メイク・アニマ

 ゴゴゴゴ……。


 太陽が昇るのと同じ時間に、お城の門が開かれる。


 出ていくのは、私と青葉。


「行こう。芽衣姉ちゃん」


「うん……」


 しぃん、と、辺りは静まりかえっている。私と青葉も口数は少ない。


 今から、私たちは現実世界に帰る。


 アカネに本当のことを話したら「せめて盛大にお見送りをします!」と言ってくれた。


 すごくうれしいけど、私も青葉もその申し出は断った。


 国王になったばかりの大変な時に、アカネに負担をかけたくない。それに……


「盛大なお別れなんかしちゃったら、悲しい気持ちも大きくなるもん」


 私がつぶやくと、青葉はなにも言わずに手をにぎってくれた。


 見送りはひとりもいないまま、アニメの世界にさよならをする。


 これでいいんだ、これで……。


 どん!


 小さな女の子が私にぶつかってきた。


「うぐぇ!」


「お姉ちゃんっ!」


 聞き覚えのあるその声は、前に聞いたときよりもイキイキしている。


「……ララちゃん!」


「お姉ちゃん、会いたかった!」


 私に抱きついてきたのは、コカゲ帝国で出会ったしっかり者の女の子、ララちゃん。


「ララちゃんがどうして、ここにいるの? こんな朝早くに……」


「お土産、持ってきたの!」


 ララちゃんはとびきりの笑顔で、カゴいっぱいの果物を差しだした。りんごもみかんもブドウもぷっくりふくらんで、みずみずしくっておいしそう!


「国のみんなに配っているんだね。とても品質の良い果物で、大人気だって聞くよ」


「うんっ! 家族みんなの、手作りなんだ!」


 青葉の言葉に、ララちゃんは目をキラキラ輝かせている。


 もう、がまんばかりの女の子じゃない。それがわかったから、私は満足だ。


 ぽんぽん、と、私はララちゃんの頭に手を置く。


「ありがとう。最後にララちゃんに会えてよかった」


「私だけじゃないよ?」


 ララちゃんが言った。その瞬間、朝もやが晴れていく。


 お城の門の前に、ずらりと人がならんでいた。ララちゃんのきょうだいやふたつの国の兵士さんたち、それにシロウとアカネも立っていた。


「ありがとう! アオバ様と、不思議な少女!」「これからは力を合わせてゆきます!」「どうかご無事で……!」「お達者で、アオバ様っ!」


 国中からの声が、私と青葉にふりそそぐ。激励の言葉、感謝の言葉でいっぱいの中、私たちはこの世界をあとにする。


「お姉ちゃん、どこかに行っちゃうの?」


 ララちゃんが、不安そうな顔で私の服をつかんだ。


「……うん。帰らないといけないの」


「また、会えるよね?」


 ララちゃんの問いかけに、私はうまく笑えなかった。


 青葉が現実世界からいなくなったとき、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、青葉の存在を忘れていた。まるで、最初から存在していなかったみたいに。


 だから、きっと私もそう。


 現実世界に帰ると、このアニメの世界に私や青葉は存在していなかったことになる。だれの記憶にも残らず、忘れられてしまう。


「お姉ちゃん……?」


 ララちゃんが、私の答えを待っている。


 私は、ララちゃんを抱きしめた。


「家族と仲良くね。ケンカしてもいいから、いつもいっしょにいること。お姉ちゃんとの、約束だよ」


「? うん、約束!」


 ララちゃんは元気にうなずいて「またね!」と手をふる。そのまま、家族のところにもどっていった。


 私たちは、最後にシロウとアカネの前に立つ。


「シロウ。もう、勝手に国を出ていかないでね」


 私がいじわるを言うと、シロウはがしがしと頭をひっかく。


「……耳が痛い」


「へ・ん・じ・は?」


「あぁ、誓うよ。オレが姉さんを支える。それと……ありがとう」


 と、シロウが私に手を差しだす。私は力いっぱい、シロウと握手をする。


「アカネ。これから大変だと思うけど……」


 私はアカネの方を向く。でも、アカネはうつむいたまま、小さくつぶやいた。


「メイ。わたくし……最低です」


「え?」


「メイは私の大切な友達です。その気持ちは変わりません。……なのに」


 ば、と顔を上げたアカネは、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。


「アオバを連れていかれてしまうことが、ただ、悲しいです。もう、家族とはなれたく、ありません……!」


 そのまま、アカネは膝をついて泣きじゃくる。


 今までどんなときも気丈にふるまっていたアカネが、国民みんなの前で号泣する。


 私は、アカネの前にしゃがむ。


 泣かないで、なんて、言うわけない。


 家族がいなくなる悲しさを、私はだれより知っているから。


「ねぇ、アカネ。ことだま、って知っている?」


「え……?」


 はれた目で、アカネは私を見あげる。


「言葉に宿る魂。だから、ことだま。食べ物が体を作るように、言葉は魂を作るんだよ」


 背中をさすりながら、私はアカネに言う。


「青葉の言葉は明るくて、優しい。それは、アカネたちが青葉を大切に育ててくれたから」


 たとえば、読んでいる本の文章。見ていたアニメのセリフ。家族にかけてもらう声。


 良い言葉、悪い言葉、きれいな言葉、汚い言葉……。私たちはたくさんの言葉に囲まれて、生きている。


「青葉の中に、アカネやシロウ、リーフェスタ王国の人たちが息づいている。おんなじように、アカネの中に青葉も私もいる。だから」


 アカネとまっすぐ目を合わせて、私は精いっぱい笑った。


「私たちはいっしょにいる。はなれてなんか、いないし!」


「ことだま。言葉の中で、ともにいる……」


 アカネは、ハンカチで顔をぬぐった。


 涙も似合う美人さんだけど、やっぱり私は、アカネの笑顔の方が好きだ。


「アカネ姉さん」


 私の横で、青葉がアカネに頭を下げた。


「たとえ世界のどこにいても、リーフェスタ王国での日々と思い出を、ぼくは忘れません。……今まで、ありがとうございました」


 きれいな姿勢で頭を下げているから、青葉の表情はわからない。でも、青葉の肩は小さくふるえていた。


「泣き虫は、まだなおりませんね」


「……はい」


「でも、大きくなりました。アオバ」


「はい」


 アカネは、青葉の頭を優しくなでる。


「アオバ。あなたは私の家族です。だから、さよならではありません」


 朝焼けに照らされるアカネの笑顔。目も鼻も真っ赤で、くしゃくしゃで……きれいだった。


「いってらっしゃい」


「……いってきます」


 最後に、アカネは私に向きなおる。


「メイ」


 アカネは首のうしろに手を回して、エメラルドのペンダントを外した。


「これを、あなたに」


 そう言って、アカネが私の首にペンダントを着けてくれた。


「これは、アカネの大切な物じゃないの?」


「最愛の友に、持っていてほしいのです。友情の証、です」


 新緑の色のペンダントは、私の胸元で太陽の光を弾いて、まぶしく輝いている。


「……ありがとう。アカネ」


 そして、私と青葉は手をにぎる。


「行こう、青葉」


「あぁ。芽衣姉ちゃん」


 青葉がリモコンの【世界逆行バック】のボタンを強く、押す。


 私の世界は、真っ白な光に包まれた。意識がなくなるまで、アニメの中から私たちを呼ぶ声が聞こえていた……。

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