第19話 スライム畑に落ちた魔法少女と鑑定士 ~エリリカちゃんは撮影中~

 エリリカがスライムと呼んでいるのはゲルアメーバ。

 モンスターに分類されているものの、その生態は植物に近い。


 近くを通りかかった小動物などに触手を伸ばして捕食し、本体も移動はできるが極めてスローペースで速度はカタツムリといい勝負。

 人間サイズになると刺激しなければ攻撃をされる心配もなく、透明な青い姿は遠くから見つめると美しく、近くで凝視すると気持ちが悪い。


 ニポーンでは「バブルスライムっぽい」と形容されるらしい。


「マロリちゃん!! 変身! 変身! 変身!!」

「そーゆうノリ、マジでおっさんの娘っすね。安心して良いっすよ。エリリカは血が繋がってなくてもおっさんの子供っすわ。そしてぜってぇに嫌っす」


「お願い!! インナータイツあげるから!!」

「や。その交渉でよくウチが、いいよ!! って快諾すると思えるっすね? いらねーんすよ。ウチ、基本スカート穿かないんで」


「半ズボンだもんね!」

「ショートパンツなんすけど。エリリカは教育系の配信を2週間くらい見てから出直しましょ。それが良いっすよ」


 不毛な議論が続いている。

 が、時間は限られているため毛が生えてくるころには撮影のタイミングを逃す事になってしまうので、もう議論の毛は諦めるしかない。


 こちらのスライムたちは植物に近いと前述したが、植物らしく朝方に活発な動きを見せる。

 先ほどからうねうねと虫やネズミなどを捕食中。

 お腹が膨れたら眠くなるのは人もスライムも同じ。


 8時頃にはその日の仕事を終えて、次に目覚めるのは深夜。

 一見すると羨ましい生活リズムだが、これを1週間続けろと言われたらば頭か身体かあるいは両方がおかしくなる。


「マロリさん! 分かりました! わたくしが行きます!!」

「そっすか。どうぞどうぞ」


「えっ。マロリさん? この流れで飛び込まないんですか!?」

「ウチは芸人じゃねーんで。面白動画撮りに来たならおっさんをスライムの群に叩き込めばいいじゃないっすか」


「マロリさんは自信がないんですね。幼いから!」

「は? はぁぁ? なんすけどぉ!? あー! いいっすよ!? 仕事なんすよね!? やったりますよ!! なーにが幼いっすか! 2人とも口だけ動かして何もしてねーのに! プロの仕事ってもんを見せてやるっすわ!! おらぁ! 変身!!」


 マロリがフリルだらけの魔法少女になった。

 エリリカは「うん! やっぱり可愛い!!」と笑顔を見せ、「マロリさんのプロフェッショナルは鑑定済みでした!!」とセフィリアも続いた。


「仕方ない人たちっすよ、あんたら。ウチがいなかったら成り立たねぇっすもん! で? エリリカ? 何をどうすりゃいいんすか?」

「まずはね! 挨拶から撮りたいの! スライムをバックに立って、ポーズをキメてからフリートークをお願い!!」


 マロリが「そんなもん楽勝なんすけどぉ!!」と結構ノリノリで応じる。

 彼女は魔法少女として働くよりも配信でお金を稼いでリタイア生活に入りたい気持ちの方が強く、しかもマスラオがいると定期的に高価な報酬を受け取れる事も昨日の流れで学習済み。


 口では嫌だと言いながらも、心は正直な17歳。


「おーし! ビジネス魔法少女するっすかねー!! どもー! マロリっすよ! みんなげん……あ゛」


 ガシャッと音がして、マロリがフレームアウトした。

 エリリカが青ざめる。


「落ちましたね。マロリさん」

「あわわわわわわ!! 大変だよ! 助けなくちゃ!!」


「何を言ってるんですか、エリリカさん!! 少しだけ撮影してから助けるのが良いと思います!!」

「うぇぇ!? そんなの酷いよ!! マロリちゃん、後ろから逝ったんだよ!? 怪我しちゃったかもだし!!」


「大丈夫ですよ! スライムって柔らかいですから!! 人間の女子の胸くらいの弾力があるそうです! エリリカさん、ご自身の胸に聞いてみてください!!」


 エリリカが無言で自分の胸を触った。

 胸当てを置いて来たので、白いブラウス越しに確認したところ、結論が出た。


「ちょっとだけなんですからね!!」

「マロリさん!! 何かいいリアクションが撮れたらすぐに助けますから!!」


 魔法少女の様子はいかがか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ぎゃぁぁぁぁぁ! キモい、キモい!! すっげぇいるんすけど!? うわああああ!! なんか顔にばっかり触手伸びて来る!! うがー!? いや、すっごいベタベタしてんすけど!!」


 ご無事で何よりだが、ご無事かどうかの判定は分かれそうな状況だった。


「マロリちゃん!」

「なんすかぁ!! いや、お尻から逝ってるんで立ち上がれないんすけど!! 助けてくんねーっすかね!?」



「あんっ。とか、いやっ。とか。なんかそーゆうのが欲しいなって!!」

「あんた、さすが魔族に1年育てられた事あるっすわ。なんでこの状況でそんな喘ぎ声出ると思うんすか。キモいだけなんすよ。言っとくっすけど、エリリカが見たであろうスライム配信って全部演者がセリフ読んであんあん言ってるだけっすかね?」


 マロリ・マロリン個人の感想である。



「そうなの!? なんかあの! 気持ち良くなるみたいなヤツ出てるんじゃないの!?」

「出ました! 催淫液ですね!! この世にそんなものは存在しません!!」


「ほらぁ! セフィリアも珍しくちゃんとしたの出してんじゃねーっすか!! ぎゃあああ! 肌に直接だとキモさ倍増っすよぉ!!」

「あ! でもでも! 服の中にうねうねが伸びて来て! こう、おっぱいとか揉まれたり!!」


「出ました! マロリさんには揉まれるおっぱいがないです!!」

「ぶっ飛ばされてーんすか!? だーかーらー! あれは仕込みなんすよ!! 予め服の中に餌入れてるんす!! スライムもいい迷惑っすよ! 捕食対象外のウチが落ちてきてんすから! 困ってるんすよ!! ぎゃああ!! ほらぁ!! どっか行けって尻押して来てる!!」


 エリリカがしょんぼりした。

 配信者になったら絶対に挑戦しようと思っていた種目が幻想だったという事実はピュアな乙女心を曇らせる。


「で、でも! 服を溶かしたりとかはデキるはず!! だって! 捕食する時に虫とか溶かして食べるもん!!」

「ウチは虫じゃねぇんすよ! あと! 魔法少女の魔装舐めんなっす! こちとら、魔装の丈夫さでこんな恥ずかしい変身キメてんすからね!? 溶けてたまるか!!」


 諦めてエリリカが端末のスイッチを切ろうとした時、ちょっとしたアクシデントが起きる。



「ほぴゃ!?」


 セフィリアが普通に足を滑らせて転落した。



 スライム畑でマロリが歓迎する。


「事情が変わったっすわ。エリリカ。こっちの乳リアの聖衣くらいなら! 溶けるっすよ!!」

「なんてこと言うんですか!! エリリカさん!! 助けてください!! あれ!? エリリカさん!? あの瞳は……マスラオ様のものと同じ……!!」


 エリリカの目が父親譲りの濁った色に怪しく輝いていた。

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