お飾りの妻ではないローザリンデ

「ではルートヴィヒ様、その……」

 ローザリンデはまだ疑問に思っていたことがあった。しかし頬を赤く染め、この場で言うべきか少し迷っていた。

「どうしたんだ?」

 ルートヴィヒはきょとんとローザリンデを見ている。

「その……何故なぜ初夜の際にわたくしを拒絶したのでしょう?」

 周囲を気にしつつ、生糸よりも細く小さな声のローザリンデ。

「それは……!」

 ルートヴィヒは再び頬をりんごのように真っ赤に染めた。

「そう言えば先程ローザリンデ様は白い結婚だと思い込んでおりましたわね」

 ハイデマリーは呆れた様子でルートヴィヒを見る。

「ローザリンデを……穢してはいけないと思ったんだ……。穢してしまうのが……怖かった」

 真っ赤な顔でそう答えるルートヴィヒ。

「……ヘタレね」

「ハイデマリー、それは言わないであげよう」

 容赦ないハイデマリーに対し、イェレミアスはやんわりと宥める。その声はルートヴィヒにも聞こえていた。

「ハイデマリーもイェレミアスも考えてみろ! ローザリンデは女神なんだぞ! 女神を穢すことなんて出来るか!? 俺には出来ない……!」

 ルートヴィヒは頭を抱え込む。

「それに……あの時は緊張しすぎて頭がパンクしそうだった。ローザリンデは……本当に美しかった。純白のガウンを纏って官能的な香りを漂わせて……本当に女神のようだった。ローザリンデのあんな姿を見たら、自分の理性を抑えられそうになかったが……欲望をぶつけてローザリンデを怖がらせたくなかった……。正直に言うと……拒絶されるのが怖かった」

 弱々しい声のルートヴィヒ。ローザリンデはルートヴィヒにそっと寄り添う。

「ルートヴィヒ様、わたくしはもう大丈夫でございますわ。受け入れる覚悟は出来ております」

 柔らかな笑みを浮かべるローザリンデ。アンバーの目は真っ直ぐルートヴィヒを見据えていた。覚悟が決まった目であった。

「ローザリンデ……。じゃあまた初夜を」

「その話はこの場でするべきではないと思うが」

 低く冷たく、魔王のような声がルートヴィヒを遮った。

(この声は……)

 ローザリンデにとって聞き覚えのある声だ。

 ルートヴィヒはその声に青ざめていた。

「お父様」

 ローザリンデはその人物に声をかける。声の主はローザリンデの父であるパトリックだっだ。

「先程からちょっとした騒ぎが起こっていたから何事かと気になってね。まさか君が関わっていたとはね、ルートヴィヒ卿」

 口元は笑っているが、アメジストの目は全く笑っておらず絶対零度のように冷たかった。そして何やらどす黒いオーラまで出ている気がする。

義父ちち上……」

「君に義父ちちと呼ばせる許可はしていない」

 冷たく言い放つパトリック。

「申し訳ございません」

 肩を落とすルートヴィヒ。

「全く……さっきから聞いていれば、君とローザリンデとがここまですれ違いを起こしていたとは思わなかったよ。ローザリンデは君と共に歩むことを決めたみたいだけど、君がローザリンデに言うべきことをきちんと言っていたらここまですれ違うことはなかったはずだ」

 呆れながらため息をつくパトリック。

「申し訳ございません。……返す言葉もございません」

 ルートヴィヒはパトリックよりも背が高いのだが、今のルートヴィヒはとても小さく見えた。

「君はローザリンデをエスコートしたいと言った時に僕とした約束は覚えているのか?」

 パトリックのアメジストの目は冷たいが真剣である。まるでルートヴィヒを見極めるかのようだ。

「はい。……俺の命に替えてでも、彼女を守る覚悟はあります」

 ルートヴィヒは真剣な目である。タンザナイトの目からは覚悟が感じられた。

(え……!? ルートヴィヒ様、お父様とそんな約束をしていたのですか!?)

 ローザリンデは驚いてアンバーの目を見開く。

「……嘘ではないようだね」

 パトリックはふうっとかるくため息をつく。

(お父様、まさかルートヴィヒ様を殺してしまうおつもりで!?)

 ローザリンデは青ざめていた。

「ならばその約束を上書きしよう。ルートヴィヒ卿、ローザリンデを死ぬ気で幸せにするんだ。彼女の笑顔を死ぬ気で守れ。約束出来るか?」

 パトリックの目は冷たく鋭いが、ほんの少し優しくなっていた。

「お父様……」

 ローザリンデはホッとすると同時に父からの愛情を感じた。

「はい!」

 ルートヴィヒは迷うことなく頷いた。

「男と男の約束だ。……ルートヴィヒ卿、ローザリンデをよろしく頼む」

 パトリックは諦めたようにフッと笑った。

「ありがとうございます!」

 ルートヴィヒのタンザナイトの目には力がこもっていた。

 握手を交わすルートヴィヒとパトリック。

 ローザリンデ達の周囲の者は拍手をしていた。

「ランツベルク辺境伯閣下が綺麗にまとめましたわね」

「そうだね。でも、ルートヴィヒも認められたことだしよかったよ」

 ハイデマリーとイェレミアスはホッとしたように微笑んでいた。

「お父様、わたくしのことを思ってくださりありがとうございます。わたくしは、これからルートヴィヒ様と共に歩んでいきます」

 ローザリンデはパトリックとルートヴィヒを交互に見て、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

「幸せになるんだよ、ローザリンデ」

 パトリックはローザリンデに優しげな笑みを向ける。

 そこへ、エマもやって来る。

「ローザリンデ、貴女がきちんと愛されていて安心したわ。ルートヴィヒ卿は少し不器用な方だったけれど」

 悪戯っぽく微笑むエマ。

「ありがとうございます、お母様」

 ローザリンデはふふっと笑う。

「申し訳ないです」

 ルートヴィヒは少し肩を落とす。

「まだ夜会は始まったばかりよ。みんなで楽しみましょう」

 太陽のような笑みのエマ。

「確かに、エマの言う通りだ」

 パトリックはそんなエマを愛おしそうに見つめている。

「ローザリンデ……よければもう1曲ダンスはどうだろう?」

「ええ、お願いしますわ、ルートヴィヒ様」

 ローザリンデはルートヴィヒの誘いを受け、ダンスを始めた。それに続くハイデマリーとイェレミアス。

 色々と問題はあったが、ローザリンデとルートヴィヒの誤解は解け、改めて2人は共に歩み始めるのであった。

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