不器用過ぎるルートヴィヒの本心

「……旦那様、何故なぜわたくしのことを好いていらっしゃるのですか?」

 ローザリンデは何とか冷静さを保ち、ルートヴィヒに聞いてみた。

「初めて君がオルデンブルク家の夜会に来た時……俺が育てた花を美しいと褒めてくれた。……それが嬉しかったんだ」

 ルートヴィヒは頬をりんごのように赤く染め、ローザリンデから目を逸らす。

「あ……」

 ローザリンデは去年のオルデンブルク家の夜会のことを思い出した。






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 1年前に遡る。

 成人デビュタントの儀を終えたローザリンデが初めて出席した夜会がオルデンブルク公爵家主催の夜会であった。

(たくさんの人がいて少し疲れましたわ……)

 ローザリンデは緊張と疲れでいっぱいだった。その時、テーブルや壁に飾ってある花を見つけた。

(スノードロップとチューリップでございますわね……。とても綺麗ですわ)

 ローザリンデは飾られている花を見て心を落ち着かせていた。

「ローザリンデ、どうしたの?」

「シルヴィアお姉様……。飾られているお花が美しくて、つい眺めておりました。オルデンブルク家には、お花をここまで美しく育てることが出来るお方がいらっしゃるのですね」

 ローザリンデはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

 それをルートヴィヒが見ていたのだ。






ーーーーーーーーーーーーーー






「あの時のスノードロップとチューリップは、旦那様がお育てになったものでございましたのね」

 ローザリンデは思い出し、ふわりと柔らかな笑みを浮かべる。ルートヴィヒはその笑みを見て再び頬を赤く染め、ローザリンデから目を逸らす。

(では、オルデンブルク城の庭園に植えてあったクロッカスとスノードロップも……)

 ローザリンデは病み上がりの時にヨランデと歩いた庭園の一画を思い出した。

「もしかして、オルデンブルク城の庭園の一画……クロッカスとスノードロップも旦那様がお世話をしていらっしゃるのですね」

 ローザリンデは優しく柔らかな笑みになる。ルートヴィヒは赤い顔のまま頷いた。

「ああ……君はそこも見てくれていたのだな」

 そしてルートヴィヒはポツリと話し始める。

「オルデンブルク家主催の夜会で……君が俺の育てた花を褒めてくれて、本当に嬉しかったし……君の笑顔が……天使、いや、女神のように思えたんだ」

「それで先程わたくしのことを女神だと仰ったのでございますね。しかしそれは神への冒涜に当たるような気がしますが……」

 ローザリンデは納得したが、少し不安になっていた。

「ローザリンデ様、そこですの? 着眼点が少しズレておりますわね……」

 ハイデマリーは苦笑した。

「それ以降君のことが忘れられなくて……。ただ当時は自分のこの気持ちが何なのか分からなかったからハイデマリーとイェレミアスにも相談していた」

「いきなり『天使、いや、女神を見つけた』と言われた時には、ついに頭がおかしくなったのかと思いましたわ」

 ハイデマリーはその時のことを思い出して呆れながら苦笑した。

「それで、君への気持ちに気付いた時には、君のお父上、つまりランツベルク辺境伯閣下に、君をエスコートしたいという手紙や釣書を何通も送ろうとしたんだが……父上と母上には1通だけにしておけと止められた」

「正解だね。何通も送ったらランツベルク辺境伯閣下にとってもご迷惑だ」

 イェレミアスは苦笑する。

「ランツベルク辺境伯閣下と話して、ようやく君をエスコート出来ることになって……舞い上がりそうになる程だった」

 ルートヴィヒはそこでようやくローザリンデを見る。

「それに、俺が贈ったアクセサリーを身に着けてくれていて、とても嬉しかった。君によく似合っていた」

「あ、ありがとうございます」

 ローザリンデはおずおずとお礼を言う。

「もしかして、オルデンブルク城のわたくしの部屋に置いてあったブーケやお菓子やアクセサリーやドレスなども、私わたくしへの贈り物と捉えてよろしいのでしょうか?」

「その通りだ。……もしかして、迷惑だったか?」

 少し不安げなルートヴィヒである。

「いいえ、ブーケも可愛らしく、お菓子も美味しかったですわ。ありがとうございます」

 ローザリンデは柔らかな笑みを浮かべた。

「旦那様は、いつも怒っているような表情でございましたので、何か怒らせることをしてしまったのではないかと少し不安に思った日もございました」

「俺が……怒っている?」

 ローザリンデの言葉にルートヴィヒはきょとんとしていた。

「君に怒っていたつもりは全くない。ただ……君を前にしたら緊張で顔が強張っていた自覚はある。俺は昔から緊張すると顔が怖くなると母上や弟に言われている。……この顔が気に入らないのなら謝る」

