世界倍速

 リドリィの尾羽を追ってしぶしぶ庭にでると、ララちゃんとアオバがいた。


「これで、よし」


 アオバが種を土に植えている。その背中に、私は声をかける。


「アオバ!」


「メイ、子どもたちは?」


「ちょっと休憩。みんな、元気いっぱいだね」


 私が言うと、ララちゃんは「ありがとう、お姉ちゃん」と、ペコっと頭を下げた。


「気にしないで。それで、ふたりはなにをしているの?」


「この庭で果物を育てるための、畑仕事だよ」


 アオバが言うと、ララちゃんはパッと顔を輝かせる。


「ここにいっぱい果物の種を植えたから、きっとたくさん実ってくれるよ!」


 見ると、庭の土がぽこぽことでっぱっている。いろんな種を育てて、食べられる実を作るってこと?


「ララちゃんが、畑仕事までしているの?」


 聞くと、ララちゃんは暗い顔になった。


「パパは国を守るため、毎日たおれるまで訓練させられて、ママはお城のお掃除をさせられているの」


「帝王の命令で、お家に帰ってくることもできないってこと?」


 アオバの質問に、ララちゃんはさみしそうな顔でうなずく。


「だから、ねぇねの私が、弟と妹を守らなきゃ」


「そっか……。果物が実ったら、みんなで分けて食べられるもんね!」


 私はララちゃんの手を取った。しかしそこに水を差すのがひとり、というか、一匹。


「ケッ! 植えた種が木になって果物が実るまで、何年かかると思ってんだヨ!」


 リドリィめ……と思うが、その通りだ。ララちゃんがうつむいてしまう。


「メイ! 見せてやれっテ」


 と、リドリィが私の上を飛びまわる。


「なにを?」


「リモコンの力に、決まってんだロ!」


 私は、ポケットからリモコンを引っぱりだす。これを、どうしろって言うの?


 リドリィが私の手首にとまって、爪でリモコンを指す。右方向の三角形がふたつ並んでいる、早送りのボタンだ。


「これを、押せばいいの?」


「そうダ! そいつは……【世界倍速スピード】!」


 なにが起きるのか、おっかなびっくりボタンを押してみる。


 ピピッ! という軽快な音のあとに、真っ赤なレーザー光線が種を植えた土に当たる。


「……えっ?」


 私もアオバもララちゃんも、みんなが目を疑った。


 光を当てた土から、ぴょこん、と芽が飛びだしてきた。ちっちゃな芽は葉っぱを広げて、空に向かってのびていく。


「わ、わ、わ!」


 みるみるうちに芽はどっしりとした幹の樹に変わって、枝には果物が実る。


「すっごぉおい! 一瞬で、こんなに大きな樹になった!」


「…………」


 ララちゃんはぴょんぴょん飛びはねている。アオバは、目を見ひらくばかり。


「光を当てたものの時間の流れを、何倍にも速くするのサ!」


「めちゃくちゃ、すごいじゃん!」


 私はリモコンをかかげて、声をあげた。こんな魔法みたいなことができるなんて!


「ミカンに、ブドウに、リンゴ! うわぁ、いっぱいだ!」


 ララちゃんは、樹の枝からぶら下がっている果物に手をのばす。背のびをしても届かないから、アオバが彼女をうしろから抱きあげる。


 ララちゃんはていねいに果物をむしって、アオバにおろしてもらう。


「すぐ、みんなに言わなきゃ! いっぱいいっぱい、食べてもらおう!」


 ほっぺを赤くしながら言うララちゃんの前に、アオバがしゃがんだ。


「まずは、きみが食べるんだ」


「……で、でも、弟と妹に分けてあげなきゃ」


「たくさん実っているから、きみが先に食べてからでも、まだまだなくならないよ」


 それからアオバは、ララちゃんの頭をなでてあげた。


「これまで、いっぱいがまんしたでしょ。最初のひとつは、きみへのプレゼントだ」


「!」


 ララちゃんはアオバの目をじっと見て、しばらく動かなかった。


 アオバがゆっくりミカンの皮をむいて、ひとふさ、ララちゃんの口に入れた。


「……あますっぱい」


 ララちゃんの声はふるえている。見ると、ミカンをほおばってふくらむほっぺに、涙が流れていた。


「ちょっとだけしょっぱい。けど、おいしい……!」


 それからララちゃんはミカンを丸ごと食べた。ララちゃんは口の中をミカンでいっぱいにして、泣いている。


「うん、おいしいね。がんばったね……」


 アオバは、ララちゃんの背中に手をそえる。


 ぽん、ぽん、と、ララちゃんをさするアオバの姿に、私はただただ見とれてしまった。

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