い

 ルートヴィヒの本心を知った翌日。

 ローザリンデは自室に向かう途中、何やら騒がしい声が聞こえたので立ち止まる。

「貴方に反対される筋合いはないわよ、ルートヴィヒ」

「母上の言う通りですよ、兄上」

「いや、だからそれは」

 ルートヴィヒがブリギッテとタンクレートと言い合いをしているようだ。

(ルートヴィヒ様とお義母かあ様とタンクレート様……一体どうなさったのでしょうか?)

 気になったローザリンデは声の方へ向かう。

「大体、ルートヴィヒが言葉足らずだから昨日の夜会で騒ぎになってたのでしょう。きっとローザさんだって色々と我慢しているから、不満や愚痴を聞いてあげようと思ってお茶会を開くのに」

「いや俺はそれ自体は反対してなくて」

「先程のは言葉は明らかにお茶会自体が反対だと聞こえましたよ、兄上」

 ブリギッテとタンクレートに責められているルートヴィヒである。ルートヴィヒは心底面倒臭そうに顔を顰しかめる。

「だから、その日はローザリンデとデ、デートの予定だ!」

 顔を真っ赤にするルートヴィヒ。

(デート……)

 陰で聞いていたローザリンデもほんのり頬を赤く染める。

「デート……ね。まさかルートヴィヒからそんな言葉が出るとは。……まさかとは思うけれど、もうローザさんを誘ったのよね?」

 ニヤリと面白そうに微笑んでいるブリギッテ。

「それは……まだこれからだ」

 ルートヴィヒは気まずそうに目を逸らす。

 するとブリギッテとタンクレートは呆れて盛大なため息をつく。

「兄上はまだ誘ってもいないのに母上のお茶会を猛反対していたんですか」

「貴方って子は」

(ルートヴィヒ様は、わたくしをデートに誘うおつもりなのですね)

 その時、バサっとローザリンデが持っていた本が落ちた。

 派手な音だったので、ルートヴィヒ達も流石に気付いてしまった。

「ロ、ローザリンデ、聞いていたのか……!」

 ルートヴィヒは顔をりんごのように真っ赤に染めてタンザナイトの目を見開いていた。

「その、申し訳ございません。皆様の話し声が聞こえたので気になってしまって……」

 ローザリンデはおずおずと肩をすくめる。ルートヴィヒは気まずそうに目を逸らした。

「あらまあ」

 面白そうに微笑むブリギッテ。

「兄上」

 ニヤニヤと笑い、ルートヴィヒを小突くタンクレート。

 ルートヴィヒはぎこちない足取りでローザリンデの目の前まで来る。

「ローザリンデ……その……3日後、街に出掛けないか? …‥2人で」

 相変わらず目つきは悪いが緊張が伝わってくる。

「はい、楽しみにしております」

 ローザリンデはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

 ブリギッテとタンクレートから生暖かい目で見守られながら、ローザリンデとルートヴィヒのデートの予定が確定した。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 そしてルートヴィヒとのデート当日。

「若奥様、ドレスはどうなさいますか? 若奥様なら淡いピンク、いえ、濃い色もお似合いだと思います。あ、こちらのマーメイドドレスも、いつもとは一味違う若奥様を演出出来ますが、どうなさいますか?」

 侍女のヨランデがいつも以上に張り切っていた。

「えっと……色は淡いピンクで、マーメイドドレスは少し動きにくいから……ドレスはこれにしますわ」

 ヨランデのテンションに少し引きつつもドレスを選ぶローザリンデ。その後はヨランデの手により化粧を施される。

「若奥様、いかがでしょうか? いつもより大人っぽい雰囲気に仕上げてみました」

 ウキウキとした様子のヨランデ。

 鏡に映るローザリンデはいつもの可愛らしさとほんの少しの妖艶さがいい塩梅に共存している。

「ええ、ほんの少し別人になれたような感じがしますわ。中身も、もっとしっかりした大人を目指さないといけませんね」

 穏やかに微笑むローザリンデ。

「若奥様は中身も十分素敵ですよ」

「……ありがとうございます、ヨランデ」

 ほんの少し照れるローザリンデである。

「さあ、若奥様、若旦那様がきっとお待ちです。さあ、行ってらっしゃいませ」

 ヨランデにそう言われ、ローザリンデはルートヴィヒの元へ向かう。

 玄関前では、ルートヴィヒがソワソワした様子で待っていた。

「お待たせいたしました、ルートヴィヒ様」

 ローザリンデがふわりと微笑むと、ルートヴィヒは顔をりんごのように赤くしてタンザナイトの目を見開く。口は酸素を求める魚のようにパクパクとしていた。

「あの、ルートヴィヒ様?」

「……駄目だ、中止だ」

「え……?」

 ルートヴィヒの言葉にきょとんとするローザリンデ。

 この場にハイデマリーとイェレミアスがいたら間違いなく突っ込みが入るだろう。

(ルートヴィヒ様は……言葉足らずだから、もし突拍子もないことを仰ったのなら、きっとその言葉の裏に真意が隠されているはずですわよね)

 あの夜会でルートヴィヒのことを知って以降、ローザリンデはルートヴィヒの言葉にあまり戸惑わなくなった。

「あの、何故なぜいきなり中止になるのでしょう? ……もしかしてルートヴィヒ様、具合がよろしくないとかでしょうか?」

 ほんの少し不安になるローザリンデ。

「違う。俺の体調は問題ない。ただ……問題があるのは君だ」

「えっと……どういうことでしょうか?」

「ああ……この言い方はよくないんだったな」

 ルートヴィヒも自分の言葉足らずなせいでローザリンデとすれ違いを起こしていたことをあの夜会で学んだようだ。

「その……今日のローザリンデは……いつも以上に綺麗だ。あ、いや、別にいつもが綺麗じゃないということではなくてだな……ローザリンデはいつでもその……綺麗で可愛らしいと思う。ただ今日は……いつもより魅力が溢れている。あ、いつも魅力に溢れているが……その……今日は特別魅力に溢れているというか、その……」

 りんごのように真っ赤な顔でしどろもどろになっているルートヴィヒ。

(ルートヴィヒ様、何だかとんでもないことを仰っていますわ)

 ローザリンデも頬を赤く染め、アンバーの目を潤ませる。

「その……ルートヴィヒ様、わたくしのドレスとお化粧が似合っているということでしょうか?」

 おずおずと聞いてみるローザリンデ。

「……ああ、とてもよく似合う。その……綺麗だ。そして可愛らしい。いつも以上に女神のようだから……他の男に見せたくない。ローザリンデに他の男が寄って来るのは困る。ましてや変な男まで寄って来そうだ」

 ルートヴィヒはローザリンデを直視出来ないようだ。

「兄上、さっきから一体何を言っているのですか? さっさと義姉あね上と行って来ればいいではありませんか」

 そこへタンクレートがやって来て呆れていた。ブリギッテもいる。

「大体貴方以上に変な男なんていないわよ、ルートヴィヒ。ローザさんも折角準備してくれたのだからうだうだ言ってないで出かけなさい。わたくしのお茶会を中止してまでローザさんをデートに誘ったのだから」

 2人からそう言われ、ローザリンデとルートヴィヒは出かけるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る