「い、いえ、そんな。わたくしの方こそ、旦那様の顔に文句を付けてしまったみたいで申し訳ございません。他の方の顔に対して文句を言うなんて、許されませんよね……」

 ローザリンデは少し青ざめていた。

「……やっぱりローザリンデ様、着眼点が少しズレておりますわよね」

 ハイデマリーは少し困惑したように苦笑する。

「とにかく、俺は怒っていない。その、君は何も気にしないでくれ」

「はい、承知いたしました」

 ローザリンデは少し安心した様子だ。

「ところでルートヴィヒ、貴方は先程からローザリンデ様の名前を呼んでいないように思えるけれど、どうしてかしら?」

 ハイデマリーは意味ありげに微笑んでいる。

「俺だって呼びたいさ! だけど、女神の名前を簡単に呼んでいいか迷うし……名前を呼ぶ練習もしたが、いざ本人を目の前にすると緊張するんだよ!」

「ヘタレじゃない……」

 ハイデマリーはルートヴィヒの言葉を聞き、頭を抱えて苦笑する。

「まあ……」

 ローザリンデはきょとんとしてルートヴィヒを見ていた。

「女神なのだからいっそ天に帰してしまった方がいいのではないかとも思ったりする」

 悩ましげに頭をかかえるルートヴィヒ。

「物騒な意味に聞こえるわよ!」

 そんなルートヴィヒに盛大にツッコむハイデマリーである。

(そういえば、確かに旦那様から名前を呼ばれたことはありませんでしたが……そのような理由があったなんて)

 目の前で顔を真っ赤に染めているルートヴィヒを見て、ローザリンデは思わずふふっと優しく微笑んだ。

「次期公爵夫人、どうかなさいましたか?」

 イェレミアスは微笑んだローザリンデを見て不思議そうに首を傾げた。

「あ、いえ、その……旦那様にそのような可愛らしいところがあるとは思いませんでしたので」

「ああ、なるほど」

 イェレミアスはクスッと笑った。

「可愛い……? 俺が?」

 ルートヴィヒは何とも微妙そうな表情だ。

「あ……お気を悪くされたのなら申し訳ございません。ただその……意外だと思っただけでございます」

 ローザリンデは青ざめて慌てて謝る。

「そうか……。俺は男だから……可愛いと言われるのは少し複雑だ」

「あら、ルートヴィヒ、それは贅沢でなくて? 今までの言動を踏まえると、ルートヴィヒはローザリンデ様から愛想を尽かされても文句を言えない立場なのよ。だけどローザリンデ様は貴方を可愛らしいと優しく微笑んでくれたのわ」

 ハイデマリーは呆れながら微笑んだ。

「ルートヴィヒ、折角次期公爵夫人の名前を呼ぶ練習をしていたのだから、今この場で呼んでみたらどうかな?」

「まあ、イェレミアス、名案ね。さあ、ルートヴィヒ、ローザリンデ様のお名前をきちんと呼んであげなさい」

 穏やかに微笑むイェレミアスに、面白そうに笑うハイデマリー。

 ルートヴィヒは茹で上がったように頬を真っ赤に染めていた。

「ロ……ロー……。……………………ローザリンデ」

 ルートヴィヒは今にも消えそうで震えた声であった。

「はい」

 ローザリンデは優しく微笑む。

「……やっと呼べた! ローザリンデ!」

 名前を呼ぶことが出来ただけで子供のようにはしゃぐルートヴィヒである。

「大袈裟だこと」

 ハイデマリーは苦笑していた。

「ローザリンデ、改めて、俺はローザリンデを愛している」

 ルートヴィヒのタンザナイトの目は、真っ直ぐローザリンデを捉えていた。

「ローザリンデが俺の妻になってくれて嬉しいが……もし不本意なら、俺の有責で離縁してくれても……構わない」

 今にも泣きそうな表情で俯くルートヴィヒである。

(旦那様……)

 ローザリンデは今までのルートヴィヒとの間に起こった出来事を思い出す。

(旦那様は、何を考えているのかよく分かりませんが、エスコートの時にはわたくしの歩幅に合わせてくださったり、厄介な方に絡まれてしまった時は守ってくださいましたわ。体調を崩して寝込んでしまった時には、お側にいてくださいましたし)

 温かく不思議な感覚が、ローザリンデの胸の中に広がる。

「離縁は考えておりませんわ。わたくしは、エスコートの時に歩幅を合わせてくださるなど、時々感じる旦那様の優しさが……嬉しく思いました。この気持ちが旦那様と同じものかは分かりませんが、少なくとも嫌ではございません。ですから、もっと旦那様に歩み寄ることが出来たらと存じます。これからもよろしくお願いします……ルートヴィヒ様」

 ふわりと柔らかく微笑むローザリンデ。その笑みを見たルートヴィヒは再び頬をりんごのように赤く染める。

「ローザリンデ……俺を……受け入れてくれてありがとう」

 ルートヴィヒはやはり目つきが悪い。しかし、タンザナイトの目が嬉しそうに細まったのが分かった。

 ローザリンデとルートヴィヒは改めて関係をスタートさせたのだ。

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